もしも人造サキュバスがアイドルをやったらどうなるか?②
あれから1年後。
「ありがとうございましたー!」
あたしはライブハウスで歌と踊りを披露していた。20人ほどの男性があたしに拍手をしてくれた。地下アイドルとしては多い方だろう。
「よかったよー!藍ちゃーん!」
「キレッキレだねー!」
「いよっ!キレてるよー!」
いつものお約束のやり取りだ。あたしは袖をまくり、上腕二頭筋に力を入れて力こぶを見せつける。筋肉痛がちくりと走る。
「ボディビルダーじゃねーんだよっ!」
「あはははははは!」
愛想良くファンサしているおかげか、ファンたちとの交流も盛んだ。あたしは「仲のいい女友達」の距離感でファンと交流するという戦略をとっている。ファンたちも多少のイジりができて楽しそうだ。
他の地下アイドルの中にはガチ恋営業っぽい手法を取り入れている女もいるが、あたしはそんな水商売みたいな惨めで姑息な悪手は打たない。アイドルの尊厳は高潔で誇り高くあるべきだ。
あたしが地元で豆谷シックスとして6人で活動を始めた頃、事務所は「女性にも人気が出るように、ノンバイナリー(女性らしさを前面に出さない)な新機軸のアイドルユニットとして売り込もう!」という路線を打ち立てた。欧米の映画界やゲーム界で流行りの「強い女性」観を目指すというわけだ。私はリーダーとして、パワフルなパフォーマンスをするために、筋トレに取り組んだ。
結果、豆谷シックスはあまりウケが良くなかった。男性からも、なんなら女性からも!欧米トレンドの最先端じゃなかったんですか!?どうなってんの?
一度「強い女性像」をウリにしてしまった以上、後からキャピキャピした雰囲気にテコ入れすると、理念に共感してくれたファン達への「裏切り」になりかねなかった。活動に夢中だった当時はなんの疑問も抱かなかったが、今になったら分かる。プロデューサーは「この路線トチったな」とずっと前に気づいており、どこかで損切りしたがっていたのだ。そんな話ってあるかよ。
ではそんな経験が無駄だったのかと言われると、そうでもない。
当時バカみたいにひたむきに鍛えた「筋肉」がキャラ付けにおいて唯一無二の個性となっている。チェキのときにサイドチェストポーズをとるなどして、「イジりやすさ」を演出することで、親近感を沸かせる武器となっている。筋肉は裏切らないって本当だったんだな。
中には「俺の方が筋肉あるぞ」と上腕二頭筋を見せつけて来る変な男性ファンもいる。いや何のアピールなんだ。チェキ券買ってくれるから別にいいんだけどさ。
最寄駅から自宅までの道のりはいいジョギングコースだ。ボロアパートの玄関をくぐり、そのまま熱いシャワーで汗を流すのが心地いい。
SNSを開くと、フォロワー数が5人増えていた。緩やかではあるが、努力の成果は着実に出ている。あたしが去年確かに感じていた「自分の限界はまだここじゃない」という自信は、決して過信でも誇大妄想でもなかった。磨くたびに輝きが増していくのが実感できる。
豆谷シックスの最後のメンバー2人とは、今でもグループチャットでやりとりしている。とはいっても雛菊と露乃が大学生活の話や男の愚痴をしているところに、ときどきスタンプで反応を返す程度だが。
夜更かしはせずに就寝する。美容の敵だし、明日はバイトがあるから疲れを残せない。
翌朝。向かう先はいつものライブハウス。あたしはアイドル活動と、箱のスタッフ業務のアルバイトを兼任しているのである。女子更衣室でTシャツと長ズボン姿に着替え、朝礼に向かう。
朝礼が始まると、店長が新人の女を連れてきた。
側頭部から生えた角。人形みたいに整った顔。先端がスペード型になっている尻尾。……かつてあたしたちから地元のローカルアイドルの座を奪ったやつらと同じ、人造サキュバスだ。
やたらとでかい乳がTシャツを押し上げて存在を主張している。ボトムスはみんなと同じ長ズボン……ではない!マイクロミニ丈のスカートとサイハイソックスだ。なんだこのふざけた女!?こんな恰好でバイトする気か!?
