第4話:後ろの正面だぁれ

「ごめーん! 待たせちゃったかな?」

「いいや、お姉さんのためならいくらでも待ちますよ」


 琴子さんと駅前での待ち合わせ、電車の遅延で予定の時間よりも遅れて琴子さんがやってきた。


『うへぇ、なーんか変な感じぃ』


 左耳につけたワイヤレスイヤホンから飛鳥の声が聞こえてくる。


『じゃあ、不審者がいたら教えますんで』


 返事をすることはできないが、了解の意味をこめてつま先をトントンと地面に打つ。


「じゃあ、今日どこ行きましょうか」

「俺、この辺りに疎くて、お姉さんのオススメってありますか?」

「そういえば、言ってたもんね。学費稼ぐためにバイト漬けだって」

「恥ずかしながらそうなんです。あまり遊ぶ余裕なくて」

『千秋くんの嘘つきぃ』


 左耳がうるさいな。イヤホン外してやろうかな。


「今日はお姉さんに甘えていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 琴子さんはウエーブのかかったブラウンの髪をした優しいタレ目のサイトで見た通りの見た目をしている。

 飛鳥の話では、彼女は懸賞金300万の男に付き纏われているのだとか。

 痴情のもつれかな。そんな事情を抱えているようには見えないけど。


『ちゃんと探りも入れてくださいね。犯人の特定にも繋がるっすから』


 飛鳥は呑気に難しいこと要求してくる。


「琴子さんはこういうサイトよく使ってるんですか?」

「うーん。最近は距離をおいてたんだけど、やっぱりいい相手を見つけたいなぁって」

「今までいい人いました?」

「うーん。ちょっと困った人ならいたかな」

『それだー! もっと聞き出すっすよ』


 いや、琴子さん話しづらそうにしてるから。

 嫌な思い出話など出会ったばかりで行う会話じゃないだろう。


「そうだったんですか。じゃあ俺がいい思い出にしないとですね」

「ふふふ、楽しみにしてるわ」

『なんでぇ! 聞くチャンスだったじゃないっすか!』


 今日のデート場所はブックカフェめぐりだ。たくさん奢ってもらおう。


『ブックカフェ入ったらできるだけ窓側にお願いします』

「じゃあ入りましょうか」

「私、ここ来たかったから楽しみなんだー」

『いいなぁ、私も行きたいっす』


 隠れ家のようなカフェだ。人目につかないところにある落ち着いた雰囲気のこの場所では色々な話が聞き出せそうだ。

 あと、犯人も来やすそうである。


「ここのお店はカレーが有名なの」

「そうなんですか」

「行列のできる有名店のカレーが並ばずに食べれるからとてもお得なのよ」


 まぁ、知っているけど。ここに来るの3回目だし。

 飲み物とカレーを注文してチラリと窓の外を眺める。キラリと光を孕む銀髪が黒のアスファルトから浮いたようにはっきり見えた。俺と目が合うと銀髪少女はサムズアップする。


「はぁ、あったかいわぁ」

「コーヒーって大人って感じがします。俺まだ苦いの苦手でココアですけど」

「そうねぇ……コーヒーは雰囲気なのよ」

「雰囲気?」

「一緒にいる人と甘い雰囲気にしたいとき、女は大人を演じるの」

『メモメモ』


 そういうものか。確かに椅子に深く腰掛け、俺の目を見つめる琴子さんは大人の色香を漂わせている。俺がロマンス詐欺師じゃなければこれだけでクラッときてそうだ。


「ねね、私、実はバツイチなの」

「へぇ」

「驚かないのね」

「琴子さんくらいの美人、男が放っておかないでしょうから。予想の範囲内です」


 琴子さんはコーヒーを机に置いて深呼吸をする。

 俺は見逃さないぞ。コーヒーが全然減っていないのを。

 なぜだろう。琴子さんは長時間マグカップを口に当てていたはずだ。そこそこ減っていてもおかしくないのに、最初の量から全然変わっていないように思える。


 テーブルにマイルドでいて香ばしいカレーが置かれる。


「すみません、水もらっていいですか? 琴子さんも水いります?」

「……ううん。私はいいかな」


 水分を取りたがらない。考えられるのはトイレか。

 俺もあまり席を立たないように気をつけてはいるが、俺と同じ理由ならカフェインの入っているコーヒーなんてそもそも頼まないか。


 うっすら汗を滲ませながらカレーを口に運ぶ琴子さんは何を考えているのだろうか。


