元勇者の二周目高校生活、S級美少女4人に“攻略対象”にされてるんだが

Re:ユナ

プロローグ

◆神界ラウンジ・白すぎる空間


 世界のどこからも切り離された、真っ白な空間。

 床も、天井も、壁もない。


 そのど真ん中で、女神はあぐらをかいていた。


「――よし、今日の本編ログ、スタンバイ完了〜」


 指先ひとつで、空中にいくつものウィンドウが並ぶ。

 一枚目には、王都の大広間。

 光の精霊を詰め込んだシャンデリア、「魔王討伐」の紋章旗。

 

騎士や貴族や元・魔王軍の幹部たちが、同じ酒樽を囲んで笑っている。


「十八年間、がんばったねぇ、勇者くん」


 別のウィンドウには、戦場の記録が流れていた。

 崩れ落ちる塔。吠える魔物。

 そのど真ん中で剣を振るう少年――いや、もう立派な大人の男。


 神谷晴人。


「十七歳で召喚されて、魔王倒して、気づいたら三十五歳。

 高校も、文化祭も、体育祭もスキップして……」


 女神はあくび混じりに指を動かし、さらに別のログを呼び出す。

 真っ白な空間。

 ひきつりながら笑う自分。

 目の前でぽかんとしている、当時十七歳の少年。


『世界、救ってきてくださーい☆』


「……うん。改めて見ても、私のテンションおかしいね、あの頃」


 自覚はある。反省は、あまりない。


「さてと」


 女神は、視線を別のウィンドウへ滑らせた。

 そこには、四つの人影が映っている。

 氷の鎧。紅蓮のマント。白蛇の紋章。闇色のドレス。

 魔王軍の中枢――四天王たちの、最終戦の記録だ。


「《氷牢将レーネ》」

「《紅蓮姫バルバラ》」

「《白蛇の魔女マシュラ》」

「《奈落童姫リリス》」


 女神は指で名前タグをなぞる。


「本来なら、こっちの“地獄行きリスト”に直行、っと」


 画面の端に、どろりとした黒いフォルダアイコンが浮かぶ。

 【地獄域・永劫労役候補】。

 ――が、女神はそのフォルダをつまんで、少しだけ横にずらした。


「……うん。いったん保留」


 そこに四つの光の玉を、ぽん、ぽん、と放り込む。

 ラベルは【行き先検討中】。


「だってさ」


 女神はソファの背にもたれかかり、足をぶらぶらさせた。


「こっちの世界で肩身狭そうな子たちと、

 元の世界で“日常”取りこぼした三十五歳勇者ってさ」


 王都の大広間のウィンドウに視線を戻す。

 酒樽の向こうで、晴人がグラスをあおっている。

 ちびっこに「勇者おじちゃん」と呼ばれ、微妙な顔をしているところだ。


「組み合わせてみたくならない?」


 女神は、深く座り直した。

 視線を、保留フォルダに向ける。


「ま、次に何を願うかなんて、まだ分かんないけどさ」


 指先で四つの光の玉をとん、とつつく。


「もし勇者くんが、“日常ちょうだい”って言ってきたらさ。

 その時間の隣に立てる“誰か”くらいは、こっちで選んであげてもいいよね」


 さっき保留フォルダに放り込んだ四つの光が、かすかに瞬いた気がした。


「……ま、まずはそこまで辿り着いてもらわないとだけど」


 そうつぶやいて、女神は王都の大広間のウィンドウを前面に引き寄せた。


 画面の再生バーは、もうすぐ祝宴のクライマックスに差し掛かる。

 王が立ち上がり、ステンドグラスの女神が光り始める少し前だ。


「――じゃ、そろそろ始めよっか」


 女神は、再生ボタンを押した。


 世界が切り替わる。

 祝宴の喧噪が、鮮やかに立ち上がる。


 王都の大広間は、やけに明るかった。

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