評論家気取りの愉快犯
リンリ
第1話 噂
私がその噂を知ったのは日中で、更には大量にある報告書や決裁待ちの書類を捌いている最中であった。
だからあまり注意して聞かなかったし、どうせ冒険者達のくだらない一過性の遊びや流行というやつだろうと判断していた。
「……また出たらしいぞ」
「出たって、あれか?」
「ああ、今度は五階層。泥炭地の方だ。いつものように、点数とちょっとしたコメントさ」
「悪趣味だよな、これで四件目か」
ちらり、と噂話好きの部下達を見る。
咎めるべきだろうか。
だが彼らのこうした行動は堅物に過ぎる私にとっては噂話という形で市井を知れる貴重な機会だ。
もう少しだけ聞いてからサボり二人を注意するとしよう、そう決めて書類へと視線を戻し聞き耳を立てる。
「見つかったのは、な」
「なんだよ、その言い方」
「いやさ、俺思うんだよ。この悪趣味な行動はいやに手慣れているって」
「ふうん、だから?」
「たった四回程度でああなるもんか?今までなんの手掛かりも痕跡も残さずにただ点数と感想の書かれた紙だけを残すなんて」
「それは……じゃああとどれだけの未発見の」
ここくらいでいいだろう。
これ以上は推測と妄想の域で、単に業務を放棄しているだけに過ぎない。
「失礼。噂話もいいが、君たちは午後の巡回担当ではなかったかね?いやなに、私の思い違いであったのなら謝罪しよう」
部下二人の会話を中断させる形で、本来の業務を告げれば、二人はへらへらと平謝りしながら巡回の為外出していった。
一つ、長く重くため息をついて眉間の皺を揉みほぐし自分のデスクへとゆっくりと戻る。
業務報告書を片付ける最中、二人の噂話を整理していく。
点数と、コメント……とは何を指すものだったのか。
最初はダンジョン攻略に飽きたり、休日の暇つぶしに何かしらの遊びを思いつきでもしたのだろうと思ったが……続いた単語がそれを否定した。
悪趣味、とわざわざ形容している。
推測するに新人冒険者をいびり、その手口や手法への批評とか、そういったあたりか。
だがそれでは未発見の、だとか手慣れているだとかの発言に対する答えになっていない気がする。
もしや……殺しや死の類だろうか。
荒くれや落伍者、騎士あるいは貴族の崩れも少なくはない冒険者という職業のあれらは、よく問題を起こす。
ダンジョンの開拓、発展、解析と引き換えにするには、少々代償が大きすぎるのではないだろうか?
「仕事増やすんじゃないよ……殺してやろうかしら」
今回ももしやその類だろうかと結論づけたが、まだそうと決まった訳ではないし、なにより問題が起きてもその対処を任命された訳ではない。
私以外の誰かがなんとかしてくれ、と毒づいで泥沼になりそうな思考を中断する。
思考停止のお陰かその後の作業は順調に進み、事務室にペンを走らせる音以外が到来したのは少し陽が傾いてきたあたりだった。
「先輩っ!暴徒鎮圧及び事後対応、完了しました!」
「ああ、ありがとうダリル」
ダリルは数ヶ月前ほどに私の下についた新人だ。
だが要領が良いのか仕事を覚えるのははやく、最近は簡単な仕事なら任せてもよいと思えるほどだ。
彼から報告書を受け取れば、やはり私の見立ては間違いなかったようで、少し粗雑な部分こそ見受けられるが概ね問題無く仕事を終えた事が記載されている。
本当に優秀な新人だ。
それだけにこんな部署に配属されている事が残念でならない。
彼ならばもっとその可能性と才能を伸ばす場所に配属されるべきなのだ。
本来なら教育係も私のような凡夫ではなく優秀で最適な人物がきっといるはずなのだから。
それこそ、首都の……
「先輩、何か不備がありましたか……?」
私の黙考は彼を不安にさせてしまったようで、ダリルは幾分か沈んだ声色だった。
