コミュ障魔女、恋をする。

んーぞー

第1幕 コミュ障魔女、推し活をする。

「知ってるかい? なんでも白銀の森の奥には無気味な小屋があって、そこには恐ろしい魔女が住んでるんだとか……」


「もちろん知ってるとも! そいつは『極寒の魔女』という二つ名で呼ばれていて、森に迷い込んだ人間を凍らせて喰っちまうんだと」


「まるで生気のない青白い肌と月のように怪しく光る銀髪をしてて、千里先まで自分の悪口を聞き分ける地獄耳は葉っぱみてえに尖ってるって話だ」


「魔女のウワサならおいらもお袋から聞いたことがあらあ。常にブツブツつぶやいてる独り言はおっかねえまじない文句で、聞いた人間をもれなく不幸にするんだそうだ」


「その上怪鳥『フレズヴェルク』を使い魔として従えていて、狙いをつけた獲物は絶対に逃さないとも言われてるぜ」


「まあ怖いわ。森の奥には絶対に行かないようにニコラに伝えなくちゃ」


「おいどうしたトーマス、さっきから震えてるじゃねえか。まるで雪白草みてえな青ざめた顔しやがって」


「……この間狩りで獲物を追いかけてたら、うっかり森の奥まで足を踏み入れちまった。そしたら急に冷えこんできて、いくら秋口だからって妙に寒いなと思ってたら、なんと雪まで降り始めた。こりゃいけねえと思って引き返そうとしたら、一軒の小屋を見つけたんだ。ちょうどいい、ちょっとあったまらせてもらおうと思って窓から中を覗いたら…中にいたんだよ。真っ白なフードを被った怪しい女が」


「そりゃ本当か? おおかた酔っ払ってて見間違えたとかじゃねえのか」


「あんときゃシラフだったさ! その女は妙な水晶玉を覗きながら、無気味な笑い声をあげてたんだ。間違いねえ、あれが魔女だったんだ……」


「フヒヒ」


「そう、ちょうどそんな笑い声だった! それとああいうフードを被ってて、あれくらいの背格好で……」


「フヒヒ! リンゴをひとつおくれ……」


「するってえとおまえさん、もしかしてあいつが……」


「あ、あの女が『極寒の魔女』だーッ!!」


「ひえー!」


「お助けー!」


「ニコラ、どこー!? すぐに帰るわよ!」


「どうした、店主…リンゴはまだかい、フヒ」


「あ、えっと、その、こちらになります! お、お代は結構です、どうかお助けを!」


 そう叫ぶと店主さんは一目散に逃げ出してしまい、周りに誰もいなくなった青果店のカウンターにはぽつんとリンゴが一つ残されました。


「……ご主人、リンゴはいただいていきましょう」


 銀貨を一枚カウンターに残してから、ぼくたちはそそくさとその場を後にしたのでした。


「や、やっぱり人里ってこわい…おうちから出るんじゃなかった……」


 そう言いながらがくがく震えているこのお方こそ、人々から恐れられている『極寒の魔女』ことコミュナイヤ・キモータ様であり、ぼくのご主人なのです。ご主人様は極度の人見知りであらせられ、めったにお外に出ることがないのですが、今日はたまたま魔術に使う触媒を切らしてしまったため、数年ぶりに街の市場へお買い物に出かけていたのでした。


 ご主人はとにかくおうちから出たくないの一点張りでしたが、ぼくは根気強く説得しました。触媒がないせいで、この家を覆う結界魔術が切れてしまっています。つまり誰の目にも丸見えなわけですが、そのせいで狩人っぽい人に窓から覗かれたりしたこともありました。家を覗かれる恐怖と街に出る恐怖を天秤にかけた結果、ようやく重い腰を上げてくださったというわけです。


 けれどいつものコミュ障が発動してキョドりまくった挙句、街の人には逃げられる有様。帰宅してからずっと頭を抱えてぶつくさつぶやいてるその姿は、恐怖の魔女のイメージからはかけ離れています。いや、これはこれである意味怖いか。


