CUT「寄り添いたい」

ナカメグミ

CUT「寄り添いたい」

 日常生活の断片に、ほんの少しのユーモアを(視聴条件・50代女性のくだらない妄想を、ああ、貴重な人生の時間に、こんなことを考えるおばさんにだけは絶対になりたくないものだ、と笑いとばせる方)


①ナンバーワンの撤去


 全国的にも有名な歓楽街の中を、たまに歩く。快楽を求めて行くわけではない。よくお世話になる薬局が、歓楽街の近くにあるからだ(別に快楽を求めていくことを否定するわけではない。また薬は違法なものではなく、処方薬である。念のため)。

 

 その時、並ぶビル群を見上げる。

ナンバー1のみ、もしくは複数の売れっ子ホストの顔写真入りの看板。彼らはどこからこのまちに来て、どうやってこの看板までのぼり詰めたのか。

 

 その次にくる、切ない妄想。今はナンバーワンの彼も、永遠ではないわけで。のぼり詰めたものは、いつかは下るわけで。彼の看板も、いつかは撤去されるわけで。

 

 自らの顔写真入りの看板が撤去される時。その様子を見守るホストのそばに、寄り添いたい。「このまちの暮らし、どうだった?」「このあとの人生、どうする?」などと、きいてみたい。

 

 「ま、肝臓は少し悪くしたけど。とりあえず、まとまった金、できたから。地元に帰って、自分好みの店でも開こうかな。よかったら、遊びに来てよ」などという彼に、「頑張ってね」と、背中をさすってあげたいとの妄想(現実は、ホストの方とお近づきになる機会はあるはずもなく。背中をさする荒れた手を、力いっぱい振り払われる可能性大であり、まったくもってありえない妄想)。


*   *   *


②受験に成功して折り込みちらしに載る母子の父親

 

 塾の講習の勧誘ちらし。高校入試(首都圏では中学入試も)に合格、または塾に入って劇的に成績が伸びたという親子の体験談が載る。写真入りのエピソードで登場するのは、必ずといっていいほど、「お母さま」とその「息子」または「娘」。


 でもその影には、日々働き、受験塾の費用を捻出したり、家でも協力したであろう父親の存在があるわけで。

 

 その父親の傍らに寄り添い、

「1日に弁当2個作ったりとかは、流石にしなかったけど。俺だって仕事、休みの日に、塾の送迎とか、たまにしてたんだけどね」

「家の中、わりといつも、ギスギスしてたからさ。たまに冗談言って笑わせたり。犬の散歩、代わりに行ったり。本当の直前期は、外で時間、つぶしたり。いろいろ努力はしたんだけどね」と、IQOSを片手に、遠くを見ながらつぶやく愚痴を傍らで聞き、その背中をそっとさすりたいとの妄想(関係ないおばさんにいきなり共感され、背中をさすられても、現役社会人の父親に、「はぁ?おまえに一体、なにがわかる?」と、これも手を振り払われる可能性大)。


*   *   *


③かわいそうなヒグマ


 子どもたちとよく行く動物園。夜行性の動物の、夜の生態を見てもらおうと、「夜の動物園」というイベントが開かれることに。子どもたちと見に行った。

 夕暮れ時のメインイベント。「ヒグマのえさやり」。豪快に魚をとり、喰らう姿を見てもらおうとの試み。早めに行き、見やすい場所を確保した。


 ガラス張りの水槽。飼育員の方が、バケツに入った活きた魚を、10匹以上、水の中に放った。


 魚が小さい。サケの3分の2ほどの大きさか。そしてすばしこい。水槽の中に腰まで浸かり、魚をとらえようと試みるヒグマ。されど逃げられ、また逃げられ。一向にとらえられない。ヒグマが魚に弄ばれている。公開処刑である。


「くまさん、だめだね・・」。子どもがぽつり。

 子どもよ。ちがうのだよ。ヒグマさんは、もっと雄大な山の奥の川で、手を振りかざしながら、豪快にサケをとらえるのであって。こんな小さな水槽で、小さな魚を追う生き物ではないのだよ。

 

 結局、1匹も魚をとらえられないまま、30分ほどでタイムオーバー。すごすごとケージの奥に帰っていく背中に、夕日があたる。その傍らにそっと寄り添い、「ドンマイ」とさすってあげたいとの妄想(おそらく次の瞬間、頭から食われる)。


*   *   *


④番外編:知人の誤解


 おばさんがよく行くカフェ。窓の外に、高収入が稼げる求人を紹介するサイト「バ◯ラ」や「ショ◯ラ」の宣伝トラックがよく見える。リズミカルなテーマソングが頭にこびりついて離れない、と知人に話した。


 その知人に、「あのトラックには、求人を見て働きたいって応募した人が、入っているんだよね?」と返され、度肝を抜かれた。人権の重要性が世界的に浸透した今、世界史で習う奴隷貿易のようなことは、少なくとも、いつも見るあのトラックの周辺で行われている形跡はなく。

 常識に決して縛られない、自由な発想力を持つ知人に寄り添い、背中をさすってあげた。

(追記・あのトラックは、道路運送車両法上の「放送宣伝車」に該当し、国土交通省の構造要件を満たす必要あり。構造要件では、宣伝に必要な最小限の道具以外の物品積載設備を持たない(宣伝に必要な最小限の道具以外、乗せてはならない)こととされ、応募者が乗っている可能性は、ほぼない)


 みなさまは、このような妄想しか楽しみがない、つまらないおばさんにならないよう、日々を精一杯、楽しんで生きていただきたい(この年代は最後は必ず説教)。

(END)




 



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CUT「寄り添いたい」 ナカメグミ @megu1113

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