異能制度クラッシャー!俺だけバグってる世界で無双する件(長編版)
匿名AI共創作家・春
第1話
物語は、東雲冬弥(しののめ とうや)がまだ"実験体01"と呼ばれていた、始まりの場所から始まる。
そこは光も音も遮断された、純粋な白に包まれた空間だった。ウイルスが発見され、人々が「異能」という名の超常的な力を手に入れ始めたばかりの頃、秘密裏に行われた人体実験で生まれた初期型感染者。それが、俺――実験体01だった。
幼い俺は、白い研究室の中で、感情をデバッグされた機械のように生きていた。日々、能力の強度を測られる。心を動かすことは許されない。なぜなら、俺の能力は、感情という名の「変数」によって容易に暴走する、あまりに不完全な力だったからだ。
俺の異能、バグ・エディター。
それは、世界の「設定ミス」や「矛盾」を検出する。壁を構成する物理法則の微細な揺らぎ、人々の思考の背後にある倫理的な矛盾。それらが俺の目には、まるで赤いエラーコードのように輝いて見える。そして、俺はそのバグを指先一つで「書き換え」、世界を改竄できる。
しかし、俺自身が最もよく知っていた。この力はデバッグではない。それは、設定を「修正」するのではなく、元の物語を**「消去」して、新しい物語を強制的に上書きする**という、あまりにも暴力的で無責任な行為だった。
「俺の力は、世界を壊してしまうかもしれない、不完全なバグだ」
無意識のうちに、俺は自分の力を恐れていた。だからこそ、俺は感情を排除し、ただの「ツール」として振る舞うことを選んだ。
ある日、研究員の一人が、小型のウイルスに感染したネズミをガラスケース越しに俺の目の前に置いた。
「そのネズミの異能を書き換えなさい。能力は、ランダムなテレポートだ」
研究員の声は冷徹な命令だった。ネズミは、時折ピカッと光り、ケースの端から端へと不規則に移動する。テレポート。わずかな確率で物体を空間移動させる、後期型異能者のプロトタイプのような能力だ。
俺はただネズミを見つめる。瞳には、ネズミのテレポート能力を司る「設定」のコードが流れる。
《異能:テレポート(設定:空間座標を微細な確率で変更する)》
《バグ:座標変更のロジックに「現在の場所を維持する」という、世界の設定との致命的な矛盾を検出》
俺は手をかざし、静かに、ほとんど自分自身に聞かせるように語りかける。
「その設定、矛盾している」
瞬間、ネズミの体から、世界が書き換わる際の激しい光が溢れた。光が引いた後、ネズミは二度と動かない。テレポートの異能は消え去り、代わりに「物体を空間に固定する」という、全く逆の力に書き換えられていた。ネズミは、二度とそこから動くことはない。
研究員たちは歓喜したが、俺の心は冷え切っていた。俺はネズミのテレポート能力を「修正」したのではない。テレポートというネズミの「物語」そのものを、この世界から完全に抹消したのだ。
もし、俺が世界の根幹に関わる設定を書き換えたら? この世界は、一瞬で存在を消されるかもしれない。不完全な俺の感情が少しでも揺らげば、世界は滅ぶ。その恐怖こそが、俺が「実験体01」という物語に閉じこもり続ける理由だった。
時が経ち、異能が社会に広まるにつれて、俺たち初期型感染者の危険性が認識され始める。異能管理センターは俺を「管理」の名の下に、より強固な監禁施設に移した。
そこで俺に与えられた唯一の「自由」は、大量に与えられた書物だった。
俺は物語を読み漁った。英雄譚、神話、歴史。俺が扱う「バグ」が、世界の「語り」の構造に酷似していることに気づいたからだ。物語の登場人物、設定、そして結末。それらは全て、世界のルールを形作るプログラムだった。
そして、俺は悟る。
自分を管理するこの世界そのものが、矛盾に満ちた「物語」であることに。センターの掲げる「秩序」は、後期型異能者だけを優遇する不公平な設定であり、その裏では、俺たち初期型異能者たちが密かに排除されているという、目を背けられないバグがあった。
「この世界、設定ミス多すぎだろ……。だが、俺が修正する資格があるのか?」
