【短編】フール

高天ガ原

FOOOOOOL

 四月一日、午前六時。ボクは幼なじみの小明(あかり)に一通のメッセージを送る。


〈恋人になりませんか?〉


 今年から受験生だというのに、浮かれたものだが許して欲しい。これでも、ボクは頭が良いので留学を視野に勉強しているんだ。海外に行ってグローバルな恋、というのも悪くはないが、今のうちに普通の幸せも味わっておきたい。

 脳内でそう言い訳していると、パッと既読が着いてしまった。もっと遅くに見られる予定だったボクは少し焦るが、彼女からスタンプが送られてくる。「何を言っているの?」と言う文言と共に煽るような絵が描かれているスタンプにボクは苦笑した。でも、ちゃんと動機はある。


〈前に告白したとき、覚悟ができてから告白してって言われたでしょう? だから、今、してみた〉


 メッセージを送ると少しして「なんでやねん」と芸人のスタンプが送り返されてくる。相手からすれば、そうだよな。でも、ボクだって頑張ろうと思ったんだ。


〈ボク、留学を目指してて。これから日本に居ないような生活を目指してるからさ。日本に居る間に覚悟決めなきゃ、と思って〉


 そんなメッセージに本気を感じてくれたのか、返信が手打ちになった。


〈あたし、彼氏がいるの。別れるか迷ってるけど……〉


 ボクは肩を落とす。ダメだよな。そう思いながらもなんだかんだで青春している幼なじみに安心する。あの子は少し浮きがちだから、彼氏を作るのも大変だと思っていたから素直に嬉しい。


〈彼氏がいるなら、ボクの相手をしている場合じゃないね。ごめんね〉


 ボクがそう送ると焦ったように幼なじみは〈待って〉とだけ打ってくる。画面を閉じようとしていた手を止めると、ボクはスクリーンをじっと見つめた。


〈今の彼なんかより君の方が好き。だから、私に夢を見させて?〉


 夢を見させて、ね……。ボクは口の中で何回か反復してから、何をどうするか考える。


〈どっちかの家で添い寝して幸せな夢でも見てみます?〉


 ボクの馬鹿な提案に乗っかるように幼なじみは「OK」とスタンプを送ってくる。こんな雑なプランで良いのか? そう思いながらも応用に送られてきたメッセージに頭を悩ませる。〈今から、そっちの家に行くね〉って……。

 部屋は思い切り散らかってるし、親だって居るよ。幼なじみとだけあって家も近いから片付け始めても間に合わない。ボクは諦めたようにベッドに横になった。


「おはようございますー」


 しばらくして、家族が小明を出迎えているのが聞こえた。さすがに小明なだけあり、親は嬉しそうに話している。本当はボクも玄関まで行くべきなのだろうけど、ボクはそのままベッドに寝転がっていた。

 すると、すぐに親が「雅臣!」とボクの名前を呼んだ。だけど、返事しない。これでもボクは緊張していた。

 迫ってくる足音。複数なので小明も一緒に来ているだろう。それでも、身構えない。自然体で待つ……。


「雅臣!」


 母親がそう怒鳴りながら部屋の扉を開けた。ふて寝したフリをすると、小明がクスリと笑う。


「もう、夢を見てるのかな?」


 その言葉だけにボクは「今更ながら怖くなってる」とだけ返す。それを聞いた小明は「なんとかします」と言って、ボクの母を追い返すとそのまま部屋に入ってきた。


 少しの間、ボクらは無言だった。だが、気まずくならないくらいのタイミングで小明は静かに切り出す。


「今日、エイプリルフールだね」


 その言葉にボクは「そうだな」と返す。そんなの知っている。本当は、告白に失敗したらエイプリルフールでしたって言うつもりだったから。だけど、エイプリルフールなんて言えないような空気感ができあがっている時点でボクは大失敗している。


「そっちに行って良い?」


 そう尋ねてくる小明にボクは返事しなかった。だけど、小明は無言で近づいてくる。


「私は、嘘つきだよ?」


 その言葉にボクは「きっとボクもだよ」と返した。そんなボクに小明は「君の嘘は下手くそだからなぁ」と苦笑する。見透かされている感じが凄く苦しいが、でも、長い間一緒に居た彼女のことだ。本当にボクの嘘は分かるのだろう。

 小明がボクの隣に腰掛ける。ボクは背中を向けたまま、寝たふりを続ける。すると、小明はゆっくりと身体を倒した。

 背中合わせ。確かに、これは添い寝だ。


「ねぇ、今から夢を見ようか」


 その言葉にボクは「同じ夢なんて見れないよ」と笑う。だけど、小明は笑わなかった。


「いや、同じ夢は見れるよ。同床異夢とか言うけどさ、それは愛が足りないんだよ」


 その言葉にボクは「ボクとなら愛があるってこと?」と茶化す。それを聞いた小明は「それを試すんだよ」と小悪魔のように言った。可愛いと思ったが、口にしない。すると、小明は静かに言う。


「手を握って、ただただ目をつぶる。そして、お昼まで黙る。それだけ。その間に同じ夢を見れたら、私たちは愛してるんだよ。で、起きたらお互いに隠した状態で紙へ見た夢を書く。一致すれば、成功ね?」


 とても簡単なギミックだった。そして、それは難易度の高い、告白。夢なんて見れなかった、と言えば、普通に僕たちは縁がなくなるだろう。それくらいに大きな告白。

 ボクは緊張しながら「わかった」と言って手を出す。そして、目をつぶった。


「良い夢を」

「そっちこそ」


 そう言いながら、僕たちは手を握る。何かが通じ合った気がした。


 時間が経ち、ボクたちが二人を起こした。すると、寝ぼけているボクに小明は急かす。


「紙に見た夢を書いて」


 当然の流れだが、ボクはぎょっとした。何も夢を見なかった。だけど、そのまま書きたくないボクは全力で頭を回す。


〈君との孫が話しかけてきた〉


 あなたが喜んでくれたその言葉。

 エイプリルフールです。あなたが死んだ90年後の今日、初めて嘘だと明かします。でも、本当に今、私は君との孫と笑えてるよ。

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