第10話 ここから先は、きっとただの人間じゃ追いつけない

 市街の外縁が、音もなく割れた。


 夜の住宅街と物流倉庫の並ぶ一帯が、まるごとガラス細工みたいにひしゃげる。

 電柱が斜めに伸び、ビルの壁が天井になり、道路のアスファルトから黒い裂け目が吹き上がった。


 巨大フラクチャー。迷宮災害ダンジョンディザスターの大規模顕現。


 地面から噴き出した黒い獣影が、重力の向きを無視して跳ね回る。


「スロー部隊、展開開始!」


 神崎の声がヘッドセットを震わせた。


「フィールド・最大展開」


 視界の端で、世界が少しだけスローになる。

 色と音だけが薄く伸びて、外獣エネミーの動きが、ギリギリ追える速度まで落ちた。


「ウォール、左の路地抑えろ! ダッシュは避難誘導、前に出すな!」


「了解、左は俺が壁になる!」


「任せろ、こっちは走らせとけ!」


 甲斐と光太の返事が重なる。

 蓮は、スーツの出力をフルに上げて前へ飛び出した。


 足元の感覚が、さっきまでと違う。

 一歩ごとに重力の向きがズレて、地面が斜めに滑っていく。


(くそ、重力バグってんじゃん……!)


 倒れた街灯の柱を蹴って、宙に浮いた歩道橋の裏面へ。

 そこを地面みたいに踏みつけて、前方のエネミーへ一気に距離を詰める。


 黒い犬型。口の中まで刃みたいな牙。

 スローで落ちた残像の中を、蓮の身体だけがSpeed2の加速で抜けていく。


「はああっ!」


 シールドを前に突き出し、突進の鼻先を叩きつける。

 衝撃が腕を通って肩に抜けるより早く、ソードを振り下ろした。


 黒い頭蓋が割れ、コアが砕ける。

 飛び散った破片が重力のゆがみで斜め上へ流れていった。


「レン、右後方! 屋根裏から来る!」


 水瀬の声が耳元で弾ける。


「分かってる!」


 見えない座標情報が、頭の中で線になって結ぶ。

 蓮は振り返りもせず、シールドを背後に展開した。


 次の瞬間、背中に叩きつけられた衝撃が、シールドごと身体を前へ押し出す。

 肺の空気が一瞬抜ける。けれど、倒れない。倒れないように、もう何度も「やり直して」きた。


(もう三回だ。三度試行トリトライは、もう打ち止め)


 歯を食いしばりながら、蓮は自分に言い聞かせる。


 もう失敗は巻き戻せない。

 ここからの戦いが、本番だ。


     ◇


 外縁エリア全体が、迷路みたいな深層構造に変わっていた。


 道路は三層に重なり、倉庫の中身が空中に浮き、ビルの踊り場が斜めにねじれている。

 そのあちこちから、ボスクラスの咆哮が響いた。


「なんだよあれ、全部ボス級じゃねえか!」


 甲斐が悪態をつきながら、前に出たエネミーの攻撃をシールドで受け止める。

 甲羅付きのトカゲみたいな巨体。シールドに乗った衝撃で、地面ごとズレた。


「ウォール、ひとつはこっちで落とす!」


 蓮は横から滑り込んで、甲羅の隙間にソードを突き立てる。

 スローで減速されたモーションの中で、細いタイミングだけを切り取る。


 上空を、別班の能力者がかすめていった。

 肩口や首筋に、黒い斑点が浮かび上がっているのが、チラッと見えた。


(やば……あの模様、なりかけのやつ)


 一度見たら忘れようがない。

 人型エネミーになる直前の、皮膚の浮きと黒い紋。

 手の甲に浮かんだそれを見て、目をそらして走り去る能力者もいる。


 スローの減速フィールドの外では、通常戦力が完全に押し込まれていた。

 銃声と悲鳴が、スロー領域の外側で早回しになって重なり合う。


「レン、右前のビルの非常階段、避難中の民間人十数名。経路が潰れかけてる」


「了解!」


 蓮は合図代わりに指を鳴らし、Speed Lv2の加速をかける。


 重力ベクトルがねじれた階段を駆け上がり、倒れかけた踊り場をシールドで支え、民間人を通す。


「こっち! 走れるやつは自分の足で、走れないやつは誰か肩貸して!」


 叫びながら、蓮は自分の声が少し震えているのを自覚した。


(怖いに決まってる。けど、ここで足がすくむのは、もう何回もやった)


