脅迫罪-杠葉弦-(4)

 3


 その日の夜。

 赤松は楓の部屋に来ていた。

 ふたりとも更生学校から指定されたパジャマを着ており、知らない者が見れば女子高生のパジャマパーティーにしか見えない。

 しかしそこで行われている会話は女子高生――人間にあるまじき犯罪の相談であった。


「本当に杠葉を殺すの?」

「え、やるけど」

「朝のやり取りみてる限り、殺すような対象には見えないんだけど」

「いやいや、私たちの意思なんて関係ないよ。今の生活が守られているのは依頼を熟しているから。柚子ちゃんはまだ恩恵を受けてないから分からないと思うんだけど、自分の生活を取るか知り合い程度の死を取るか。答えはひとつしかないでしょ」


 人を殺すことで更生学校の生活を手にしている楓に選択肢はない。当然相棒となっている赤松にも選択肢は無いのだが、未だに踏ん切りはついていない。


「私は楓ほど杠葉と関わってるわけじゃない。それでも危害を加える勇気は出ない」

「柚子ちゃんはなにもしなくていいんだよ。大丈夫。全部私に任せて?」

「でも私に手伝わせるつもりなんでしょ?」

「見張りとか、先生への連絡とかその程度だよ。勝手な行動をしない限り柚子ちゃんは何も気にしなくていい」


 何かをすることよりも何もしなくて良い方が精神的に辛いことを楓はわかっていない。何もしない時間は思考に余裕が生まれ、必要以上に物事を考えてしまう。

 杠葉に対して楓が何をしているかを想像し、部屋の外、暗闇の廊下で一人終わるのを待つ。想像するだけでも心労が赤松を襲う。


「正直今から胃がいたい」

「薬もらってくる?」

「これから半年も続くのに、今から薬飲んでたらジャンキーになりそう」

「半年じゃ済まないよ。ここを卒業しないならね」


 赤松の目的は更生学校を卒業しないこと。そのために楓の殺しに付き合わなければいけない。

 檻を開けられても、飛び立つことをしない鳥は飼い主に閉めてもらうことをただ待っていた。飼い主に連れていかれる鳥こそが赤松で、檻ごと移動しなければ他の景色を見ることも出来ない。

 これから先の人生を殺人鬼と共に在ると決めたのは赤松自身である。自分の犯した罪を反省しているからこそ、迷惑をかけた人たちに合わせる顔がない。好きだった親が死んだ世界に戻りたくないと。

 卒業せず、更生学校にい続ける限り楓と共にいなくてはならないと考えれば胃痛には早く慣れたほうが良かった。


「杠葉の依頼をするのはいつ?」

「んー。部屋に来るように誘われたんだよね」

「その時?」

「部屋に誘われたのはメイクとか身嗜みを教えてくれるみたい。その用件で呼び出されてるのにすぐ殺すなんてことはしないよお。柚子ちゃんってばせっかちさんなんだから」


 真面目な話をしている最中、楓はいつも通りの冗談を飛ばす。

 余裕のない赤松に対し、余裕を見せる楓。その姿が癪に障った赤松は楓の頭部に手刀を振り下ろす。


「あいてっ」

「私の覚悟の問題もあるんだからちゃんと答えてよ」

「柚子ちゃんの胃も持たなそうだから三日後くらいにしようか。すごく残念だけど身嗜みを教わった後に殺そーっと」

「楽観的じゃない?いつもそんな感じなの?」

「弦ちゃんは少しの間だけど私と仲良くしてくれたからね。殺す前にいい思い出をあげたいじゃん?鏡だって最近になって設置されたって言ってたし、更生学校側も弦ちゃんが死ぬ前にやりたいようにやらせてるんだと思う」


 杠葉の提案が急に通ったのも、更生学校から楓に依頼が入ったからである。死ぬゆく杠葉に少しの幸福を与えようと更生学校が施しを与えていた。


「砂漠で水をあげたら毒だった、みたいな非道さを感じるんだけど」

「全て身から出た錆。悪いことをしたら罰がくだるのは必然だよ」

「それが刑罰じゃないの」

「それもそっか。ま、ヤバいやつを外に出すわけには行かないから処分ってことで。工場とかでエラー品は廃棄になるでしょ?人としてのエラー品を私が廃棄してるってだけだから」


 自殺するものに対して感情的になったかと思えば、殺害対象を物のように廃棄と表現する楓だからこそ、赤松は底しれない恐怖が薄れることはない。

 楓は他人の死を自分尺度でしか測っていないのだ。その思考回路は後天性のものでは無く、生まれ持って隠されていたもの。親殺しをすることで開花してしまった才能。

 事故により人生を狂わされた赤松には殺人に関しての理解はできない。


「ごめん。分からない」

「柚子ちゃんはそれでいいよ。分からない人が近くに居てくれたほうが私も安心できる」

「どうして?相棒ならちゃんと理解していたほうがいいんじゃないの?」

「だって焔村先生も更生学校も私の殺しを肯定してるんだよ?焔村先生は一応気にしてくれてるみたいだけど更生学校に逆らえないから同じこと。私が欲しいのは相棒であって傀儡じゃない。誰かの言う通りにしか行動できない人は要らないんだよねえ」

