醜悪な獣よ、信仰を知れ~顔無しの罪人と異界の神~
黒い釘
プロローグ 凄惨な清算
突然だが聞かせてもらいたい。
異世界の神と言えばどんな姿かたちを思い浮かべるだろうか?
神々しい純白のドレスに身を包まれた女神?それともポテチを貪っている駄女神?
それとも白い全裸の人型?
そうじゃない。
そうじゃなかったんだ。
少なくとも俺の転生した世界では......
『醜悪な獣よ、信仰を知れ』
紅い玉座に座る、仮面を被った長髪の女性が俺を見下しながら呼びかけた。
____
__________
「フゥーー」
深呼吸を何回か繰り返し、昂る気持ちを落ち着ける。
ようやくだ。
ようやくこの日がやってきた。
片手に持つクマのぬいぐるみとゲーム機を持ち、扉の前に立つ。
最後に髪の毛を少し整え、扉に手をかけ力を込める。
ガチャ
病院特有の白くて絶妙に重い扉をゆっくりと横へずらす。
「お兄ちゃん!」
聞きなれた声に出迎えられながら病室へ入る。
「元気だったかぁ?
俺の唯一の肉親であり最愛の妹、咲に声をかける。
今日は月に一回のお見舞いだ。
どれほど待ちわびたことだろうか。
咲はベットから飛び降り、俺に抱きつく。
「コラッ!咲ちゃん。安静にしてなきゃダメでしょ!」
「別に大丈夫だも/ゴホゴホ」
咲がせき込み、顔色を悪くする。
妹の咲は生まれつき、身体が弱く何度も入退院を繰り返している。
両親は早くに事故で他界。俺は咲を無事に育てるためだけに生きてきた。
苦しいこともあったし、やめたいとも思った。
だけど、
「ごめんなさぁ~い。お兄ちゃんが来てくれてうれしくてつい」
この笑顔を見るためにと考えると後悔の二文字は浮かばない。
「だから言われたんだろ~。いつもすみません看護師さん」
「い、いえ//」
「今日はクリスマスだろ?だから、これ」
俺は片手いっぱいに持ったクリスマスプレゼントを咲に手渡す。
「わぁ~、これ欲しがってたゲームじゃん!それにかわいいぬいぐるみまで!ありがとう。お兄ちゃん」
咲はベッドに立ち、ゲーム機とぬいぐるみを両手に抱えて抱きしめている。
喜んでくれて良かった。
これで別のが良かったなんて言われた日にはショックで寝込むビジョンが見える。
「喜んでくれて良かった。あまりゲームはやりすぎるなよ」
「別に分かってるし、でも本当にいいの?お兄ちゃん、本当だったらまだ大学生っていう学校にいく年だし。私のために無理してないの?」
こいつは本当に...
俺はベッドに近づき、咲の頭を撫でながらゆっくりと話しかける。
「俺は別に無理なんかしてないよ。これを言ったら引かれるかもしれないけど、お兄ちゃんってやつは妹のためならなんだって苦じゃないんだ」
「どうして?いつも忙しそうにしているのに」
「それは、お前がいつも俺に元気をくれるからなんだ。だから俺は働けてるし、人生も楽しい。何より、家族が労ってくれる以上に幸せなことはないさ」
「分かってくれたか?」
「うん、でも無理しちゃだめだからね」
そう言って小指を差し出される。
「何これ?」
「約束して」
「なんの?」
「次のお見舞いに、私の好きなドーナツを持ってくること」
「はぁー、しょうがねぇな。しっかりイチゴ味の奴買ってきてやるよ」
ちょっと感動っぽくなったらすぐこれだ。
だから俺はいつもこいつに元気をもらっているのかもしれないけど。
頭を下げ、看護師さんに挨拶をする。
この人には本当に良くしてもらってるからな。
いつか、お礼の品でも渡そうかな。
「ありがとうございました。咲のことよろしくお願いします」
「承知しました。お任せください、咲さんのことはしっかりと私が見張ってますので」
「え~、でももう行っちゃうの?」
ベッドの上でじたばたと暴れる咲。
涙目で訴えてくるが、病院に泊まるわけにもいかまい。
「今生の分かれってわけでもないんだから泣くなよ。じゃあな、しっかり看護師さんの言うこと聞けよ」
「はぁーい」
やはり、本当に泣いていたわけじゃなかったか。
まぁ、そういうところもかわいいのだが...
