脅迫罪-杠葉弦-(5)
5
杠葉弦の人生は人に狂わされていったと言っても過言ではなかった。
家族からも友人からも可愛いと、愛でられながら育てられた杠葉は周りから言われるがままに自分のことは可愛いと思いながら生きてきたのだ。
普通の子供なら、親心によって言われていた言葉だと気が付くのだが、親からの愛情だけを受けて育っていた杠葉は気が付くことなく成長していた。
自分の容姿に自信を持って生きていた杠葉は他の人に臆することなく、自分を貫いていた。小学生らしからぬ表情や、教師にバレない少しのメイク、そして男に好かれる仕草。成長するにつれ、杠葉のことを可愛いと言うのは男子だけになっていた。
女子は徒党を組み、可愛いを作っている杠葉のことを邪険に扱い始めた。小学生女子はグループを組み、集団になることで自分のことを強いと思い込む。自分一人で自信に満ち溢れている杠葉はグループに溶け込むことはなく、褒め称えてくれる男子とつるむ様になっていた。
その姿は裸の王様。自分のことを褒める人間だけを周りに集め、称賛の言葉で悦に浸る。
その果てに産まれた思想は弱者への迫害。徒党を組まなければ戦うことのできない女子のことを弱者だと見下し、内心で馬鹿にし始めた。
「杠葉。ちょっと指導室に来い」
「はあい。せんせ」
中年で小太りの男性教師に呼び出されることも多かった。指導室で行われる内容は世間に暴露されたら教員人生が終わるようなもの。唯一性行為だけは行っていなかったものの、男性教員に気に入られる為、杠葉は様々な技術を覚えていった。
問題として大きくならなかった理由は、教員も一人だけが杠葉を買っていたわけではなく、複数の教員が協力して杠葉を囲っていたからだ。年上の男を手のひらのうえで転がし、意のままに操ることを覚えた杠葉は深みに嵌まっていった。
杠葉が小学校を卒業し、中学校へ思いを馳せていた頃。神妙な顔つきの両親に呼び出され、家族会議が始まった。数週間程度家の空気が悪かったが、珍しく喧嘩をしているものだと杠葉は判断し下手に触れることを避けていた。時が解決してくれるものだと信じて疑わなかったが、残酷に時間だけが過ぎ、家族は終わりを迎える。
「え、離婚?どういうことなの」
「詳しくは今の弦には言えないの。もう少し大人になったらちゃんと言うから」
「俺が全部悪いんだ」
杠葉を優しく説得する母と、目の下に隈を浮かべ申し訳なさそうにしている父。その姿を見て、説明を受けずとも父が何かをやらかしたことは想像ができた。
「弦はこれからお母さんと二人で暮らすの。ここはお父さんが買った家だから出ていかなきゃいけない」
「弦、本当にすまない。」
「あ、うん。そっか。わかった」
父親の表情が去っていく時の男性教員と重なった。倫理的に許されない行為をしてしまい、全てが終わってしまった表情。
教員は杠葉の深みにハマってしまったばっかりに、他の生徒や自分の娘まで性欲の対象に見てしまうようになったと噂で聞いていた。その結果として何人もの教師が学校を去っていき、杠葉が卒業するまでに八人もの教員が辞めていた。
許されない行いをして、取り返しがつかなくなった後、どうすることも出来ずに停滞している男の顔。そんな顔をする父の姿に、杠葉は謎の高揚感を感じていた。
「パパ。ママと別れても、パパは私のパパだからね」
「弦……。すまない……。本当に」
「ねえママ。別の家に行った後ってパパに会うの禁止だったりする?」
「え、暴力を振るわれていたとかじゃないから禁止はしないけど」
「多分パパが何かしたんだろうなっていうのは分かるし、ママが怒ってるのも分かる。それでも私にとっては一人のパパだから」
杠葉の言葉によって父親の表情が少しだけ晴れていた。
「弦がそうしたいなら、私はいいわ。その代わりちゃんと言ってからパパと会うこと」
「分かってる」
「離婚しても弦の父親だってことは忘れないで。夫婦では無くなっても弦にとっては――」
「分かってる。分かっているからそれ以上言わないでくれ」
母親の言葉によって再び影を落とす父親。
