## 第4話：わたしと結婚すると言って！！

冷たい水圧に包まれた瞬間、永井の意識は一気に引き戻された。

彼は、あの夜のガソリンを撒かれた、薄暗い七海の部屋にいた。床にはガソリンの匂いが充満し、七海の目が憎悪ではなく、**冷ややかな失望**で彼を見つめていた。

「わたしと結婚すると言って！！」七海が叫ぶ。

永井は反射的に、あの時の薄笑いを浮かべた。

「ああ、わかったよ！それだけか？いいだろ、**結婚してやるよ！」

永井がそう言って嘲笑った瞬間、彼の空気が凍りついた。七海は、彼を罵倒したり、暴れたりしなかった。ただ、静かに、心底クズな永井を冷ややかに見つめ返した。

「そう。**それが、あなたが本気で言った最後の言葉**ね」七海の声は、狂気よりもずっと重い、諦めの響きを持っていた。「あなたは、本気を出せない。約束を本気で守れない。なら、全てを真実で上書きしてあげる」

七海はゆっくりと懐から携帯電話を取り出し、永井の顔を近づけた。画面には、永井の妻が、子供を抱きかかえて怯えている写真が表示されていた。

「なら奥さん。お子さんとお別れするんだよね？」

その言葉が、ただの脅しではないことを永井は直感した。彼は七海の手から携帯を取り上げようと手を伸ばしたが、その瞬間、彼のデスクの電話がけたたましく鳴った。

事務所ではない。これは、七海がいたあの部屋にあった、永井が持たされた古い携帯電話の着信音だ。

永井は振り返り、目の前の七海を見た。彼女は携帯を握りしめたまま、無表情で立っている。

「……課長、電話です！課長のご自宅から出ています！」

永井は混乱した。事務所の電話と、七海の携帯、どちらから？ 彼の脳裏に、一階で感じた「水圧」の感覚が蘇る。

彼は、七海の携帯の着信に応答した。

「もしもし！」

受話器の向こうから聞こえてきたのは、妻の声ではない。けたたましいサイレンの音と、けたたましい叫び声。そして、焦げ付くような**熱と、木が爆ぜる音**だった。

『……火事だ！永井さん、あなたの家、**一階から出火しています！**』

永井は携帯を落とした。

七海の目尻に、一滴の雫が伝った。それは水なのか、涙なのか、あるいは焼けた後の灰なのか。

「全部、私が味わった苦しみよ」七海は静かに言った。「あなたは、言葉で私の未来を燃やした。だから、私は、あなたの現実を、**時間と空間を捻じ曲げて**、燃やし尽くす」

永井の目の前で、七海の姿が再び揺らぎ始めた。炎のような、水のような、不確かな揺らぎ。そして、彼女の背後に、炎に包まれた自宅の光景が、幻影のように立ち上った。

**「さあ、永井課長。あなたの人生を、始めからやり直しましょう」**