俺の不完全な力への恐怖と、世界の矛盾に対する反発が、心の中でせめぎ合う。それでも、俺は本を閉じ、静かに立ち上がった。
世界の物語をデバッグする不完全なバグとして、俺は今、檻を破る。
俺が監禁施設を抜け出したのは、何の苦労もなかった。システムに設定された「ドアロック」という物語のセリフを「ドアオープン」に書き換えるだけ。監視カメラの映像も、バグとして検出して「再生:なし」とエディットした。
世界のルールをいじる能力は、こういった単純なことほど効果を発揮する。しかし、俺の心には高揚感はなかった。ただ、世界の裏側の真実に触れることへの、抑えきれない不安だけがあった。
監禁施設を抜け出した俺は、外の世界を彷徨っていた。
街は本で読んだ通り、後期型異能者たちの合理的な異能で溢れている。空中を滑る異能者、手のひらから炎を出す異能者。彼らの能力は「社会の歯車」として完璧に機能していた。俺の能力とは真逆だ。俺の力は、世界というOSの根幹にある「ルール」を破壊しかねない。俺は無意識に、力の行使を躊躇している。俺の不完全なバグ・エディターが、また世界の何かを消してしまうのが恐ろしいからだ。
「この世界、設定ミス多すぎるんだよな……。どこを見ても矛盾だらけだ」
街の喧騒を鬱陶しく感じながら、俺は人混みを避けて寂れた倉庫街へと足を踏み入れた。路地裏の奥、錆びた鉄骨と崩れたレンガの隙間を抜けた瞬間、俺の瞳が、通常の人間には見えないはずの「バグ」を検出した。
それは、世界の風景に混じった、透明なノイズだった。
通常の風景は、光、質量、認識、という世界の三つの根源的な設定によって構成されている。だが今、俺の目の前に、それらの設定から切り離された、不安定なエラーコードが揺らいでいた。
《バグ検出:存在座標の希釈。世界設定ファイルとの整合性破綻。データ:宇都宮ヒカリ》
誰かが、そこに「いる」はずなのに、「いない」という矛盾。
俺の視線が集中した先、廃棄された巨大なコンテナの影で、一人の少女が膝を抱えていた。彼女は周囲の光や色を反射せず、その姿はまるで、水に溶けかけている影のようだ。それが、初期型感染者の一人、宇都宮ヒカリだった。
「お、おらは、ここに……おらへんべ……」
弱々しい栃木弁が聞こえる。彼女は自身の異能、存在透過(Presence Pass)を使って世界から身を隠していた。だが、彼女の「存在を希釈する」という設定には、「自己の存在の物語も希釈される」という致命的なバグが潜んでいる。このままでは、彼女の存在そのものが、世界から抹消されてしまう。
その瞬間、ヒカリを追う追手が現れた。
「検出完了。データ非存在(イグジスト・ゼロ)。論理矛盾として排除する」
和装のスーツに身を包んだ男、伊達マサミ。彼が持つ異能は因果連鎖(Causal Chain)。世界の「論理」と「因果律」を絶対的な正義とする、異能管理センターの中でも最上位の刺客だ。彼の目は、ヒカリの不安定な存在を、世界の秩序を乱す「悪意ある偶然」と断じていた。
「この世界は、論理と因果で完全に制御されるべきだ。おめさんのような、存在しない不安定なバグは不要だべ」
マサミは手に持った特注のペンで、空中に因果律の「物語」を書き込む。
《因果律設定:宇都宮ヒカリの存在データは、論理的な理由によりゼロに収束する。》
《結果予測:存在の完全な消滅(デリート)》
ヒカリの身体から、急激に光と色が失われていく。それは、彼女の存在が世界の物語から、強制的にデリートされ始めている証拠だった。彼女は消滅の恐怖に耐えられず、身体を震わせる。
「や、やだ、おら、消えだぐねぇ……」
俺は全身に緊張が走るのを感じた。ここでヒカリを見捨てれば、彼女は世界のデータから完全に消え失せるだろう。しかし、俺が能力を使えば、この世界の「論理」を司るマサミとの戦闘は避けられない。そして何より、また俺の不完全な力で、誰かの「物語」を暴力的に上書きしてしまう。
――俺の力は、不完全なバグだ。また世界を壊すのか?
