家を出て

澄み切った空、大樹の下で目が覚めた。

はずだった。


(なんで視界が暗いんだ?)


少しオレンジ色を感じる暗さを確認した後に、寄った眉間を隠すようにして手のひらで顔を覆った。

再度目を開けてみる。


「あー」


オレンジ色の暗がりに納得がいった。それと同時に頭上から声がする。


「ふふふっ、だーれだっ!」


上の方に目線をやれば、キラキラと無邪気な瞳がこちらを見ていた。期待に応えるかのように、いつも通りに笑ってみせる。


「メイテイでしょ。好きだねぇ木の上に登るの」


視界を覆っていた彼女の髪をどかすと、オレンジ髪の少女___メイテイが宙吊りになりながら笑っていた。


「ふふ、ビフェリオってば結構寝起きは悪いのね。それとも悪い夢でも見ていたのかしら」


彼女の足には頑丈そうなロープが繋がれている。そんな状態で雑談を始めるメイテイにビフェリオは再度笑った。


「寝起きドッキリってそんなに体張るもんじゃないよ?」


立ち上がって背伸びをした。体勢が悪かったのかすごい解放感だ。


「貴方が驚いてくれたら採算が取れてたわ。空気読めないわね」


と、メイテイはいかにも不満そうな声を出した。ビフェリオからはその顔が見えていないが、顰めた顔をしているのは間違いないだろう。


にしても、寝起きに対しての要求が高すぎるのは気のせいだろうか。


そしてロープの先からまた声が聞こえた。


「あのーそろそろロープ引っ張るの疲れてきたんですけど離していいですかー?離しましたよ」


事後報告である。

同時にメイテイを吊るしていたロープは緩んだ。


「痛ったぁ!」


頭から着地するかと思ったが、体を捻らせて背中で着地した。流石の身体能力だ。


「よっと」


ロープを離した元凶___セキラは枝を飛び移って安全に木の下まで降りてきた。


片手には普段持ち歩かないような分厚い本を持っていた。いくら読書好きの彼女といっても、非力なこともあり重たい本を持ち歩くことはない。


(何か理由があるのかな?)


「ビフェリオ、今日はどんな夢を視ていたんです?」


質問する前に質問されてしまった。仕方がないので答える。


「秘密だよ」


答えると言ってもこの回答しかできないが。


「ちょっとセキラ!私に謝罪の一言も言えないの!?そんなんだから背が伸びないのよ!」


ぴょんと跳ね上がって力強く指を指した。


「それとこれとは関係のない事でしょう」


と言い、メイテイを見上げる。見上げられるほどに彼女達の背には差があった。


「…どうでもいいです。身長なんて」


冷静を装っているが本を持っている手には力が入っているのを見てしまった。

触れないでおこう。


「えっと…ところで2人とも何の用?最近忙しくて来れそうにないって言ってたよね」


元々この大樹の下は同じ神であれど住む地域の違う、ビフェリオ達が遊ぶときに使う集合場所だ。

一月ほど前に来れそうにないというのを聞いていたにも関わらず2人はいる。セキラの本のことも気になるが、まずはそちらを優先した。


「そうそうそれよ私達が来た理由!実はね、セキラ家出したんですって!」

「家出…?」

「はい」


セキラは少し小さな声で答えた。


「メイテイじゃなくて…?」


ビフェリオは本気の疑いの声を出す。


(セキラは家出なんてしないだろうに)


「貴方私をなんだと思ってるのよ」

「ビフェリオ、気持ちはわかります。ですよね。ですが、今回ばかりは違うんです」

「なによ!」


セキラとメイテイが口論し出したのを横目に、ビフェリオは笑顔を浮かべたまま考え込む。


(…はぁ…なるほど。何か特別な心境の変化があったのかな。何かそこまで大きな変化が起こるようなことあったっけ?)


過去を遡って思い出すが、特にこれといった原因は思い当たらなかった。

未・来・が・視・え・る・といっても、全てを把握できるわけではないのが残念だ。


(ま、セキラが今家出したとしても、結局は家を出なきゃいけないから変わらないかな)


想定外は好きじゃないが、起こってしまったものは仕方がないし、セキラなりの良い変化だと思うことで気を落ち着かせた。

そういうのは大の得意だ。何せ回数が違う。


「…あれ、でもそしたらメイテイ関係なくない?」

「野次馬よ」


堂々と言い放った。いつも通りのメイテイだ。それに比べて普段から落ち着いている彼女は機嫌の悪そうな顔をしていた。


十中八九メイテイがいるからだろうが、それにしてはテンションが低い。もっと不真面目なメイテイに噛み付くはずだった。


(セキラはずっと浮かない顔をしている。一体何があったんだろうか。…いや、ボクが深入りする事じゃないな)


「じゃあ当分の家が欲しいね」


心当たりはある。誰にも見つからない、安全な場所が。


「はい。恥ずかしい事ですが、なんの計画も無しに出てきてしまったもので…」


セキラは分厚い本をギュッと握った。


(わざわざ家から持ってきたんだな……その本捨てられそうになったからとかかな)


だとしたら家出も頷ける。

セキラと両親も不仲というわけではないが、きっかけがあればすぐに瓦解してしまう程度には不安定だ。


「心当たり、ありますか?」


見るからに不安そうな顔を見て、ついつい想いを馳せてしまう。


(これから起こることの全て、キミ達にどうか乗り越えて欲しい)


初の家出、そして初の経験がこれからセキラを待ち受けるだろう。

今は微妙なセキラとメイテイも仲良くなることだろう。

そして最後には笑えるだろう。


風神は知っている。


「ははっ、それならとっておきの所を紹介するよ。着いてきてくれ」


なるべく感情を出さずにそう言った。

演技は得意だ。何せ回数が違う。

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