第2話
「調月光・・・もちずきひかる・・・」
「まだ何も思い出せない?」
コクリと静かに頷く。あの公園の後、心配した彼女が病院まで急いで連れて行ってくれた。CTやらなんやらで頭の中を色々調べられたが結果は異常無し。
こういう場合はしばらくすると何かのキッカケで記憶が戻る場合が殆どだと言われた。特に名前すら忘れている場合は自分の名前を復唱しておくと良いらしい。
そしてその後帰宅したのだが、何故か彼女も家に着いてきてキッチンで料理を作っている。
あまりに馴染んでいるその姿から記憶を失う前から付き合っている彼女なのではないかと思考を巡らせていたが、もし間違っていた場合には大変失礼なことになるのでなかなか聞き出せずにいた。
そうこうしている内にご飯が出来上がったらしく、キッチンからテーブルに運ぶのを手伝う。
「そーいう所は変わんないのにね」
彼女がボソッと溢した言葉に、なんと返していいか分からず結局無視してしまった。
「「いただきます」」
時刻は22時過ぎ、一日中歩き回ったこともあり疲労が溜まり眠くなる時間だ。
テレビではバライティ番組の賑やかな笑い声が部屋を包む。しかし僕らに何も会話はない。厳密には何を話していいのか分からずテレビの音で沈黙を誤魔化していた。
「実は先日彼女が出来まして〜」
ふとお笑い芸人のコメントが頭に焼きつく。街ブラロケでの、コーディネート対決企画の一幕だ。よく知らないお笑い芸人が突如として交際を発表した。
これまで雑音でしかなかったテレビの音が、何度もリピートされる。ここでハッキリと聞いておかないと仮に彼女でも彼女でなくとも悪い誤解を引きずってしまいそうだ。
「あの、そういえば俺たちってどんな関係なの?」
何気ない感じを装いつつ、しかしかなり勇気を振り絞り彼女に問いかける。
一瞬の沈黙、そして神妙な面持ちでこちらに目を向ける。
「私の名前、覚えてないよね?」
どこか不安げな顔をする彼女に対してコクリと静かに頷く事しかできなかった。
再び沈黙が訪れる。が、すぐに彼女はこちらに顔を向ける。
「ちょっとこっち来て!」
先ほどまでの暗い顔とは異なり、出会ってからずっと見せてくれてた弾けるような明るい表情に戻る。
彼女に連れられるがままに自宅の二階への階段を登ると、とある部屋の前に案内された。
「この部屋に入ってちょ〜っと待っててね」
なんで?と理由を聞く前に彼女は忙しない階段を下る音を立てながら去っていった。そしてそれを追うように玄関のドアの開閉音が聞こえる。
どうやら家から出て行ってしまったらしいが、流石に待っといてと言われてそのまま帰ることは無いだろう。
ひとまず案内された部屋に入ると、ベットや勉強机が置かれている子供部屋が姿を見せた。
明かりを付けると、机の上に置かれた写真立てに気が付く。幼い少年、これは直感で過去の自分だと気が付いた。そしてその隣には幼い少女、周囲には彼らのそれぞれの両親と見られる大人が写っている。背景から察するにバーベキューをしていたのだろう。
そんなことを考えていると部屋の窓からオレンジ色の光が差す。
そして見覚えのある顔がおーいと叫びながら窓を開けてこちらに手を振っている。慌てて同じようにベットによじ登って窓の鍵を開けると窓に阻まれて篭っていた声がよく聞こえるようになる。
「驚いた?実は私たち家が隣同士の幼馴染なの!」
部屋同士が向かい合い、その距離は3mぐらいだろうか。春の心地よい夜風が彼女の声と共に部屋に入ってくる。
「改めて自己紹介するね。私は國崎莉々菜、17歳!光とは幼馴染で同級生。ちなみに通っている高校も一緒」
幼馴染と部屋が向かい合っていてしかも同じ高校に通っているってなんなんだこの理想の展開は。そして何よりも、何よりもこうしてよく見るととても可愛い。
窓の向かいに黄金色の髪を春風に靡かせながらそれを左手で押さえるその様子が、まさしく天使のように可愛いと感じる。
その美しさに言葉を失い、ただ彼女の顔に見惚れてしまった。
「う〜ん、こうしていれば何か思い出すと思ったんだけどな〜」
窓に両手を付いたまま、体を仰け反らして残念そうな表情をする。
「ごめん・・・」
「別に謝ることじゃないよ。まあお医者さんにも言われた通り、今週の休みに思い出がある場所巡ってみよ」
「分かった。ありがとう!」
「良いってことよ。こういう時こそ幼馴染の出番ってやつでしょ!」
「何それ」
そう言ってクスクスと笑う表情も、声も何もかもが可愛い。どうやらこれが一目惚れらしい。
そうやって惚けていると夜も遅いので今日はそのまま解散という流れになった。
「じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
そんな無難な挨拶を交わすと、よほど疲れていたのかそのまま吸い寄せられるようにベットで寝てしまった。
翌朝、ハッとする勢いで飛び起きる。どうやら寝ることでまた記憶を失ってしまうのではないかとトラウマになっているようだ。
落ち着いて昨日の出来事を整理する。名前は調月光、17歳。ちゃんと覚えているようだ。
そして窓の外を見ると昨日の夜に國崎と話していた窓枠が見えた。どうやら昨日の出来事は夢では無かったらしい。
昨日沈んだ夕日は、朝日となり清々しい陽気をこちらに送ってくる。うーんと背伸びした後、朝の支度をするためにリビングに向かった。
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