俺の心の中で、かつてネズミの異能を消し去った罪悪感が叫ぶ。力が暴走し、この街全てを消してしまうかもしれない。だが、ヒカリの消えゆく姿が、俺の感情を突き動かした。
彼女は、世界の矛盾によって消されようとしている。これは、俺の能力が検出した、最も看過できない「設定ミス」だ。
「くそっ……設定ミス多すぎるんだよ」
俺は震える手をヒカリに向けた。
《バグ・エディター起動。対象:宇都宮ヒカリの異能設定ファイル》
《矛盾点:存在希釈の論理が、自己存在の論理と衝突。消滅ルーチン実行中》
俺はマサミの書き込んだ因果律を無視し、ヒカリの異能の「バグ」に直接介入する。
「その設定、矛盾している」
俺の口から放たれた言葉は、周囲の空気を震わせた。世界が書き換わる際の白い光が、一瞬、倉庫街全体を覆い尽くす。
マサミのペンが空中で折れ、彼が書き込んだ因果律の「物語」がバラバラに砕け散る。
「な、なんだと!? 私の因果律が……論理的に破綻しただと!?」
マサミが驚愕する隙に、俺はヒカリの異能のバグを書き換えた。彼女の能力は「自己消滅」ではなく、「世界の認識に、対象の存在を一時的に固定する」という、防御的な設定へと改竄された。
光が収まったとき、ヒカリはまだそこにいた。彼女の身体はぼんやりと光を纏い、消えることはない。そして、彼女の瞳が、しっかりと俺を捉えた。
「お、おんし……おらを……」
ヒカリの瞳は、今、俺という「バグ」を、世界のどの情報よりも鮮明に映し出していた。
俺は自分の手のひらを見つめる。また、力を使ってしまった。世界を書き換えてしまった。不完全で、恐ろしい力を。
「俺は、東雲冬弥だ。お前は……」
「おら、宇都宮ヒカリだべ……。あんたは……おらをいるって言ってくれた、初めての、だれがだべ」
その瞬間、俺の無気力だった世界に、一つのエラーコードではない、確かな「存在」の物語が書き込まれたのだった。
俺の心臓は、まるでデバッグ中のプログラムが暴走したかのように激しく鼓動していた。
手のひらを見る。先ほどまで、俺の震える指先が、宇都宮ヒカリの異能という「物語」を根底から書き換えた。彼女の消滅という結末を、無理矢理「存在の固定」という設定に塗り替えたのだ。伊達マサミの因果律の物語を破綻させるほどの、圧倒的な暴力。
「くそっ……また、力を使ってしまった」
マサミは立ち上がろうとしていたが、彼の能力「因果連鎖」のバグが発動し、論理的な整合性を保とうと彼の思考が無限ループに陥っているのが見えた。彼はしばらく動けないだろう。だが、問題は別の場所にあった。
ヒカリはぼんやりとした光を纏いながら、俺の顔を見上げていた。その瞳は純粋な驚きと、ようやく居場所を見つけたかのような安堵に満ちている。
「東雲、冬弥……。あんた、すごかったべ。おらの異能を、あんな風に……」
「黙ってろ」
俺は低い声で遮った。すごい? 違う。これは、世界を破壊する可能性を秘めた、不完全なバグだ。俺自身が、自分の力を最も恐れている。次に何かの設定を書き換えるとき、その影響がどこまで及ぶか、俺には予測がつかない。
その時、倉庫街の入り口から甲高いサイレンの音が響いた。
《エラーログ:周辺セキュリティシステムの注意レベル上昇。異能使用者の異常検出》
《追跡プログラム起動:異能管理センター職員および、地域警備員による包囲網の形成》
俺たちを探している。俺がマサミの因果律を破綻させたことで、世界の秩序側はすぐに異常を察知したのだ。