「ハアハア、もうほんと無理…こんなときはいつもの『アレ』で癒されよう……」


 そうつぶやくとご主人は慣れた手つきで水晶玉を取り出し、呪文を唱えながら手をかざしました。すると水晶玉にはたちまち、ここではない場所が映し出されたのです。古典的な遠見魔術ですね。そこに映っている人影は…親の顔より見た人物でした。


「はあああああん王子様〜!!!!! 今日もすてきぃ〜〜〜!!! ほんと尊い…私だけの王子様…フヒヒヒヒww」


 そう早口で叫ぶご主人はいつの間にか手にうちわを持っていました。「こっち向いて♡」とか「私を統治して♡」とか訳のわからないことが書いてあります。ご主人はこの水晶玉を使って、ゼスティリス王国の第二王子ことカルナヴァード・フォン・エピソノグラム様を「観察」するのが日課なのでした。


「またストーキングですか、ご主人」


「ストーキングとは人聞きが悪いわね、フレズ!? いつも言ってるでしょ、これは『推し活』なのっ!!」


 誰かを舐め回すようにあちこちから眺めたり、ヘンなうちわや光る棒を振り回したりするのが「推し活」なんですか……。ずいぶんとご立派な趣味をお持ちのようで。


「ねえ待ってほんと無理なんでこんなにかっこいいの王子様…身長高すぎだし脚五千キロメートルあるし(訳註:この世界の度量衡をメートル法に換算してお送りしていますが、五千キロメートルは誇張表現だと思われます)髪サラサラで太陽の愛を一身に浴びてるとしか思えない明るくてキレイな金髪だしつり目でキリッとしてるのに優しそうな眼差しだしエメラルド顔負けな澄んだ瞳だしほんとお顔天才すぎて無理無理…フヒヒ、王子様は私という国の国王様です……♡」


 その国、一人しか国民いませんよね。


 ご主人は数週間前、ひょんなことからこの王子様のことをたいそうお好きになって以来、こうしてストーキング三昧の毎日なのでした。以前は真面目に取り組んでいた魔術の研究も、気がそぞろなこの頃はすっかりサボってばかり。今や引きこもって「推し活」ばかりの、すっかりダメダメなコミュ障少女と化したのでした。


 あっ、少女というのはあくまで外見年齢の話で、実際には500年以上生きているはずです。正確な年齢は「乙女のヒミツ」と称して教えてくれたことがないのですが、たぶん本人も忘れてるんでしょうね。魔女というのはそういう種族なのか、年齢を重ねてもこれ以上外見が変化することはないみたいで、ずっと若々しい少女のままのお姿でいらっしゃいます。普段だらしないカッコばかりしてるので残念な見た目なのですが、きちんと身だしなみを整えれば「美少女」と言っても過言ではないはずなんですけどね。


「フヒヒ、王子様尊い……」


 サラサラの銀髪とサファイヤの瞳、きめ細かい美白肌、メリハリのあるプロポーション…人が羨む美貌の持ち主のはずなのに、このキモさ加減では宝の持ち腐れもいいところです。


「ご主人、そんなにカルナヴァード殿下のことがお好きなのでしたら、いっそのこと告白してはいかがですか?」


「こっ、こ…こくはくぅ!? ちょちょっといきなり何言い出すのよ、フレズ、そんなことできるわけないでしょお!?」


 ご主人の真っ白なお顔が、熟れたトマトみたいに赤くなってしまいました。500年以上生きてるくせに恋愛経験皆無で、まるで免疫がないんですよね……。


「いいこと、「推し」というのはとても尊いもので、遠くから眺めてニヤニヤ…ゴホン見てるだけで笑顔にしてくれる存在なのっ!! それに私みたいなキモオタと付き合ってるカルナヴァード様なんて解釈違いもはなはだしいわ!!!」


 ぐるぐる目になりながら、自分がいかにコミュ障残念女かを力説するご主人。こういうときだけ饒舌なんですよね。それにしても、ご自分をそこまで卑下して悲しくならないんですか……。