俺はもう一度深く頭を下げ、看護師さんに別れの挨拶をする。
「じゃあ、本当にありがとうございました」
名残惜しい気持ちを押し殺しながらこうして俺は病室を後にした。
___
「ねぇ、咲ちゃん。咲ちゃんのお兄ちゃんってめっちゃイケメンよね」
私が病室のベッドでぬいぐるみを眺めていると急に突拍子もないことを私の担当の看護師に言われる。
「だからどうしたの?確かにイケメンだけど、性格は良くないよ」
「そんなこと言ってお兄ちゃんのこと大好きなくせに」
別に?
ちょっとカッコ良くて、私のために何でもしてくれるだけのお兄ちゃんなんてすくじゃないし。
「別にそんなんじゃないし//でっ?何が聞きたいの?」
「いや、別に?ただ彼女とかいるのかなって」
は?
そんなのいるわけないし、許すわけないじゃん。
「え?お兄ちゃんはあげないよ」
「でも、好きじゃないんでしょ?なら私がもらっちゃおうかな?」
「そっか、そう言うこと言うんだ」
この女は敵だ。そう認識を改めざるを得なかった。
______
今日は楽しかったな。
咲も元気そうで何よりだ。
俺はしっかりあいつの成長を見届けないといけないな。
だからこの仕事ももう、足を洗わないとな
そうだ、家に帰る前にケーキを買っていこう。
少し、甘いものが食べたい気分だ。
おでんなんかも買っていいかもな。
「今日、ケーキ買って帰る?」
「そうだね!楽しくなりそうだね」
そんな妄想をしながら帰路につく途中、やっぱりクリスマスイブと言うことなのだろうか俺の目には手をつないで歩く男女が目立つ。
カップルか、彼女が欲しいと思ったことは無いが本当の恋と言うのもしてみたいものだ。
「なんて、俺には無理だよな」
寒さで、少し赤くなった手を吐息で温めながら、最寄りのコンビニに向かって歩き出した。
___
「ありがとうございました!」
「どうも、ありがとう」
熱々のおでんと一人用のケーキを同じ袋に入れてレジを後にする。
「新しいジャン〇も買えばよかったかな?」
何を隠そう、俺の唯一と言って良い趣味は漫画にゲームそしてアニメだ。
そう。俗にいうオタクと言うものだ。
傍から見れば寂しい人間に見えるだろうが、人には人の幸せの形がある。
俺は咲が元気でいてさえくれれば十分だし、意外とこういうのが好きだ。
「味が染みてておいしいな」
おでんを頬張りながら、一人夜道を歩く。
このコンビニは大根と卵が美味しかった。
また買おうかな?
ここは都会だが、意外と夜道は空いている。
ああ、明日も仕事か。
そう考えると先ほどまで楽しい思いでいっぱいだった心が憂うつの二文字で埋め尽くされて行く。
帰って寝よう。明日も早い
そう思った瞬間、後ろから不意に
「ねぇ、お兄さん」
と声を掛けられた。
反射で振り向き、質問をしようとする。
「なんでs/カハ...」
振り向きながら言葉をかける途中、俺の胸のあたりに激痛が走り、口からは決して少なくない量の血が出た。
一瞬のことで頭が真っ白になる。
理解ができない。
痛みが最も強い部分を見ると、包丁がしっかりと胸に埋まっていた。
これ死ぬかも、
なんて呑気なことを考えてしまうのは俺がまだ実感を持てていないからなのかもしれない。
刺されたということは必ず犯人がいる。
俺は胸を両手で抑えた姿勢で俺の胸に包丁を突き立てた犯人を見る。
「ああ、やっぱりか」ゴフ
目の前に立つ女性は手が震え、へたり込んでいる。
本当に女性に刺されて死ぬとは......
