第2話 罪人と烙印
「君が処刑人の少年だね」
「え、はい」
アベルは少年に会話の主導権を握らせず質問を投げかけた。
「処刑人と聞いていたから、どんな物騒な人物が出てくるのかと思ったけれど、予想とは違ったね」
確かに、処刑人と聞いて思い浮かべるのは筋骨隆々な男とかマッドサイエンティスト的な笑いを常にしているような異常者だとかだ。その人物像を思い浮かべているとセトの顔や背格好はどこかおかしく見えてしまうのだろう。
「それにどんな仕打ちも受けるつもりでいたけれど、どうやらここは快適そうで何よりだ」
牢屋を見渡してアベルが心地よさそうにしている。
天井も床も岩肌がむき出しでとても良い環境とは言えぬ牢屋だが、それでも掃除は行き届いているしベットもある。
冬に備えて布団は二枚も常備されていた。
辺鄙な山奥まで連れてこられたのだから、最悪な環境の牢屋にぶち込まれる覚悟もしていたところ、出てきたのは掃除が行き届き最低限の道具も用意された最高の空間。
「よかったよかった」
アベルが安心してしまうのも無理なかった。
「今度は君の番だ。僕に何か質問したいことはないかい?」
いつもはどうせ次の日に殺してしまうのだからと、罪人とは最低限の会話のみを行ってきた。しかしアベルだけは少しだけ状況が違う。彼は明日殺されるわけではないし、もしかしたら冬明けに馬車がまた通れるようになるまでいるかもしれないのだ。
その間をずっと最低限の付き合いのみで過ごすのは逆に面倒に感じる。
もし、セトの手で彼を殺すことになってしまった時には、この選択を恨むのだろうが。
「なんでこんなことになったんですか」
なぜ死刑執行が未定なのか、なぜここに運ばれてきたのか、アベルは普通の罪人とは状況が異なるので、気になるのも無理なかった。
アベルとしてはその境遇を隠すだけの理由も無かったので、ペラペラと喋り出す。
「教皇様の言う事を断ったらこうなってしまったよ」
とほほ、と演技臭く漏らしながらアベルは説明する。
「僕はね、吟遊詩人でもあり、魔術師でもあるんだ」
まるで
「こう見えても、それなりに出来た魔術師でね。僕の魔術は支援に特化してるんだ」
あらゆる厄災から跳ねのけ、身体能力を向上させ、精神を安定させる。
酷く万能で、あまりにも融通の利く便利な能力だとアベルは説明する。
「だけどね」
アベルは付け加えた。
「僕がサポートできる人数には限りがあるんだ。というより、もう
アベルが他人に支援するためには自らのストックから
当然、与えすぎればストックは枯渇する。
「均等に分ける必要はないし、望むなら一人に全部注ぎ込むことだってできる。だけど、注ぎすぎれば他に回す分はなくなる。……今の僕は、もうほとんど空っぽさ」
そう言って、アベルは肩をすくめて笑った。
だから、教皇を助ける分が無いのだと。
「君は知っているかい? 今の教皇様の状態を」
「一応は……」
セトが住むグリンブラント教国の最高権威である『教皇』は現在、病によって床に伏せている。
完治は難しい状態にあるようだ。
「せめて後継人の争いが収まるまでは僕の魔術で生きながらえさせてもらいたかった、というわけなんだろうね」
教皇が死にかけの今、その後見人争いは過激化している。
セトは権力闘争から離れてかなり立つから、もう中央政府のことは何も分からないが、泥沼化していることぐらい分かる。
「だけど僕はもうストックを使い切ってしまっている。だから解放します……とはならならなかったから、今ここにいるってわけ」
たとえ今使えなくても、後々有効活用できるかもしれない。
だから監禁しておく、というのはまああり得る話だ。
「酷くない?」
酷い、とは思うが立場上セトが頷くことはできない。
「はは、肯定することはできないだろうけどね」
セトの立場が分かっていて、その反応をアベルが楽しんだ。
その時、牢屋でぐぅ~っというお腹の音が鳴り響く。
「おっと、これは失敬」
アベルが腹を抑えて苦笑する。
すると、セトはすぐに牢屋の鍵を開けた。
「どうしたんだい?」
セトの行動に疑問を抱いたアベルが問いかけると、セトは行動で答えた。
「このままじゃ窮屈だから」
そう言ってアベルの両手を塞いでいた手錠を外して、足を繋いでいた鎖を外す。
「いいのかい?」
「ご飯の用意をするから、待ってて。何か必要なものがあったら言って」
「随分と親切なんだね」
罪人に対して料理を振る舞って必要なものがあるのならば言ってくれ、というのは随分と親切だ。