 やり直した世界線の記憶が、足裏の感覚みたいに残っている。

 階段が崩れ落ちていったルート。

 光太が潰されかけて、蓮が間に合わなかったルート。


 全部、もう選び直した。


 だから今だけは、前だけ見て走る。


     ◇


 戦場を、黒い残光が横切った。


 スローの減速をものともせず、黒い軌跡だけが一瞬で距離を詰める。

 巨大な甲殻獣が、その通過線上で静止し——次の瞬間、胸から真っ二つになった。


「……シャドウブリンガー」


 誰かの声が、ヘッドセット越しに漏れる。


 黒い外骨格に覆われた人型が、斜めになった道路の上に着地した。

 肩から伸びたブレードが、まだ黒い血と結晶片を振り払っている。


 その足元で、ひとりの能力者が膝をついていた。

 首筋から肩へ、黒い蔦みたいな紋様が広がりかけている。


「や、やめ————」


 能力者の影が、地面から浮かび上がるように膨らむ。

 影の中で、別の口と目が形を取り始める。


 寄生型エネミー。

 人型エネミーへの入口。


 シャドウブリンガーは、そちらを振り向いた。

 黒いブレードが、一度だけ真横に薙がれる。


 影だけが、ざくりと裂かれた。

 地面に縫い付けられたように、黒い口と目がバラバラに散る。

 能力者本人の身体は、その場に崩れ落ちただけだった。


「っ、あいつ、やっぱり味方に斬りかかって————!」


「落ち着け! 今のは寄生型を払っただけだ!」


 神崎の声が飛ぶが、全員に届いたとは思えない。

 スローの外側では、別の隊からの悲鳴が重なっている。


 シャドウブリンガーは、誰の返事も待たずに次の影へ向かった。


 ボスクラスの外獣の腹をくぐり抜け、その腹に潜り込んでいた黒い触手を一刀両断。

 外獣の巨体だけが、その場に崩れ落ちる。


(……やっぱり、狙ってるのは『影』だけだ)


 蓮は歯を噛んだ。


 DPAの公式ログじゃ、「人型エネミー」「討伐対象」としてしか名前が出てこない存在。

 でも今、蓮の目に映っているのは——ギリギリのラインで、誰かを守ろうとしている戦い方だった。


(東条さん)


 名前を呼びそうになって、喉で飲み込む。


 そのシャドウブリンガーに向けて、包囲網が収束していくのを、同時に見ていた。


     ◇


 減速フィールドの境界線が、じわじわと内側へ縮んでいく。


 スロー各班の配置ラインが、事前の作戦図どおりシャドウブリンガーを中心へと押し込む形になる。

 外縁のビル屋上にはスナイパー、空中にはヒーロー部隊のスーツが点々と浮かび、その全ての射線がひとつの黒い影へと集まっていく。


「OW1、フィールド収束、このまま行くとどうなる」


 神崎の声に、水瀬がすぐ答えた。


『これ以上狭めると、スロー圏内の味方ごと巻き込まれます。

 推定被害、最小でも前衛の半数以上』


「上に止めるよう伝えろ」


『もう伝えました。……却下です。

 上層指示、殲滅対象はシャドウブリンガーを含む全人型エネミー予備軍。優先度は外獣と同等とする』


 短く、嫌な沈黙が流れる。


 蓮は息を呑んだ。

 スローの圧力が強まっていく感覚が、肌で分かる。


(やべえ、本気でここで全部潰す気だ)


