番外編「エマのとある一日」

「よし、開店準備、完了です!」

 私は、綺麗に磨き上げたアイカワ商会のカウンターを見渡し、満足の声を上げた。棚には、師匠――アイカワ・ケイさんが作った色とりどりのポーションが宝石みたいに並んでいる。

 私がこのお店で働き始めてから、もう半年が経つ。

 最初は師匠が作るポーションのすごさに驚いてばかりだったけど、今は、このお店の一員として師匠の役に立てていることが、すごく嬉しいし、誇らしい。


「エマ、朝から元気だな」

 お店の奥の工房から、師匠が顔をのぞかせた。少し眠そうだけど、その目にはいつもみたいに優しい光が宿っている。


「師匠こそ、また徹夜したんですか? 目の下にクマができてますよ!」


「はは、新しい素材の組み合わせを試していたら、つい夢中になっちゃってな」

 そう言って笑う師匠の手には、また新しい試作品のポーションが握られていた。淡い虹色に輝く、とっても綺麗な液体だ。師匠はいつもこう。寝る間も惜しんで、新しい発見に目を輝かせている。その姿は、まるで昔読んだ絵本に出てくる魔法使いみたいだ。

 そんな師匠のことを、私は心から尊敬している。

 私を、ただの薬師見習いじゃなくて一人の助手として対等に扱ってくれる。私が薬草の知識で師匠にアドバイスをすると、「ありがとう、エマ。助かったよ」って、ちゃんと感謝してくれる。それが、たまらなく嬉しいのだ。

 お店を開けると、すぐにたくさんのお客さんがやってきた。


「よお、エマちゃん! ハイポーションを10本くれ!」


「こっちは闘神の霊薬を! 次のダンジョン、これがないと始まらねえ!」

 ゴードンさんが用心棒としてお店にいてくれるようになってから、怖いお客さんもいなくなって毎日とっても楽しい。

 お客さんたちとの会話も、私の大切な日課だ。


「この前のポーションのおかげで、娘の熱がすっかり下がったんだ。本当にありがとう」


「アイカワ商会ができてから、俺たちみたいな下級冒険者も安心してダンジョンに潜れるようになったよ」

 みんなが、師匠とこのお店に感謝してくれている。その言葉を聞くたびに、自分のことのように嬉しくなって胸がいっぱいになる。

 昼過ぎ、お店が少し落ち着いた頃、師匠が私を手招きした。


「エマ、ちょっと味見してみてくれ」

 そう言って差し出されたのは、さっき師匠が持っていた虹色のポーションだった。


「わあ、いいんですか?」


「ああ。疲労回復に特化した試作品なんだ。君、最近働き詰めだったから」

 師匠の優しい気遣いに、心が温かくなる。私は小瓶を受け取ると、こくりと一口飲んでみた。

 口の中にフルーツみたいに爽やかな甘さが広がる。そして、液体が喉を通った瞬間、体の中に溜まっていた疲れがすーっと消えていくのが分かった。


「おいしい……! それに、なんだかすごく、元気が出てきました!」


「そうか、良かった。商品化できそうだな」

 師匠は、満足そうにうなずいた。

 私のためを思って、新しいポーションを作ってくれた。その事実が、何よりも嬉しかった。


『いつか、私も師匠みたいに、誰かの役に立てるポーションを作れるようになりたいな』

 そんな夢を、改めて心に誓った。

 夕方、お店を閉めた後、私と師匠とゴードンさんの三人でささやかな夕食をとるのが日課だ。今日のメニューは、私が作った野菜たっぷりのシチュー。


「うまいな、エマちゃんのシチューは!」


「うん、美味しいよ。いつもありがとう、エマ」

 二人に褒めてもらえて、顔が熱くなるのを感じた。

 追放されて一人ぼっちだった師匠。

 引退して静かに暮らしていたゴードンさん。

 薬師になる夢を諦めかけていた、私。

 私たちは、みんな、アイカワ商会という場所で出会って新しい居場所を見つけたんだ。まるで、家族みたいに。

 食事が終わると、師匠はまた工房にこもって研究を始めた。その背中を見ながら、私はそっと心の中でつぶやいた。


『師匠。私は、ずっとあなたのそばで、あなたの夢を応援していますからね』

 この穏やかで、温かい毎日が、ずっとずっと続きますように。

 窓の外には、綺麗な星空が広がっていた。

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