スーパースピード・フロントライン  現代ダンジョン対策室のトリプル能力者は人型エネミーとヒーローの間で戦う

明丸 丹一

プロローグ その可能性に食い殺されるぞ

 シールドが悲鳴を上げた。

 装甲戦士ライノの巨大な盾が、黒いブレードを真正面で受け止める。床がめり込み、重量級の足が一歩も退かない――はずだった。


「……来るぞ」


 くぐもった声が全体回線に乗るのと同時に、異形の人型……シャドウブリンガーが軌道をずらした。

 盾の縁を滑り、死角へ潜り、分厚い装甲の隙間へ黒刃をねじ込む。


「っ――」


 ライノの声が途切れ、赤い液体が装甲の継ぎ目から噴いた。

 次の瞬間、蓮のバイザーに淡々と表示が出る。


『ライノ:バイタル反応消失』


 編集もBGMもない死が、重い装甲のまま床に転がった。

 そして――赤い光が、こちらを向く。


(やっぱ、俺らも狩る気だ)


 減速支援隊スローの減速フィールドは展開されている。世界は重い。なのに、黒い影だけが別の時間で走る。

 視界から消えた。


 一度目。

 気付いた時には目の前。真正面からの一閃。

 反射で腕を上げたが、シールドが割れ、胸が裂ける。肺から空気が全部抜け、床が迫る。


(あ、また――)


 その瞬間、耳の奥で『カチッ』と何かが噛み合う音がした。

 現実の音じゃない。脳内にだけ鳴る、スイッチの作動音みたいなやつだ。


 視界の隅に、誰にも見えないはずの小さな表示が点いた。


 『Try 1/3』


 蓮の喉から息が漏れる前に、世界がブチッと切れた。



 深層フロア。ラックの林。赤い警告表示。ライノの残骸。

 数秒前と同じ光景が、何事もなく立ち上がる。


 身体は無傷。スーツの警告も消えている。

 なのに、胸を裂かれた痛みだけが『記憶』として残っていた。


 血の匂い。肺が潰れる感覚。床に吸い込まれる重さ。

 それは『終わった』はずなのに、まだ皮膚の裏側に貼り付いている。


(……巻き戻った。俺だけ)


 周囲の隊員は何も知らない顔で動いている。

 時間が戻ったことに気づいているのは、蓮だけだ。

 そして、その分だけ、蓮の心だけが遅れていく。


 二度目。

 来る方向は読めた。シールドを斜めに当てて軌道を外す。


 いける――と思った瞬間、下から刃が迫って来た。

 尾か、蹴りか、何かが蓮の左脚を持っていく。膝から下の感覚が消え、倒れ込んだ顔の上に赤い影が覆いかぶさる。


(次は、頭だ)


 刃が落ちる、その刹那。


 また『カチッ』だ。

 今度は胸の奥が熱く、目の奥が白く焼ける。吐き気が一気にこみ上げる。


 『Try 2/3』


 表示が点った瞬間に、世界がまた切れた。



 ――三度目。

 胸を裂かれた感覚も、脚を失った感覚も、頭を割られる予感も、全部残っている。

 身体だけが数秒前に巻き戻り、精神だけが置き去りだ。


 つまり、これはやり直しじゃない。

 死んだ記憶を抱えたまま、生き残るためのもう一回リトライだ。


 吐き気が喉まで上がる。指が震える。

 なのに、足は前へ出た。


「全班、後退態勢――」


 神崎の指示が始まる前に、蓮は息を吸った。


「隊長、前に出ます」


 自分の声が、やけに低い。


「アイツは絶対、こっちを刈りに来る。だったら最初から俺が正面を取った方がマシだ」


 通信が一瞬止まり、神崎が短く返す。


「……死ぬな」


「はい」


 赤い光。黒い外骨格がこちらを見た瞬間に消える。

 来る。真正面。最後だけ軌道をずらす。二度の死が教えた癖だ。


 蓮は一歩、前へ。わざとシールドを低く構える。

 ズレる未来へ滑り込む――二回目に死んだ角度とは別の方向。


 視界の端を黒いブレードが掠め、腕が痺れる。だが砕けない。

 目の前に胸部装甲。隙は一瞬。


「っらぁっ!」


 合金ソードが黒い外骨格を浅く裂いた。薄い手応え。

 それでも、初めて攻撃が通った。


 時間が薄くなる。

 赤い目が、真正面から蓮を捉えた。


「……お前は俺だ」


 ヘルメット越しなのに、脳に直接響く掠れ声。


「だが―—その可能性ポテンシャルに食い殺されるぞ」


 喉が焼ける。


(嫌だ。俺は――あんたみたいになりたくない)



 始まりは数週間前―—。

 DPA……Dungeon Protection Agency。迷宮災害対応を担う機関の能力診断を受けたことが始まりだ。

 その時は気軽な、人生ガチャのつもりだった。

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