第5話:今日はもう……動きたくない
「千秋くん、飛鳥ちゃん、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、当然のことをしたまでですよ、ねー千秋くん」
「……ねー」
警察にストーカー男を引き渡して一件落着。俺以外は。
さっきから足が痛すぎて話が半分も入ってこない。
「あの、君、汗すごいけど大丈夫?」
「平気っすよ、私が後で唾つけとくんで」
「はぁ、」
飛鳥さん、カーキのジャケットのお兄さん困ってるから。
というか、気づかなかったけどお兄さんと琴子さん手つないでるじゃん。
俺の
色々な感情が整理されないまま俺の脳内を爆走している。スクランブル状態だ。
「まぁ、みんなが無事でよかったです。琴子さんも良い相手を見つけられたみたいで」
「そうなの、こんな時にどうなのかとは思うけど、彼とは運命だって思っちゃったの。ごめんね、千秋くん。今度お礼にまた一緒にお食事連れて行くから」
「いえ、琴子さんが幸せなら、オッケーです。イケメンは引き際もイケメンなんで」
早く帰りたい。なんでこんな苦労して他人の幸せオーラを浴びにゃならんのだ。
そこから約30分後、俺たちは出来立てホヤホヤカップルからやっと解放された。これでようやく帰路につける。
「俺、タクシー呼びます。もう無理」
「じゃあ大通りまで歩きましょう。がんばれー」
「飛鳥おぶってぇ」
「女子高生には無理っすよ。ペンより重たいもの持てないんで」
俺がしばらく駄々こねていると左手をそっと掴まれる。
「さっき、琴子さんが手を繋いでるの見ていいなーとか思ったでしょ?」
正直思った。嫉妬した。
「私でよければ、手、いつでもつなぎますから。もう少しがんばっす。あと10メートル!」
「……生まれて初めて歩いた時ってこんな感じだったのかなぁ」
「少なくとも今みたいに足は引きずってなかったと思うっす」
もう思考が退行してきている。帰ったらすぐ寝よ。
「この感じだと18時には私の実家につきそうっすね」
そうじゃん、こいつの家に車出さないと。
懸賞金8:2にしてもらお。
◇
「快適っすね、この車」
「一応、そこだけはこだわったからね」
「女何人分なんすかね」
「……余計なこと考えないでくれ」
確かに女何人分なんだろう。気になるけど頭が回らないから、この疑問はゴミ箱に捨てることにした。
「で、飛鳥の家ってどんな家なんだ。ネグレクトしてるくらいしか情報ないんだが」
「そうっすね。まず三人兄弟っす」
「
「兄と弟っす。どちらも私に似ず凡人です」
「それ、喜んでいいのか?」
「少なくとも普通。親を困らせることはないっす」
まるで自分が親不孝者だとでも言いたげだな。なぜそんな卑屈になっている。
まだ関わって2日目だが、わがままな性格を除いて困る要素はない気がするのだが、一体どんな親なんだ。
「親は共働きの普通の会社員。これといって特出したことはないっすね」
「俺、お前が親の愛情を知らないってのが不思議で仕方ねぇよ。俺が親だったら飛鳥のこと可愛がりそうだけどな」
「私が可愛いってことっすか?」
「……なぜそうなる」
正直、可愛いとは思っています。でも、ここでいう可愛がりとは意味が違うもののような気がするから俺は誤魔化すことにした。
親がどういった人なのか今日俺が見て判断しよう。情報だけで親の良し悪しを判断するのは早急すぎる。
チラリと助手席を見ると飛鳥は俺が買っておいたガムを包んでいる銀紙で折り鶴を量産していた。
「それ、お前が食べろよ」
「……私、ガム苦手なんすよね。顎疲れるんで」
「……俺が食べるからレジ袋にでも入れといてくれ」
やっぱりこいつに問題があるような気がしてきた。
車を走らせること一時間。ようやく飛鳥の家に着く。
「なんかそこそこ立派な一軒家だな」