肺に血液が入ったのだろうか?
上手く息が出来ず、血を噴き出してしまう。
「あ、あなたが悪いのよ...」
そうだ。
俺が悪いんだ。
何故俺がこんなに腑に落ちているか。
俺に包丁を突き刺した女性の顔には見覚えがある。
そうだ。
確か、先々月辺りに騙して金を奪い取った子だ。
医者になったばかりで、親から金を奪った若い子だった。
その子は顔を青くして立ち尽くしている。
おそらく衝動的に俺を刺したのだろう。
この子にも悪いことをしてしまったな。
俺が騙さなければ、人殺しの罪を背負わなくてもいい人生を選べたはずなのに。
俺は決して潔白な人間ではない。
殺されるのも必然と言える。
なんなら、いつか殺されると思っていたし遺書も残してある。
なぜなら俺の職業が詐欺師だからだ。
それも結婚詐欺師的なことをして女性から金をむしり取っていた。
幸か不幸か、顔と口先だけは達者だった俺が一番向いている仕事にのめりこんでいくのは自然だとも言えた。
無論、何の理由もなしにこんなことはしないが、実際に多くの人を傷つけてきたことも事実だ。
まさか、本当に女性刺されるとは...
こんな最期になるなんて....
俺が見たアニメにこんな最期のキャラがいたような気がする。
「ご、ごめんなさい」
俺を刺した女性は後悔と涙で顔がぐしゃぐしゃに歪んでいた。
何故だろうか?
その顔が妹と...咲と重なった気がした。
死ぬ前に少し、いいことしておくか。
俺は胸から包丁を一気に引き抜く。
痛みが全身を回る前に、
「グゥウ...」ハァ、ハァ
呻き声を上げながら引き抜く。が、痛みでその包丁を地面に落としてしまう。
嫌に耳に残る金属音が俺の死が近づいていることを一層悟らせる。
「なにを、しているの?」
目の前の女性が困惑と恐怖を顔に浮かべながら訪ねてくる。
やっぱり俺のせいだ。
普通、殺そうとした人間を気遣うなんてことするはずがない。
悪いがこれ以上時間をかけると死んでしまう。
俺にはやり残したことがあるからその質問には答えられない。
「ッガァア...」
俺は弱まった力を振り絞り、落としてしまった包丁を何とか拾い上げる。
俺は薄っぺらい言葉を重ね、罪悪感を酒で誤魔化し、嫌なことから逃げ続けた。
でも後悔だけはしていないと自信をもってそう言えた。
そう、俺は...
この子は違う。
俺の身勝手な理由のせいで人生の希望を失ったんだ。
そんな子が殺人の罪を背負うなんてあまりにも救いがない。
どうせ死ぬんだ。
偽善だと神様に笑われようがいいんだ。
これは自己満足なのだから。
包丁を自分の喉元に持って行き、もはや何が起こっているのか理解できていないであろう女性に話しかける。
「ぎ”みば、わ”るぐない。はやぐ、ここからはなれ”ろ」
そういって俺は喉に包丁を勢いよく刺した。
「n、なnd!nanい,siたino!?」
意外と痛くないものだな、あれ?この声って、あの女性か。
警察に見つからないと良いけど。
もう、目の前の光を感じるだけになってきた。
音も感覚もない。
ただ、光とぬくもりを感じていた。
かなり心地よい。
そのぬくもりが自らの血によってもたらされているということを除けば。
咲。約束守れないお兄ちゃんでごめんな...
病気の妹だけが心残りだが、迎えが来た。もうそう言うことなのだろう。
でもそうだな...
やっぱり、死にたくないな。
転生でも何でもいいもし来世があるなら、もう少しまっとうに生きていきたいな。
今度も妹のために...
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俺は死んだはずだ。
それなのになぜ意識があるのだろうか?
それも血の池としか形容のしようがないような場所で。
醜悪な獣よ、信仰を知れ~顔無しの罪人と異界の神~ 黒い釘 @kuroikugi
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