「ま、まあご主人みたいな絵に描いたようなコミュ障が、意中の人に想いを伝えるなんて無理ゲー過ぎましたね。会話したことさえないですし」


「そうよそうよ無理無理無理! はあ、でも確かに水晶玉越しじゃなくて王子様をこの目で見てみたいわ…あのときはほんの一瞬の出来事だったもの……」


 「あのとき」というのは、コミュナイヤ様がカルナヴァード殿下に出会った日のことでしょう。数週間前のある日、殿下が数人のお供を連れてこの白銀の森に狩りに訪れていました。部下の人たちが、自分が仕留めた猪の方がでかいぞとか、さすが殿下見事な弓の腕前ですとか、ワイワイガヤガヤ話していたので、その日引きこもりにしては珍しく森を歩いていたご主人の耳にも声が届いていたのです。重度のコミュ障であるご主人は、話し声を聞くやあわてて木の陰に隠れました。しばらく身を隠していたご主人は、人の気配に怯えるあまり遠くから熱い視線を浴びていたことに気づいていませんでした。そう、お腹を空かせたオオカミさんです。ぼくはご主人をなだめつつ、殿下たちの方を注視していたので、そろりそろりと近づいてくるその獣の存在を察知するのが、不覚にも遅れてしまったのです。気づいたときにはもう眼前に迫っていて、今にも襲いかかろうとしていました。ご主人は目の前の野獣とばったり目が合い、固まってしまいました。普段ならご主人の魔法でいくらでも撃退できますが、見知らぬ集団の出現でコミュ障が発動していたところに突然のオオカミの来襲ですから、とっさの判断ができなかったのも無理ありません。そして次の瞬間、オオカミはご主人に向かって跳びかかりました。とっさに目をつぶりながらきゃっと小さな悲鳴をあげたご主人が次に目を開けて見たものは、肩口に矢が刺さりながら慌てて逃げ出すオオカミの姿でした。矢が放たれたと思しき方向を振り向くと、弓を構えた長身の男性の姿がありました。


 これ以上はもう、言うまでもないでしょう。そう、コミュナイヤ様は自分を救ってくれたカルナヴァード殿下に一目惚れしてしまったのです。突然の出来事の連続で、ただでさえコミュ障のご主人はお礼どころか一声も発することができませんでしたが、ニッコリと笑顔で手を振りながらその場を後にしたカルナヴァード殿下の姿を、初めて芽生える気持ちに戸惑いつつ、見えなくなるまでずっと見つめ続けたのでした。


 それ以来ご主人はあの手この手の魔術を駆使して殿下の素性を徹底的に調べ上げ、どこに出しても恥ずかしくない立派な王子様推しへと変貌したのです。いや、どこに出しても恥ずかしい惨めなストーカーの間違いか。


「フヒヒ、あのときの王子様ほんっっっっっとう〜〜〜〜にカッコよかった……♡ 助けてくれただけじゃなくて私のことを心配してくださったのよ…あのときのお声を思い出すだけでご飯100万杯はいけるわ♡♡」


 あの日以来、100万回くらい聞きましたよそれ。というか推しの声をおかずにすな。


「ねえフレズ、どうしたら王子様に会えるかしら……?」


「相手は王族ですからね、庶民はなかなか謁見する機会がないんじゃないですか。しかもこんな不審者…もとい魔女なんて、門前払いされるのがオチでしょうね」


「はあ、やっぱそうよねえ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 この世の終わりみたいなクソデカため息をつくご主人は、こちらをしきりにチラチラと見てきます。うわっ、これぼくに丸投げしてくるパターンだ。