「タワマン住みに言われたくないっすね。じゃ、パパッと行ってくるんでここで待っててください」
「俺も手伝おうか?」
「怪我人はじっとしててくださいっす」
そういえば俺、足怪我してたわ。
ズボンを捲り上げると見たことないくらい脛が青黒くなっていた。
「後で唾つけてあげますね」
「普通に汚いからやめてくれ」
小走りで玄関に駆けていく飛鳥を見送って──ん? なんか戻ってきたぞ。
「なんか私の荷物外に出されてたっす」
「は?」
「さすが親、私のこと理解してるっすね」
段ボール二つ。それが飛鳥の荷物だった。後部座席に置くとすぐに助手席に戻ってくる。
「飛鳥」
「はい?」
「ちょっと失礼」
「ちょっ! 何するっすか! セクハラ! セクハラ!」
うるさいな。ポケットに手を入れただけじゃないか。
目的の物を手に入れて俺は車を降りる。
「何するっすか! 鍵返してくださいっす!」
「親にお前を預かりますって挨拶いかねぇと」
「……なんか結婚の挨拶みたいっすね」
「無理すんな。お前はそこで泣いてろ」
親か。俺の憧れた家族像ってそんなに珍しいものなのだろうか。
ガチャリと扉を開けると、走る足音がこちらに近づいてくる。
「兄ちゃんおかえ──誰?」
この子が弟か。飛鳥と違って黒髪だ。背丈と顔つき的に中学生ぐらいか。
「どうも、千秋お兄さんです」
「……おかーさーん! 誰かきたよー!」
そっちから呼んでくれるのはありがたい。手間が省けるというものだ。
しばらくして髪を後ろに束ねた女性が姿を見せる。
この人が飛鳥の母親か。疲れた雰囲気を醸しているが顔は整っている。飛鳥は父親似か。
「飛鳥さんのお母さんですか?」
「あの子が何かしたんでしょうか?」
「飛鳥さん、昨日、家に戻られてないですよね」
「えぇ、だからちょっと心配で」
「心配なのに荷物を外に捨てるんですか?」
「……あなた、どちら様ですか」
「今飛鳥さんを保護している者です」
弟くんが俺を見て警戒したように立っている横でお母さんは対照的に安心したようにふぅ、と息を吐く。
「お兄さん、あの子のことよろしくお願いしますね」
「……」
弟がバッとお母さんを見やる。まるで信じられないようなものを見るかのようだ。よかった。少なくとも一人まともな感性を持っている人がいて。
「飛鳥さん。もう帰ってこないかもしれませんよ」
「殺さなければ何やってもいいですよ。あの子は自分で決めた選択肢の中で自由に生きていてくれれば」
「それは、面倒ごとは持ち込むなって話ですか」
「あの子の自由に私たちを巻き込まないでほしいってだけです」
何やってもいいって、親のセリフじゃないでしょ。ここまでして飛鳥を遠ざけたいか。さっきからあの子あの子って、名前を呼ぶのも嫌なのか。
「名前、呼ばないのですか。飛鳥は言ってましたよ。親から学んだのは名前くらいって」
「……飛鳥。どこまでも鳥のように飛んでいってほしいと名付けた名前です。その通りになったでしょ。人よりも巣立ちが早くて助かりました」
「あいつはまだ雛鳥ですよ。巣から落とされて、危険から身を守るために飛ぶことを強要された未熟な子供です」
お母さんが飛鳥を遠ざけようとしているのはわかるが、問題の本質はそこじゃない。
「知らないんです。最初に学ぶべき親からの愛を」
「……」
「それはなぜです?」
「あの子が生まれた時、色素の薄いあの子を見て夫は私の不倫を疑ったわ。だから夫はあの子の育児に非協力的だった。だから私一人で育てたわ。でも、あの子は手のかからない子だった。ハイハイも一人立ちも、言葉の習得も異様に早かった。あの子は正真正銘、生まれながらにしての天才児だったの。でも、もの心ついた時にはもう私たちには手が付けられない子供になってた。それがいきすぎてたのよ」
いきすぎていた? 天才であるのは誇るべきところじゃないのか?