「私も結局は同じだと思うけど。楓の事を止められないし」

「違うんだなあ、これが。私に意見してくれる人がいることが大切なの」

「私には楓が人を殺すのを止める力はないよ」

「今は分からなくても大人になれば分かると思うよ。肯定するよりも否定する人の大事さがね」


 見つめられている瞳のなかに赤松の姿は映っていない。楓の過去に何があったかを赤松は問い詰めるつもりもなく、楓も話すつもりはなかった。

 八年間も更生学校に言われるがままに犯罪者を殺してきた楓にとっては、否定こそが愛を感じる瞬間だった。


「もう一回聞かせて。本当に杠葉を殺るんだよね」


 何度目か、数えることをやめるほど赤松は楓に殺害の確認をとる。答えは一度として変化しないが、楓が肯定を示す度、階段を登るように赤松の意思も変化していくのだ。


「うん。弦ちゃんにオトナって言ったときに馬鹿にされたの、ちょっと気にしちゃったから殺すよ。弦ちゃんより六歳も年上なのにこどもあつかいしてさ、許せないよね」

「依頼関係ないじゃん……」


 4


 決行の当日、楓は杠葉の部屋へと行く前に赤松を自室に呼び出していた。計画の最終確認を行うためである。


「さて、今日のことについて確認するよ」

「分かった」


 一人で依頼を熟している時には計画を大まかに立てることはあっても臨機応変に対応していた。相棒として赤松が加わったことで、協力してもらうための情報共有が必要になる。

 殺し自体は一人でもできるが、それ以外は数があれば楽になる。今までは死体処理作業員や更生員に手助けを頼んでいたが、どうしても意思疎通の取れない時があった。普段関わり合いにならない人間と重要な場面でコミュニケーションを取ることは難しい。


「私は今から弦ちゃんの部屋に行く。基本的に部屋に入った生徒たちが出てくることはないけど、柚子ちゃんには弦ちゃんの部屋の前で待機ね」

「確か杠葉が逃げ出さないようにするんだっけ」

「私も気をつけるけど何が起こるか分からないから、部屋に入っちゃだめだよ」

「分かってる。気をつけるよ」


 赤松は俯きながら呟くように了承の言葉を口にする。

 楓は立ち上がり、扉へと移動するとドアノブに手をかける。


「ロープは持った?」

「焔村から渡された。なにに使うのこれ」


 小さな腰ポーチのジッパーを横にずらせば、中にはロープが入っていた。登山用の丈夫なロープは二メートル程あり、何重にも折られている。


「内緒だよ。柚子ちゃんは知らなくていいこと。これは隠し事じゃなくて、伝えないほうがいいって私が判断してことだから。ひとついうのは身を守るために必要なものっていうだけ。私を信じて持っていて」

「私がするのは部屋の前で見張りをするだけ」

「そうそう。それで私が扉を開けたら中を見ずにロープを渡してくれればいいよ」

「何が起こるか想像もついていないのに、楓の言いなりになってことが進んでいくの怖いんだけど」

「慣れてよお。まだ十一人残ってるんだから」


 既に沢山の犯罪者を殺している楓に対し、赤松は両親の死体しか見ていない。楓が起こす凄惨な現場は、話から想像するしかなく、初めての死体を見てしまうことに恐れと緊張を抱えている。

 この先、最大で十一人の死を見なければならない赤松は慣れたほうがいいのだと思っていたが、人の死に慣れてしまっては楓を止めるストッパーになれない。

 人の死が怖いからこそ、一時的に自分の思考を止めて楓の言うことを全うする。


「卒業する可能性もあるんでしょ?」

「零じゃないってだけで限りなく零に近いよ。私に殺されないのにクラスにいる理由を考える方が難しい」


 楓は扉を空けて廊下へと足を踏み出す。深夜零時。既に杠葉には連絡をしてあり、「夜だからお肌に悪いけど楓の頼みだからいいよ」と部屋に行く件を了承してもらっている。

 廊下は僅かな電灯で照らされているのみで奥は暗闇が広がっていた。終わりの見えない闇は、これからの赤松を暗示しているようだった。


「それじゃ弦ちゃんの部屋に行こうか」

「くれぐれも気をつけて」

「こちとら八年の大ベテラン殺人鬼じゃい。弦ちゃんに可愛くしてもらうから。子供受けじゃなくてモテモテになっちゃう私をご覧あれ」

「根に持ちすぎだって」


 楓と赤松は部屋を出て、足音を立てないように杠葉の部屋を目指して歩いていく。軽やかな足取りの楓。コンクリートでできた床なのに泥濘を歩いているように足が重い。対照的な二人だが目的地は同じ。

 杠葉弦を殺す、その目的だけで二人は歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る