 減速された空気の中で、シャドウブリンガーが静かに立ち止まる。

 黒い外骨格の奥で、視線だけがゆっくりと周囲をなぞった。


 その中心に、神崎がいた。


 スロー最深部。

 世界がいちばん重く、いちばん静かになる場所。


「……東条」


 神崎が名前を呼ぶと、シャドウブリンガーはわずかに首をかしげた。


「神崎か」


 声は歪んでいた。外骨格の中で響く、くぐもった声。

 けれど蓮には、それが笑っているのか泣いているのか、なんとなく分かってしまう。


「お前を殺させない」


 神崎は銃口を下げたまま、ただ言った。


「お前が守ってきたものも、殺させない」


「なら、お前が死ぬぞ」


 短く返すシャドウブリンガーのブレードの先が、ほんの少しだけ震えている。


 周囲では、ヒーロー部隊が包囲を完成させつつあった。

 白と青のスーツ——ファルコンの部隊が上空に散開し、照準を下ろす。新型装備―—プラズマ・バスター。


『ファルコン、目標ロック完了。

 スロー圏内、敵性対象ひとつ、人型エネミー。……味方反応、三』


 水瀬の報告に、蓮は思わず顔を上げた。


 味方反応、三。

 神崎、シャドウブリンガー、そして——


(俺も、そこにいる)


「今だ、撃て。包囲を縮めろ」


 上層の声が、無線チャンネルに割り込んでくる。

 ファルコンは、何も答えなかった。


 照準の先で、神崎と東条が向き合っている。

 撃てば、どちらか、たぶんどちらも死ぬ。


(命令どおり撃てばいい。それが一番早い)


 ファルコンはそう考えようとして——―トリガーにかけた指が、動かなかった。


 その間にも、外側では戦闘が続いている。


 通常戦力の一人が、ボスクラスの足払いを食らって宙に舞う。

 別のエリアでは、避難が間に合わなかった車が横倒しになり、炎を上げる。


 時間切れが、近づいていた。


     ◇


(この構図、何回目だよ)


 蓮の喉が、からからに乾いていた。


 神崎が最深部で東条と向き合っている。

 ファルコン隊が包囲している。

 民間人の避難は、まだ終わっていない。


 最初の三回のトリトライで、蓮はもう嫌になるくらい見た。

 神崎が撃たれ、倒れるルート。

 東条が蜂の巣にされ、暴走したエネミーが周囲を食い尽くすルート。

 ファルコンがシャドウブリンガーと相打ちになり、ヒーロー不在になった後の地獄ルート。


 全部、だめだった。


(でも、どっかにあるはずだ。

 神崎さんも、東条も、ファルコンさんも、

 ここにいる全員、誰も死なない道が——)