『そういえば、店内の様子どうです? 人の入りとか』


 カレーを食べてから確認しよう。本を探す名目であればウロウロ出歩いても不自然じゃないだろう。


 それにしても、本の匂いのなかで食べるカレーは何となく背徳感を覚えるな。


『本といえば“青木まりこ現象”っすね。便意がこみ上げるやつ』


 こっちは食事中だからそんなこと言わんでくれ。

 カレーを食べながら手を温めるように大きいマグカップを握る琴子さん。寒いのだろうか。


「窓側、寒いですよね。すみませんわがまま聞いてもらって」

「ううん。大きな窓で眺めいいもんね。気持ちわかるよ」

「でも手がこんなに冷たいじゃないですか」


 コの字で店を囲むような大きな窓が外気に冷やされて寒いのだろう。

 琴子さんの両手を両側から包み込むようにして握る。細い指先は冷たく俺の手の熱を奪っていく。


「ち、千秋くん。その、近いかも」

「すみません、どうしても気になって。いけませんでしたか?」

「ううん。全然。こんな綺麗な顔が近くにきて少し驚いただけよ」

「琴子さんも綺麗ですよ」

『いいなぁ、私も言われてみたいっす』


 飛鳥はそんなことより不審者を探してくれ。


「琴子さん。俺、今日は甘えるつもりできましたけど、琴子さんに釣り合うような大人になりたいです。今の琴子さんを見ていると何か悩みがある感じがします。俺で良ければ話を聞かせてください」

『おー! そういくんすね。メモメモ』


 目の前の瞳が強く揺れた。今から飛び出してくる話は不審者絡みの話か、それとも別の話題か。


「じゃあ、ちょっとだけ。ここにくる前にちょっと困った人がいたって話をしたの覚えてる?」

「はい。もちろん」

『来たー!』


 飛鳥さん、俺の心の代弁ありがとう。


「その人ね。私が新しい出会い系のサイトに登録するたびに私にコンタクトを取ってくるの。それで実生活でも身の危険を感じちゃって」

「ネットストーカーってやつですか」

「……やっぱりそうなるわよね」

「ちなみに、出会い系って同時に何個かやってたりします?」

「いいえ、管理も大変だから一個ずつやってるわ。これで4個目よ」


 これはいけないな。アカウントが停止したのは相手側からもわかる。だから相手が複数の出会い系サイトに登録してれば虱潰しで簡単に琴子さんのことを探せてしまう。特に彼女は真剣に出会いを求めているから本名で登録しているし。


「何で同じ人だと分かったんですか?」

「毎回違う名前でコンタクトを取ってくるのだけれど、歳が同じで質問の仕方似ているのよ」

「どんなこと聞かれるんです?」

「なにか趣味はないか、駅伝の話から大学どこ行ってたとか、映画最近何見たか、ペット飼ってるか、最近の面白いSNS動画送ってとかかな……あっあと一回だけ好きなコンビニを聞かれたわね」

『ふーん。誰かに相談したか聞いて欲しいっす』


 飛鳥は何か分かったのだろうか。ずっとぶつぶつ言っている。


「これ、俺以外の誰かに相談しました?」

「同じ読書趣味の友達に相談したの。その子こういうのに詳しいらしくて。独り身の女性ができる身近な防犯対策とか教えてくれたのよ」

『それ、いつっすか』

「ちなみにそれはいつの話ですか?」

「3ヶ月前くらいかな。それまで家から出るのも怖かったんだけど対策聞いてから怖く無くなってまた出会い系始めたの」


 言い方的に出会い系から遠ざかってる時期に相談したのか。

 今のところ聞いている話に怪しいところはないな。読書趣味の友達か。

 ん? 何か引っかかるな。


 ──その子こういうのに詳しいらしくて。


 その子? この言葉、リア友にはあまり使わないよな。


「もしかして友人ってSNSの友達ですか?」

『ナイス質問! 私の心読んでるね!』

「えぇ、そうよ。みる? かわいい子なの」


 そう言って見せられたのは「Z」というSNSのアカウント。相談相手は麻子という名前の書店員をやっている25歳の女の人。友達とのツーショットや自撮りをメインに投稿している。

 DMで色々と相談しているみたいだ。


 “新品でいいから玄関前に男物の傘やベランダに下着を置いとくといいよ”

 “マンションならポストの表札のところにテープでも貼って隠した方がいいいよ”