「それに、手錠まで外してしまってもし僕が逃げたら……大丈夫かい?」
「おれ強いので大丈夫です」
どこかおどおどとした少年の言葉にしてはやけに自信を感じさせる言葉だった。
アベルは思わず口を開いて感嘆に似た声を漏らす。
確かに、状況だけ見てみるとセトは一人で死刑囚を相手していることになる。
明日に首を斬るとなっていてももし取り扱いを間違えたらセトの命すら危うい。
であるのに、セトはこうして生きている。
相応の実力があるのは当然のことだった。
「じゃあよろしく頼むよ」
「少しだけ時間がかかると思います」
「ゆっくりしているよ、ありがとう」
「はい」
手錠を外し終わった少年は牢屋の鍵を閉めて地上へと上がっていく。
アベルはその後ろ姿を悩むような表情を浮かべて見ていた。
◆
それからセトが帰って来たのは一時間後のことだった。
「くぅ~いい匂いだ」
香ってきた匂いにベットからアベルが飛び起きた。
階段を下って来たセトの手には湯気の立つ鍋がある。
「それはなんだい」
鍋をテーブルの上において、地下室に備え付けられた戸棚から食器を取り出しているセトにアベルが問いかける。
セトは食事の準備を済ませながら答えた。
「シチューです」
「おお、いいねぇ」
冷えた体にはちょうどいい、とアベルが喜ぶ。
セトはそんなアベルに過度な期待はしないよう釘を刺しておく。
「とは言っても干し肉と状態の怪しい野菜を使ったシチューですから」
「それでも十分すぎるじゃないか」
上機嫌なアベルを見て『愉快な人だな』と思いつつシチューをよそったセトが、食器を持って牢屋に近づく。
「食材は君が?」
「はい」
肉は森で仕留めた野生生物のを、野菜は畑で取れたものを。
「街などでは買わないのかい?」
「お金がないので」
となると完全に自給自足をしている、ということは処刑人としての仕事に賃金を貰っていないことになる、アベルはふと考えながら受け渡し窓から渡されたシチューを両手で抱える。
「すまないね。冬の少ない備蓄を私のために」
本当は一人分の備蓄だったはずなのにアベルが来たせいで二人分も消費してしまうことになってしまった。
そのことに気がついたアベルが湯気の立つシチューを見ながら呟いた。
するとセトはどこかぶっきらぼうに言い放つ。
「仕事なので」
「そうかい」
アベルは気にせずに微笑み返す。
「うん、美味しいじゃないか」
「ありがとうございます」
アベルは「美味しい、美味しい」と一口食べるごとに呟きながら笑みを浮かべている。
「干し肉もちゃんと……これは鹿かい」
「はい」
鹿肉を買ってきたわけではないだろうから、一人で仕留め解体し、干し肉まで作っている。
とても丁寧だ。
野菜を見ても、調理の仕方を見ても、どこか誠実に生きようとする少年の姿が見えてくる。
そんなことを思っていると、いつの間にか食べ終わっていた。
「おかわりを頂けるかい」
先ほど、『備蓄用の食料を消費してしまってすまない』と言っていたアベルだったが、まるで覚えていないかのようにおかわりを要求した。
セトは特に嫌がる素振りを見せず、それどころか料理を美味しく食べてくれたのが嬉しかったのか、僅かに笑みを浮かべながらおかわりをよそった。そして受け渡し窓を通じてアベルに渡す際に質問を投げかけられる。
「君は……なぜ処刑人をしているんだい」
質問の理由は単純だった。
少年の雰囲気や仕草、口調。そしてよく清掃された牢屋の状態や細部にまで気が効いた料理を見て、アベルにはセトが処刑人をやるような人物には見えなかった。
その質問に対して悩む素振りを見せたセトに、続けてアベルは質問を投げかける。
「人を、殺すことに
「人は……殺したくない」
「ではなぜ処刑人に」
「契約だから」
そう答えたセトにアベルは視線を向けた。
視線は主にセトの手の甲へと向けられている。
来た時は手袋をしていて見えなかったが、外した今ならば見える。
少年の手の甲に刻まれた紋様が刻まれていた。
「契約は、それかい」
「……」
何らかの契約により少年はこの辺鄙な場所で罪人の首を斬り続ける生活を強いられている、ということ。
「奴隷契約に似たモノと考えるが自然か……どうしてそんなことになってしまったんだい」
今投げ掛けた質問に対して、セトが答えてくれるとアベルは思っていなかった。しかし思いのほか、セトは平然と答える。
「大司教を殺しました」
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