「あの子は超のつく合理的利他主義者なの。弟の誕生日にあの子はプレゼントを用意するといって窃盗をしたわ。弟を喜ばせる日だから自分が怒られる分にはいいって言って。それが小学6年生のこと。お金を稼ぐ手段がないからこうするしかなかったって言ってあの子は全く反省しなかったわ。そこから自分の頭脳をお金儲けに使うようになった。食い入るように交番の懸賞金のかかった容疑者の顔を覚えて周りの人に聞き込みを始めたの。犯人逮捕に拘った理由は獲得したお金を使って他人を幸せにできるし、事件の犯人を捕まえると世の中が幸せになるからですって。元々楽しいという感情が希薄で、欲のない子供だったけどあそこまで自分の身を売れるあの子が怖かった……。もう疲れたのよ。自分で問題を起こすし、他人の問題に首を突っ込むし。あの子がいなくなれば私たちは平穏に生きられるのよ」
「……それは、親が制御できないものなんですか」
「あの子は学校にも行かなくなった。その時間を人助けに割きたいって言って。どうにかしようとしたわ。学費を無駄にするなって。もう払わないからねって言ったわ」
なんか続きが予想できるな。
「そうしたら、警察からの感謝状と共に学費を懸賞金から捻出してきた。その時、確信に変わったわ。あの子に親の存在は邪魔だって」
この親も悩みに悩んだのだろう。
それでも俺は飛鳥の心を知っている。彼女の弟を喜ばせようとしている心も人を助けたいという心も、人を愛そうとしていることも。
おそらくそれは愛されたいから。彼女は器用な人間ではない。愛情表現を知らないのだ。
だからお金や犯人逮捕という形あるもので表している。成果をあげようと拘っている。
「お母さんは飛鳥が犯人を逮捕したとき、褒めてあげましたか?」
「……」
「なぜ、彼女の荷物を外に出した」
「……突き放すのも親の役目でしょ」
人は動物じゃないんだぞ。子供が反抗期を迎えることがあっても、親は寄り添うものだろ──俺も、そうされたかったから飛鳥の気持ちは痛いほどわかるぞ。
どんな時も居場所になってあげるのが親だろう。突き放したらどこに居場所を探せばいいんだ。俺はそれで
「親という自覚をしてくださいよ。産んで終わりじゃないでしょ……」
「あなたに何がわかるのよ。他人のくせに。私がここまで育ててあげた。もう立派になったじゃない。来年は成人よ。ならもう関わらなくていいじゃない! あの子が言ってくれさえすれば私はなんでも買ってあげたわよ! あの子の方こそ親と思っていないんじゃないかしら!」
この親、飛鳥に似てるな。物で愛情表現をしようとしている。大事なのは思い出なのに。
俺は今日買った児童書を思い出して心が痛くなる。あの時飛鳥が俺を茶化した理由も今ならわかる。
「じゃあ、最後に、あなたが飛鳥に愛情表現できるプレゼントを渡しますよ。俺の住所を教えるんで飛鳥が恋しくなったらポストにでも入れてください。それまでは俺が面倒見ますよ。じゃ、そういうことで」
「……?」
俺はお母さんの手にプレゼントを握らせ如月家を後にした。
◇
「……どうだったっすか。私の親」
「うーん。お前の親だったよ」
「なんすかそれ。というか鍵を返してくださいよ」
「悪い、お母さんにプレゼントしてきちゃった」
「はぁ?」
両手をヒラヒラさせ何も持ってませんよとアピールする。
げぇっと信じられないものを見る目を向けてくる飛鳥に俺は苦笑いすることしかできない。
「車、出すぞ」
「……はいっす」
飛鳥は名残惜しそうにする素振りも見せずただ前を向いている。
「飛鳥のこと色々聞いたよ」
「えー、どうせろくな思い出ないでしょ」
「弟の誕生日に物盗んだとかね」
「そんなことまで話したんすかあの親」
「飛鳥みたいなお姉ちゃんいて弟は嬉しかっただろうな」
あの弟、飛鳥のこと口にしたら俺に飛びかかって来そうだったぞ。
「……そうっすか」
「お前は人のためによくやってるよ」
「……褒めても何も出ないっすよ」
「これからさ、いっぱい楽しい思い出作ろうな。どこにでも連れてってやるから」
「他の女の金なのが癪ですね」
「それは目的のためだから仕方ない」
「……」
飛鳥は下を向いて黙り込んでしまった。
「まずは今日寝る時に読み聞かせしてやるよ。約束だしな。それで寝るまで背中撫でてやる」
「私、子供じゃないっすよ。千秋くんと3歳しか違わないでしょ」
「ポロポロ泣く子はまだ子供だよ」
右手で飛鳥の頭を撫でると俺の手に自分から頭を擦り付けてくる。
──フーンッ!
おい、俺の袖で鼻かむんじゃねぇよ。あとで覚えとけよ。
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