 見ている感じ普通のアドバイスに感じる。

 だが、もし、この麻子さんがなりすましたストーカーなら、これは少し目印すぎるかもな。

 それ以外にもコンビニの限定アイスの話題や近くの映画館情報を交換したり、書店員らしく新刊のお知らせや、ペットの犬の写真を交換したりしている。


「ストーカーはいまだに連絡してくるんですか?」

「そう。今は若い子以外無視してるから大丈夫なんだけど。やっぱり気味が悪いよね」

「見せてもらうことってできます?」

「えぇ、出会い系サイトを見せるのは少し恥ずかしいけど。このアカウントよ」


 “田辺啓介 35歳”

 普通の会社員。年収は600万円 趣味は読書と映画鑑賞 犬がいる


 あからさまに琴子さんに近づくためのプロフィールだな。

 メッセージは一通だけ「今度そちらで会えませんか?」と送ってきている。


『……まずいかもしれないっすね』


 なんか俺も嫌な予感がするぞ。


「あの、琴子さん」

「なぁに?」

「俺、今日琴子さんの家まで送って行きますよ。やっぱり心配で」

「でも、今は無視できてるし、防犯対策もしているわよ?」


『ちなみになんですが、3年前のストーカー殺人は警察以外にSNSでストーカー被害を訴えていたらしいっす。犯行現場は自宅から離れた路地裏』


 安心できない情報ありがとう。


『そうそう、調べたっすよ書店員の麻子さん。彼女のプロフィールとかの写真。拾い画っす。もうこれほぼ黒っす』


 本当に安心できない情報ありがとう。


『もう住所はバレてると思っていいっすね』

「琴子さん。何があっても俺が守ります。いや、守らせてください」

「……ふふふ、男の子って感じね。ありがとう。じゃあお言葉に甘えようかしら」


 眉を顰めていた表情も、柔らかなものになっていた。

 カレーを食べ終え、俺たちは本棚から一冊ずつ本を見繕うことにした。


「この本……」

「ん? 千秋くん。どうしたの?」

「いえ、思い出深い本があって」


 ドラゴンと一緒に旅をする冒険譚。小学校で人気になった児童書であり、俺も母親に買ってもらったっけ。

 ハードカバーの表紙を撫で、感傷に浸る。


「ふふふ、千秋くん。気に入った本があれば買えるみたいよ?」

「……買おうかな」


 数少ない俺の思い出だ。ここで出会ったのも運命。夜寝る前にでも読もうか。

 俺は本の中を開くことができないまま、バッグへそっとしまった。


『私に読み聞かせしてくださいよ』

「あぁ、帰ったらな」

『……』


 小声で返事をすると飛鳥はだんまりしてしまう。今の俺を茶化すからだぞ。

 少しして琴子さんも一冊選び終わったみたいだ。パタパタと嬉しそうにこちらに戻ってくる。


「私も思い出の本があったわ。青春時代を彩った私のバイブルよ」

「へぇ、どんなのか読んでみたいな」


 っと、その前にトイレに行きたくなってきた。恐るべし青木まりこ現象。

 一声かけて席を立つ。ここのお店のトイレはわかりにくい場所にあるんだよな。琴子さんが俺のことを見ていないのを確認して速やかにトイレに駆け込む。


 あれ、存在感がなくて気が付かなかったけどトイレの目の前の席にぴっしりしたジャケットを着こなしたおしゃれな男性が座っている。

 歳は30代だろうか。コーヒーに口をつけずじっと固まっている。


『なんかあったすか』

「後で」


 まずはトイレだ。


『ねぇー、おしっこするときミュートしてくださいよー』

「ごめん、普通に忘れてた」


 汚い音聞かせてごめんね。


「そうそう、トイレの前の席に動かない男性がいたんだよ。びっくりしちゃった」

『それってカーキのジャケットの人っすか?』

「なんで知ってるのさ」

『今動いてるっすよ』

「マジか」


 マジか。俺がいなくなった途端に動き始めるって怖いな。不審者っぽくて。


「でも、あの人は俺らより前からいるよね?」

『そうっすね。千秋くんの後から入った人はいないっす』


 なら安心か。


『でもここで残念なお知らせが』

「なんでしょう」

『飯田琴子、ここに来ることをSNSで呟いてます』

「嘘だろ」

『今時インターネットに疎い女性って貴重っすよね』

「彼女には意識改革が必要だと思います」

『あっ、今、琴子さんの後ろの本棚に移動したっす』