「…たとえば突然王都に来襲した魔物をご主人が魔法で退治して、英雄として招き入れられるとか? 救国の英雄ともなれば殿下にも謁見できるのではないでしょーか」


「その魔物はどうして王都を襲うわけ?」


「都合よくそんな魔物が現れてくれるとは思えないので、ご主人が召喚魔術で呼び出されてはいかがでしょう」


「マッチポンプじゃないの、それ。だいいち私の召喚魔術だとせいぜいシルフ一匹くらいしか呼び出せないわよ。そんなの衛兵に倒されておしまいだわ」


 召喚魔術がショボいのはこのところ修行をサボってばかりいるせいですよね。何をエラそーに。


「うーん、だったら魔女らしく誘惑魔術で殿下をご主人の虜にしてしまうとか」


「そんなの邪道だわ! それに私は王子様を自分のものにしたいわけじゃないのっ! こうやってお慕いできれば、それだけで幸せなの…推しをお慕い、なんちゃって」


 出たな、年中酒場でくだを巻いてるタイプの元気しか取り柄のなさそうなおじさんが風邪をひきそうなほどの激寒ギャグ。まさに『極寒の魔女』の面目躍如といったところです。ご主人はこの世のものとは思えないものを見る目で呆れているぼくのことは気にせず、水晶玉に浮かぶ人物を眺めながら恍惚の表情を浮かべています。


「もういっそ、どこかの貴族令嬢のフリをして舞踏会に潜入するとか? ちょうど、殿下の誕生会がもうじき開かれるはずでしたね」


「フレズ、それ……」


「ええ、もちろんご主人には無理ですよね。あるいは、ご主人が魔法で雪を降らせて……」


「それ、すっっごくいいアイディアだわ! どうしてもっと早く言ってくれなかったの!?」


「えっ、それでいいんですか!? ご主人が社交会デビューなんててきるとはとても思えませんが……」


「そんなの無理無理! でも推し活を始めてからちょうど32日目に、お誕生日会が開かれるだなんて運命だと思わない?」


 清々しいほど都合のいい運命ですね。というかちっとも「ちょうど」じゃないです。


「王族のお誕生日会ですからね、ご主人の想像の100万倍は人が来ますよ。コミュ障アワード600年連続一位を受賞してそうなご主人が、そんな場所に耐えられるんですか?」


「失礼ね、私はまだ花も恥じらう531歳よっ! たしかにヒトは怖いけど、いざとなったら魔法でどうにかできるんじゃないかしら。どんな困難が待ち受けていたとしても、私は王子様にお誕生日おめでとうってお伝えしたいの……」


 あ、ご主人って531歳だったんですね。531年連続一位に訂正しておきます、失礼しました。


「パーティーにはきっときらびやかなご婦人がたくさんいらっしゃるんでしょーね。ご主人も、ちゃんとしたカッコしなきゃ浮きますよ」


「服なんてあるわけないじゃない! ああ〜〜〜、やっぱりこわーい! 行くのやめた……」


 そう口にした瞬間、ご主人の視線は水晶玉に吸い寄せられました。


「フヒヒヒヒ、王子様最高〜〜!! ねえ待ってほんと無理なんでこんなにお顔天才なの…はあ、やっぱり行こうかしら……」


 ご主人は行くのをやめる、水晶玉を見て行くのをやめるのをやめる、一連のムーブを十回以上繰り返してます。この動きを何らかのエネルギーに変換できれば永久機関が完成しそうです。どうやら優柔不断アワードも受賞したいみたいですね。


「フヒヒ、はあはあ、どうしよう…そうだ! 透明化魔術を使えば文字通り空気になれるんじゃないかしら!?」


「周りの人からは見えなくなるでしょーね。もちろん、殿下からもですが」


「王子様の前で魔術を解けばいいじゃない」


「目の前の空気が突然コミュ障女に変貌したら、殿下はさぞ驚かれることでしょう」


「もう、何よ何よご主人様をばかにして! ふえ〜ん、なんとかしてよフレズぅ〜〜」


 怒ったかと思ったら突然泣き出しました。情緒不安定にも程があるんですよね……。


「ま、まあまだ何日かありますし対策を練りましょうか。ほんとに行くならドレスの準備とかもしなきゃですしね」


「あんただけが頼りよフレズ……。おーよしよし私のかわいいひよこちゃん」


 そう言うとご主人はぼくにほおずりしてきました。悪い気はしないんですが、ひよこ扱いは勘弁してもらいたいですね。


 ――えっ、そもそもお前は誰なんだ、ですか? ぼくの名前はフレズヴェルク。『極寒の魔女』ことコミュナイヤ・キモータ様の使い魔をしている、シマエナガです。

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