「この子が今日から一緒に働く新人だ。うちでも試験導入として、ホムンキュバスを採用することにした。うまく指導してやってくれ」
「はじめまして皆さん♡ホムンキュバスのツルノと申します♡まだわからないこといっぱいありますけど、ご指導よろしくお願いしますっ♡」
ツルノと名乗った女が媚びるような甘ったるい声で挨拶をすると、男性スタッフたちから「かわい~」と色めき立った声が上がった。
「ツルノさんには荷物運びをやってもらう。藍さん、面倒見てやってくれ」
「あたしですか……分かりました」
正直過去の出来事があってホムンキュバスは苦手なんだけど、イジメたりして周りからの印象悪くすると出番減らされるかもしれないからな。邪険に扱わないようにしよう。
ツルノはとんでもなくタフだ。力持ちってわけじゃないけど、スタミナが異常だ。
重い機材を何度も持ち運んでも疲れている様子が無い。途中休憩であまり水を飲まない。トイレに行く回数も人間よりずっと少ない。そして聞き分けがよくて素直だ。なるほど、こりゃ重宝するな。便利な奴だ。
そして休憩時間。
「お疲れ薊原さん。新人の子はどう?」
男性スタッフの種田(たねだ)センパイが話しかけてきてくれた。面倒見が良くて、少しいいなって思ってる人だ。
「ねえセンパイ。正直、いまだにホムンキュバスってのが何なのかよくわかんないんだけどさ……」
「うん?」
「人造サキュバスって何?人造の前に、まず天然サキュバスってのがそもそも『いない』じゃん。漫画とかゲームでしか聞いたことないんだけど。なんでそんなのがいるんすか?どこから湧いて出てきた何なんすかあれ?」
「あーそれね。俺も詳しくはないんだけどさ。サキュバスに似た人造の生き物……サキュバスのホムンクルスで、ホムンキュバスなんだってさ。ドキュメンタリー番組で開発プロジェクトの話やってたけど、スゴかったよ」
「サキュバスに似るってなんすか……。そもそもホムンクルスも現実にいなかったでしょうに」
「もともとは花粉を食べる粘菌だったらしいんだ。それにいろいろ遺伝子組み換えしたら、人間みたいに賢くなって、人そっくりになったんだって」
「粘菌って何?」
「えーと、キノコとかカビみたいなもんらしいよ」
「へぇ~…?キノコを遺伝子組み換えしてアレになるんすか。変なの……。あれ?なんで『人に似た生き物』じゃなくて『サキュバスに似た生き物』って言われてるんすか?」
「それはエネルギー補給の仕方が独特で……」
「ってかさ、あの女スカート短すぎじゃねっすか?ちらちらケツ見えたんですけど、あいつパンツ穿いてます?」
「あはは、気にはなるけど、そういうこと男が聞くとセクハラになるからなぁ」
「先輩コンプラ意識しっかりしてますねぇ」
「これくらい普通だよ」
「……センパイって、アイドルの女の子と付き合いたいって思う事ってあります?」
「いやいやいや!駄目でしょ。夢を追って頑張ってる子の邪魔するようなことしちゃ。そりゃ客の中にはガチ恋勢とかいるかもしれないけどさ?俺らスタッフは節度護ってしっかりしなきゃダメじゃん。だから俺は、アイドルの子達のことは『女』じゃなくて『仲間』として見るようにしてるよ」
「立派ですね~」
あたしは先輩の横顔を見つめた。短髪で整った髪型。バスケ部で鍛えたという男らしい体つき。こういう人が彼氏だったらいいなって思うことがある。でも先輩の言う通り、アイドルに色恋沙汰はご法度だ。
「ん?エネルギー補給の仕方が独特?具体的にどういうことですか?弁当とかじゃダメなんですか?」
「あーそれは……、女子にこういう話していいのかな。でも一緒に働く以上、知らせないとマズいよな……」
「言いづらいことなんすか?」
「ええとね。『サキュバスに似た生き物』ってとこが関わっててさ……」
そうしてあたしと種田センパイが話していると……。
「あの、種田先輩。ごめんなさい、今お話し中でしょうか……?」
ホムンキュバスのツルノがやってきた。頬を赤らめて、スカートの裾をぎゅっと掴み、恥ずかしそうにもじもじしている。
「うん?大丈夫だよツルノさん。どうしたの?」
「その、エネルギー補給、欲しくなったんですけど……、もしよかったら、種田先輩にお願いしたいなって思いまして……♡いいでしょうか……?」
ツルノは種田センパイの手をぎゅっと握りながら、媚びるような猫なで声と上目遣いでそう言った。
「え?お、俺?え、えーと……参ったな……」
喉をごくりと鳴らして、しどろもどろになるセンパイ。彼が周りをきょろきょろ見まわして焦る直前、彼の表情が変わっていたのを確かにあたしは見た。
種田センパイが一瞬、あたしには一度も向けたことがない『女を眺めまわすオスの目』で、ツルノのでかい胸とむちむちの脚をチラ見していたのを。
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