杠葉は心に芽生えていたのは父親の暗がりに差し込む一筋の光となる事への興奮を覚えていた。自分の言葉によって、年上の男性が絆された瞬間に杠葉は生きている意味を感じたのだ。
子供の世話で疲れ果てた男性教員がストレスを発散するように杠葉を求めて来た時の興奮を論理的に理解した時、杠葉弦が犯罪者として一歩を踏み出すこととなった。
中学に上がると小学校の頃と同じように男性教員を誘惑していた。成績や金銭の要求はなく、只管に疲れている男性に目をつけてストレス発散の捌け口として使わせる。中学生ともなれば性的な知識も身につけており、直接的な性行為はなかったが、教員が自慰をするための仕草なども身につけていた。
事が終われば教員は一瞬の恍惚感を得る。その後直ぐにやってしまった後悔と不安に襲われる。その流れが杠葉弦という沼に飲み込まれてしまう要因だった。
相手の心を包み込むような優しい言葉で思考に入り込み、快楽によって意識に杠葉弦を染み込ませる。段々と抜け出せなくなった教員は杠葉との先を妄想し、気に入られようと躍起になった。そうなってしまえば教員の異常な行動は節々に見られることとなり、問題行動として学校から追い出される。
「次の人探さなきゃ」
一人居なくなれば別の人にターゲットを切り替える。誰かが杠葉を求める時、相手は杠葉を褒め称える。その称賛はかつての父親が自分に向けていた愛おしさと同じものを感じていた。
中学生になれば友達もでき、行動範囲も広がる。夕暮れの中で街なかを歩いている時、男受けの良さそうな格好をした女性たちが道に並んで何かを待っている姿を見た。いつ通ってもそこには人がいて、何をしているのか杠葉は気になっていた。
「何してるんですか?」
自らに絶対の自信を持っている杠葉は黒いマスクをつけてスマホを弄っている女性に声をかけた。
「何?」
「この辺っていつも人が立ってるんですけど何してるんですか?男の人と待ち合わせしてるみたいで一緒に歩いて行く人が多いみたいですけど」
「ああ。私たちは男の人にお金で買われてんの」
「お金で?」
「風俗とかは熟れたプロが性行為してくれるでしょ。大体はおばさん。おじさんっていうのは若い子とヤりたいわけ。私たちはお金を貰えるし、おじさんたちは気持ちよくなれる。そういう関係。あんまり言いふらさないでよ。ここはまだ警察にバレてない穴場なんだから」
話を聞いて、脳裏に浮かぶのは過去に自分で欲望を発散していた教師たち。気持ちよくなった男性は一瞬だけ幸福に包まれた表情をしており、それを引き出したのが自分だと思うと堪らない高揚感に包まれた記憶。話してくれた女性が何をしているのかを瞬時に理解した杠葉。
「ここに立ってるだけでいいんですか?そうしたら話しかけられる?」
「……あんた見るからに中学生でしょ。私が言えた義理じゃないけどやめときな。ここに立ってる女たちも自分たちが高尚な人間だと思ってやってるわけじゃない。寂しさを埋めるため、金が欲しいから、理由は沢山あるけど真っ当に生きる事を避けてる人種なんだから」
「どうしたらいいんですか?」
男性教員に媚を売るときと同じ表情を浮かべてマスクの女性に質問をする。杠葉の仕草を見た女性は訝しげに一瞥したあと小さくため息を吐いた。
「あんた、中学生でしょ?終わってんね」
「何がです?」
「人を誑かす術を覚えてるってこと。その年齢でそんな事を覚えてる奴に碌なやつはいない」
「碌なやつ――確かにそうかも知れませんね」
「私たちはここに立ってるだけ。それだけだよ。何もしてない。いつも道を聞かれているだけ。場所が分かるから目的地まで案内してる。そのお礼にご飯を奢ってもらう」
「そういう――ことですよね」
「それ以上言わない。悪いことは言わないからここに来るのは辞めときな。こんなところ肥溜めと何も変わらない」
マスクの女性は犬を追い払うように手を動かすと、それ以降杠葉の声を無視してスマホを操作し続けた。
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