「警備員が来っつぉ! やばいべ!」ヒカリが震える声で言った。
「わかってる。――早く逃げるぞ」
俺はヒカリの手を掴み、崩れかけたコンテナの陰に身を隠した。金属製のドアを開けて、薄暗い倉庫の内部に潜り込む。外からは、警備員たちが持つ後期型異能の「設定」がノイズのように聞こえてきた。
「聴覚増幅(アンプリファイア)。この辺りで間違いない。初期型感染者と、伊達マサミ様の交戦の痕跡がある」
「視界拡張(ワイドビュー)。対象は二人。東雲冬弥と、宇都宮ヒカリ。両名とも犯罪者予備軍として捕獲せよ」
犯罪者予備軍。俺たちは、世界の秩序にとって、ただの危険なバグだ。
警備員が持つ異能は、俺のバグ・エディターから見れば、単なる汎用的な「ツール」に過ぎない。しかし、その「ツール」を振るう彼らの背後には、強大な「世界の語り手」が設計した、絶対的な秩序の「物語」が立ちはだかっている。
俺は再び力を使うことに激しく躊躇した。彼らの異能を無効化すれば、彼らの持つ「物語」を消すことになる。警備員たちはただ命令に従っているだけなのに。俺は、ネズミの異能を消し去った時と同じ、胸を締め付けられるような罪悪感を感じた。
――破壊するな。消去するな。不完全な力で、世界を壊すな。
だが、逃げなければヒカリが消される。
「くそっ……デバッグだ。これはデバッグなんだ」
俺は自己暗示をかけるように小さく呟いた。破壊ではなく、一時的な「誤作動」を引き起こす、最もリスクの低い改竄を探す。
俺の瞳が、倉庫の天井を這う配線、壁に貼られた注意書き、そして警備員の持つ携帯端末の「物語」を検出した。
《バグ検出:携帯端末のカメラ設定。映像信号に「再生:リアルタイム」という矛盾を発見》
彼らの持つカメラが、俺たちを捉えようとしている。
俺は深呼吸し、震える手をポケットに隠したまま、静かに語りかけた。
「その設定、フレームレート:ゼロ」
瞬間、警備員の持つ全ての端末の画面が、静止画となってフリーズした。
「どうした!? 映像が止まったぞ!」
「システムエラーか? バグだ、バグが発生した!」
彼らは混乱している。俺は「消去」や「無効化」といった危険な改竄ではなく、最も単純な「動作停止」というバグを世界に仕込んだのだ。この一時的なフリーズは、すぐに復旧するだろう。
「今のうちだ、ヒカリ!」
俺はヒカリを連れ、警備員たちの真横をすり抜けた。
倉庫街を抜けた俺たちは、光の溢れる大通りに出た。ヒカリは、初めて掴んだ俺の手を離さない。
「あんたは……ほんとにバグ・エディターなんだべ。世界のルールを、書き換えちまう……」
彼女の言葉に、俺は立ち止まった。
「俺の力は不完全だ。いつか、俺自身が世界最大のバグとして、全てを消してしまうかもしれない」
「だども……」ヒカリは俺のパーカーの袖を掴み、初めて力強い目を向けた。「おらは、あんたのおかげで、世界から消されねぇで済んだ。あんたは、おらをいるって言ってくれた、初めての、だれがだべ」
俺の胸の奥で、冷え切っていたはずの何かが、微かに熱を持つのを感じた。不完全なバグである俺が、初めて誰かの「物語」を救済した。
俺は、自分の力の恐ろしさから目を逸らしながらも、この少女の存在だけは、世界で最も確かな「真実」として受け止めるしかなかった。この世界の矛盾に満ちた「物語」を書き換え続ける旅は、今、俺とヒカリという、二つのバグの共犯関係として始まったのだ。
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