 喉の奥で、何かが軋む。


 もう三回使っている。

 トリトライは『三度試行』。その名前どおり、三回までのはずだ。


「……頼む。もう一回だけ」


 誰に向けたのか分からない声が、勝手に口からこぼれた。

 誰かが、その言葉に応えた気がした。

 その瞬間、視界がブチッと切れる。


     ◇


 世界が、何度も何度も崩れた。


 神崎が、東条の前に立つ。

 ファルコン隊が照準を下ろす。

 蓮は走る。間に合わない。


 ——―神崎が撃たれる。


 血がスローになって空中に浮かび、ゆっくりと弧を描く。

 シャドウブリンガーが叫び、暴走し、あたり一帯が黒い嵐に呑まれる。


 視界が切り替わる。


     ◇


 今度は、ファルコンが先に撃った。


 空から降り注ぐ光弾が、シャドウブリンガーの外骨格をまとめて穿つ。

 黒い装甲片が飛び散り、身体が崩れ落ちる。


 神崎が、その場に膝をつく。

 その隙をついて、上級外獣がスロー圏内へ突っ込んでくる。


 避難ルートが潰れ、炎の壁が上がる。


 視界が、また切り替わる。


     ◇


 ファルコンとシャドウブリンガーが、真っ正面からぶつかる。


 速度も火力も、ほとんど互角。

 スローの中でさえ追い切れない二人の攻防の末、二つの影が同時に地面へ叩きつけられる。


 黒い外骨格と白青のスーツが、同じ場所で砕ける。


 ヒーローが消えた戦場に、黒い波が押し寄せる。

 上層はすぐさま「迷宮災害ダンジョンディザスター全面統制」を宣言し——―


 視界が、また切り替わった。


     ◇


 民間人が間に合わないルートも、何度も見た。


 避難ルートの一本を見落としていたせいで、

 ダンプカーごとフラクチャーの裂け目に落ちた親子。

 遅れた一組を助けようとして、丸ごと押し流された通常部隊。


 どの世界線でも、必ず誰かが大勢死んだ。


 そして——―


 どの世界線でも、神崎だけは、必ず死んでいた。


     ◇


 何度目かの戻りで、蓮は膝から崩れ落ちた。


 身体はピンピンしている。筋肉痛も、打撲もない。

 けれど、心臓だけが、もう擦り切れかけている。


「……っは、はあ……」


 吐いても吐いても、胸の奥の血の味が抜けない。

 何十回も死んだ感覚だけが、脳みその裏側に焼き付いている。


『レン!? 心拍数が——』


 水瀬の声が、遠くで揺れた。


 そのとき、肩を掴まれる感覚だけが、現実を引き戻した。


「蓮」


 顔を上げると、神崎がいた。

 スローの中心で、いつもどおりの無表情で、いつもどおりの少しだけ疲れた目をしている。


「お前は、『時間を戻している』らしいな。だが、それは」


 唐突に、そう言われた。


 蓮の喉が、ひゅっと鳴る。


「自分の手で、『選び直している』だけだ」


 神崎の声は静かだった。責めるでも、慰めるでもない。


「能力なんてあってもなくても同じだ。最善をつくせ。それだけでいい」


「でも……!」


 蓮は叫びかけて、言葉が出なくなる。


 神崎が死ぬ世界線。

 東条が殺される世界線。

 ファルコンが消える世界線。

 民間人が大量に死ぬ世界線。


 どれも、嫌だ。

 どれも、認めたくない。


「お前がやるんだ」


 神崎が、短く言った。

 それは、命令じゃなかった。

 ただの事実の提示だった。


 蓮は、目を閉じた。


 今まで走ってきた、ありとあらゆるルートが、脳裏に並ぶ。

 誰が倒れ、誰が生き残り、何が失われたのか。


(神崎さんが死ぬ。

 でも——東条さんをそこで止められる。

 民間人の避難は間に合う。

 ウォールもダッシュも、ファルコンさんも、生き残る)


 一番マシな未来。

 一番、少なく済む未来。


 たったそれだけの基準で、世界を選ばされている、最低のアザーだ。


(……くそ、分かったよ)


 蓮は歯を食いしばり、目を開けた。


「俺が選ぶ。だから、神崎さん」


「何だ」


「見ててください」


 ほんの少しだけ、神崎の目尻が緩んだ気がした。


「もちろんだ」


     ◇


 決定的な瞬間は、一瞬だった。


 シャドウブリンガーが、ファルコンの射線の中へ踏み込む。

 外骨格が光弾を弾きながら、黒いブレードを振りかぶる。


 同時に、外側から別の外獣が突っ込んでくる。

 避難しきれていない民間人が、その先にいる。


(ここだ)