「あ、ああ……すまない。少し、疲れていてな。呆けていたようだ。君の仕事に関しては何も問題は無いよ。完璧だとも」
「そうですかっ?なら良かったです!……あ、でも大丈夫ですか。あまり無理はなさらないでくださいね」
気遣わしげなライトグリーンの瞳がこちらをまっすぐに貫き、私は思わずそれから逃れるように顔を逸して、
「分かっているとも、ダリル。私は見ての通り今日一日は事務室に篭りきりだろうから、今日はもう帰っても大丈夫だ」
そうやって捲し立ててダリルを事務室から追い出し、陽射しのような青年を私の側から遠ざけた。
少しだけ外の風に当たりたい。
独りになった事務室でただ何をするでもなくぼう、として暫く、ようやく頭に浮かんだ言葉のままに私は事務室から廊下に出る。
伽藍堂とした廊下の窓から見える外は、冒険者がちらほらと見えた。
そしてそのいずれも小さくはあるが恐喝、喧嘩等の問題を起こし、住人達が迷惑そうに彼らを避けて歩いている。
「元気だな……相変わらず」
まあいずれも私に責任はないし、ましてや無駄に仕事を増やす理由もない。
頼むからそれ以上の問題は起こしてくれるなよ、そう願うが、問題とはいつも別の角度、シチュエーションでやって来る。
外へと繋がる玄関口に立った所で、陰気で融通の効かなさそうな見た目の男が一人、私を呼び止めた。
「ステンダリ、仕事だ」
結局、私は外の空気を吸う事もなく新しい厄介事を持ってきたのであろう上司であるこの陰気な男の後ろをついていくのだった。
上司、ひいては彼が支配している治安維持隊ははっきりと言って最悪だ。
徹底した現状維持は、彼の性質かあるいは他部署との亀裂を恐れての事か、どちらにせよその業務態度は憧れと正義を胸に配属された私に現実というものを教えるのに十分以上の威力を発揮した。
配属当初から何度も彼の業務態度を改善するように陳情したがその全ては一考する事もなく一蹴された。
いつしか私はこの職場に慣れきってしまい、何も言う事はなくなってしまった。
「ステンダリ、最近ダンジョン内で妙な事件が起きている事は知っているか?」
返事をする事なく、ただ首を振って否定する。
「そうか。お前にはその事件を担当してもらおう。詳細は貴様のデスクに資料を置いておいた。すぐに取り掛かれ」
まるで心の通っていない一方的なやり取りで彼はそれきり黙ってしまう。
私も彼と同じ場所にいる理由もないので一言だけ退室する事を告げて彼の部屋から出る。
その私の背に、彼の言葉が投げられる。
「忘れるな、我々の仕事は一定の秩序と平和を維持する事だ。それ以上も、それ以下もあってはならない」
彼のデスクをあとにした私は、指示通りに資料に目を通すべく自身のデスクに戻る。
同僚はこの時間には既に全員退勤している。
茜色した陽が差し込んでいるおかげで、かろうじて灯りを付ける必要が無いのが虚しい。
独りきりのデスクで上司が置いた資料を読んでいく。
資料を読んで分かった事は、この事件が非常に面倒臭い事と、厄介な事であるという事。
「ダンジョン内での冒険者の死体に点数と感想を記載し去っていく怪事件……」
自分で喋っていて何とも馬鹿らしいと自嘲しそうになる。
こんな事して何になるというのか。
それに、動機も不明だ。
そしてその怪事件の担当が自分だと言う事も馬鹿らしい。
第一、自ら殺してその死体にコメントをつけている訳でもないのだから、放っておいていいのではないだろうか?
「明日からで……いいか」
こんな面倒な事、今からやるにはやる気が起きない。
明日にしよう、と私は資料をデスクに放り投げて退勤した。
次の更新予定
2025年12月19日 23:00
評論家気取りの愉快犯 リンリ @iceboxWizardry
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