 まずい、行かなきゃ。琴子さんが危ないかもしれない。


『ちょっと様子を伺ってみるのもありかと思う今日この頃』

「なに呑気なこと言ってるんだ」

『だって、ストーカーでも流石にここで手は出さないっすよ……きっと』

「そうかもしれんけど」


 まぁ、すぐ犯行に及ぶことは考えにくいけどさ。


『じゃあ私が実況するっす』

「はい」

『あっ、接触したっす』

「はい終わったー」


 琴子さん死んだわこれ。冗談はさておき飛鳥の声色から緊急事態ではなさそうだ。


『なんか楽しげに会話してるっす』

「えぇー」


 これ俺が席に戻りにくくなっただけってことはないよね。

 紙タオルで湿った手を拭きながら考える。


「俺、戻るよ」

『そうしてください』


 あまりトイレに長居しても怪しまれるだけなので、この辺りで席に戻る。

 カーキのジャケットの男は飛鳥のいうとおり琴子さんと楽しそうに談笑している。


「あっ、千秋くん。おかえり」

「琴子さん、その人は?」

「ここの常連さんなんですって」


 常連さん、か。あんだけ仲良さそうに話していたから、別れた元旦那とかかと思ったわ。


「そう、この場所、落ち着くでしょ。だから愛用してるんだ」

「そうだったんですか」

「君もここは初めてじゃないでしょ?」

「そうなの? 千秋くん」

「いえ、初めてですけど」


 変なところで頭が回るやつだな。少しめんどくさいな。


「そうか。トイレの位置すぐわかったみたいだからてっきり初めてじゃないのかと思った」

「たまたまです」


 俺のことを観察している男をこちらも観察する。

 ズボンのポケットが湿気ている。軽い膨らみがあるからハンカチが入っているのか。トイレに何回か立ったのだろう。


「えっと、お兄さんは読書しにここにくるんです?」

「そうだね。コーヒー片手に本を読める最高の場所だよ」

「おすすめの本とかありますか?」

「うーん。昨日読んだばかりのホラーなんだけど、“肩車の灯火”とかかな」

「それ! 私の愛読書です!」

「本当かい! すごい気が合うなぁ」


 肩車の灯火──俺でも知っている本だ。映画化もされて一時期話題になっていた。

 それにしても琴子さん楽しそうだな。俺が今まで見ていた年上感がなくなって、まるで少女のようだ。


『えー、肩車の灯火、この店のオンラインストア見ましたけどないっすね』


 ふーん。もうこいつでいいじゃん犯人。コーヒーも飲まずに俺らを待ってたんでしょ。


『でもなんか気になるんすよねー』


 一体、何が気になるんだ。

 ──いや、待てよ。忘れてた。琴子さんもコーヒー飲んでないじゃん。

 いまだに大きめのマグカップを満たしている濃い茶色の液体。出された時には立っていた湯気はもう消えている。


 一回琴子さん目線で考えよう。琴子さんの席から見える景色は……なるほど。そういう事か。


 俺からは当たり前すぎて気づかなかったが、琴子さんはの景色を見てたんだな。


 眺めがいいだなんてよく言ったものだ。確かに俺の目の前の景色はひらけてみえるが、琴子さんの目の前は薄暗い路地しかないじゃないか。


 琴子さんの席に座り、琴子さんのコーヒーに口をつける。


「ちょっ、大丈夫? 千秋くんコーヒー飲めないんでしょ!」

「ちょっと大人の味を味わってみたくなって」

『何か分かったんすか?』

「あぁ、全てわかった」


 コーヒーを飲むと琴子さんの後ろの景色がよく見える。俺からは琴子さんにさえぎられて見えなかった景色がはっきりマグカップに映っていた。

 見つけたぞ。ストーカー。

 もう小声にする必要は無い。ストーカーには聞こえないのだから。


「千秋くん。誰と喋ってるの?」

「俺の相棒です」

『うお、かっこいいっすねその決めゼリフ』


 分かったことは目の前の男は嘘をついていない。本当にここの常連なんだろう。コーヒーを何杯もおかわりするほどの。肩車の灯火も実際に昨日まではあったんだ。

 そもそも、ストーカーがトイレの前にいるはずがない。いるとしたら外の景色が見える俺ら側の席だ。


「質問なんですけど、俺らの前に誰か来ましたか?」

「あぁ、黒のニット帽を被った男が店の中を回ったあと本を買っていったよ。珍しい行動だったから覚えてるよ」