 蓮は、何十回も走り潰したルートの中から、ひとつのラインをなぞる。


 スローの残り時間、数十秒。

 ファルコンの位置、シャドウブリンガーの脚の運び、外獣の突進軌道。


 全部まとめて、Speed Lv2の速度を載せる。


「ウォール! 三秒だけでいい、右上のやつを抑えて!」


「はあ!? 三秒で足りなかったらどうすんだよ!」


「足りる。足りるように、俺が走る!」


 甲斐は舌打ちして、それでもシールドを跳ね上げた。

 巨大外獣の頭が、シールドにぶつかり、軌道がわずかに逸れる。


 その隙に、光太が民間人を後ろへ弾き飛ばす。


「下がってろ! ここから先はスロー部隊の仕事だ!」


 叫びながら、光太は地面を蹴る。

 蓮はその横を駆け抜けた。


 ファルコンの一撃が、シャドウブリンガーの外骨格を割る。


 黒い装甲が胸元でひしゃげ、わずかに隙間ができる。


 そこへ滑り込むのが、蓮の仕事だ。


 だが——―


 そのラインの真正面に、神崎がいた。


「っ、神崎さん!」


 蓮が叫ぶより早く、神崎が動いた。


 シャドウブリンガーとファルコンの間に、身を投げ出す。


「……約束は、守れなかった」


 神崎の静かな声が、スローの中を震わせる。


「だが、お前の『影』だけは、俺が見届ける」


 次の瞬間、ファルコンの撃ちだす光弾が神崎の身体を貫いた。


 スローの効果で引き延ばされた時間の中で、蓮はその弾道をはっきりと見た。

 シャドウブリンガーの突進が、神崎の身体にぶつかった衝撃で、わずかに逸れる。


 できた隙間に、蓮は飛び込んだ。

 ―—未来は、もう知っている。


「うおおおおおっ!」


 喉が勝手に裂けるほどの叫び声とともに、剣を突き出す。


 黒い外骨格の割れ目。

 その奥に、まだ人間だった頃の胸部コアに相当する場所が見えた気がした。


 そこを、ただ一直線に貫く。


 刃が何か固いものを砕き、さらに柔らかいものを裂いた感触が、腕から肩、背骨まで駆け上がる。


 シャドウブリンガーの動きが止まった。


 黒い外骨格の中で、赤とも黒とも言えない光が瞬き、すぐに消える。


「……お前は―—俺のようにはなるなよ」


 くぐもった声が、外骨格の奥から漏れた。


 顔の装甲の隙間から、一瞬だけ、夜勤警備員だった頃の東条の顔が透けて見えた気がした。

 笑っているようで、泣いているようで、何かを言いかけて——


 その前に、黒い外骨格が粉々に砕けた。


 黒い粉と装甲片が、スローの中でゆっくりと舞い上がり、やがて重力の向きに従ってどこかへ流れていく。


 蓮は、その場に崩れ落ちた。


 神崎の身体が、視界の端で倒れる。

 伸ばした手は、間に合わなかった。


     ◇


 オペレーションルームは、静まり返っていた。


 モニタ上では、戦場の映像がまだ続いている。

 外獣の残党が各所で片付けられ、避難完了の報告が飛び交っている。


 その中で、水瀬はひとつのログだけを凝視していた。


 新堂蓮の生体ログとカメラ映像。

 フラクチャー発生から、シャドウブリンガー討伐までの記録。


 そこに——何度も、何度も、同じ形の「空白」が並んでいた。


「……何これ」


 数秒単位の歯抜け。

 それが、ほとんど連続で繰り返されている。


 スローの展開ログも、他の隊員の映像も正常。

 異常があるのは、蓮のログだけ。


(この瞬間だけで、蓮は――)


 水瀬は思考を途中で止めた。

 それ以上考えると、胃のあたりがおかしくなりそうだった。


 何十回、何百回と、同じ数秒をやり直したのかもしれない。

 そのたびに、誰かの死を見て、選び直して、ここに辿り着いたのかもしれない。


『……DPA本部へ報告。

 アンノウンクラス人型外獣・シャドウブリンガー、討伐完了』


 別のオペレーターの声が、室内に響く。


 画面の片隅には、システムが自動生成した文字列が表示されていた。


《討伐功績者:ファルコン/減速支援隊スロー第一班 新堂蓮 ほか》


 水瀬は、その文字列に目を細めた。


(スロー部隊の『最終任務』、ね)


 彼女はそっと、別ウィンドウを開く。


 そこには、蓮のアザー能力の仮タグが並んでいた。


《Other:三度試行トリトライ——要再評価》

時間再演リプレイ疑い——詳細不明》


 指先が、確認ボタンの上で止まる。


(神崎さんは対エネミー戦の通常戦力の要だった…… ここから先は、きっと、ただの人間じゃ追いつけない)


 モニタの中で、スロー部隊の隊長だった男の姿が、静かに画面から消えていく。

 その隣で、膝をついた蓮が、何かを噛み締めるように顔を俯かせていた。


 水瀬は、小さく息を吐いた。


「……見届けるしかないか」


 光と影が、正面からぶつかり合う時代の始まりを告げるみたいに、

 夜のシティの上空で、まだ収まりきらないフラクチャーの光が、静かに瞬いていた。

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