 買ったのは十中八九、琴子さんの愛読書の肩車の灯火だ。ストーカーはSNSで琴子さんの愛読書を知ったのだろう。


 店の中に琴子さんがいないことを確認した犯人は本を買ってすぐに店を出た。俺がストーキングするなら店の中じゃなく外で待つ。


 3年前の犯行現場は自宅から離れた路地裏か……。

 危うく、ここの路地裏が犯行現場になるところだったな。


「飛鳥、右側奥の電柱の裏、人影見えるか?」

『うおー、気付かなかったっす。ニット帽の男発見』


 よし、こいつを捕まえよう。


「琴子さん、今から言うことを落ち着いて聞いてください」

「う、うん」

「琴子さんのストーカーが俺らを見てます」

「……やっぱり、そうなのね」

「捕まえるので琴子さんは自然を装ってこの席にいてください」

「危ないわ! 千秋くんにそんなことさせられ──」


 人差し指を琴子さんの唇にそっと当て、言葉を遮る。


「言ったでしょ? 守らせてくださいと」

『イケメンの特権キター!』


 左耳がうるさいなぁ。

 俺達の会話に着いてこられていない目の前の男に琴子さんを任せるか。気が合うみたいだし。


「飛鳥、今から俺がそっち向かうから男が動かないか見といてくれ」

『ラジャー』

「それじゃあ、お兄さん。琴子さんを任せます」

「あ、はい」


 俺は怪しまれないようにブックカフェを後にする。階段を下り、ストーカーの後ろに回り込むために裏路地を走る。


『千秋くん、今更ですが相手は凶器を持っている可能性が高いっす。気をつけてください』

「本当に今更だな。素早く決めるさ」


 ストーカーの後ろ姿が見えてきた。俺の接近に気づかず、彼はブックカフェの琴子さんのことを熱心に見つめている。


「お兄さん、田辺啓介さんですか?」

「──っ!」


 驚いたように俺から距離をとるストーカー。ジャケットの内側に手を入れてこちらの様子を伺っている。


「琴子さんは待ってても来ませんよ」

「……」


 左腕に抱えた本の入った紙袋。きっと肩車の灯火なのだろう。

 ストーカーは完全に臨戦態勢だ。重心が前に出ている。

 当たり前だが俺は無手。もし凶器を取り出されたら対抗する手段はない。


『がんばれー』


 こいつしゃべらないと死ぬんか。

 ジャケットの中から出てくるものが殺傷力の低いものでありますようにと祈りながら、ストーカーとの距離を詰める。


 お互いに手を伸ばせば届く距離。もう少しで間合いに入る。


 瞬間、ストーカーの手がジャケットから引き抜かれる。

 ──ハンマーか! 俺は凶器を認識した時には左足で回し蹴りを男の顔に向かって放っていた。

 咄嗟に振り抜かれたハンマーが俺の伸びきった左足を正確に撃ち抜く。

 脛を横から殴打され崩れそうな体。飛びかける意識。体を襲うはまさに激痛。


 そんな状態でも「まぁ、振りかぶられていないだけマシか」などと考える余裕のある脳。


 本当に、俺って超人だな。ハンマーで跳ね戻った左足の勢いそのまま、右足をストーカーに突き出す。

 不意打ちによろめくストーカーに飛びかかろうとして、痛みに動かない左足に気付く。その一瞬が命取り、ストーカーは本をこちらに投げつけて逃走する。


 痛すぎ肩車の灯火。ハードカバーかよ。


『ぎゃー! こっち来たー!』


 左耳の声で正気に戻る。

 遠くで飛鳥があわあわしているのが目に入る。

 俺間に合うか? ──いや、ここで間に合わせるのがイケメンだろ。


 痛みを噛み殺し全速力でストーカー男を猛追する。

 懸賞金の山分け、後でもう一回交渉しよ。正直、7:3くらいにして欲しい。


『あ、目が合ったっす。私、死んだわこれ』

「呑気なこと言ってんじゃねー! 横に逃げろ!」

『パソコン置いてけないっす』

「すておけそんなの! 新しいの買ってあげるから!」


 飛鳥とストーカーと俺が今一直線上にいるため今突撃すると飛鳥に被害が及ぶかもしれない。

 飛鳥が目をぐるぐるさせながら横にズレたことを確認して、俺は宙を飛んだ。

 繰り出すは火事場の馬鹿力による綺麗なライダーキックだ。

 写真に撮って欲しいくらい綺麗なフォームで俺のはストーカーの頭に突き刺さった。


 ──あぁ、死んだわ俺の左足。

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