田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに、竜王が胃薬借りに通い詰めだした〜

月神世一

第1話

転生農家と虹色の漬物石

​ 俺の人生は、蛍光灯の白い光と、キーボードを叩く乾いた音の中で終わった。

 享年28歳。死因、過労死。

 ブラック企業での連勤40日目の朝、心臓がストライキを起こしたのだ。

​ ――もう、疲れた。

 もし次があるなら、誰もいない静かな場所で、土いじりでもして暮らしたい。

 上司の怒鳴り声も、納期に追われるプレッシャーもない場所で。

​ そんな俺の最期の願いを、どこかの誰かが聞いていたらしい。

​「――はい、その願い、採用~!」

​ 目が覚めると、そこは真っ白な空間だった。

 目の前には、ジャージ姿でポテチを食べている金髪の美女が胡座をかいていた。女神ルチアナと名乗る彼女は、指についた海苔を舐めとりながら言った。

​「君、可哀想な死に方したからね。特別に異世界『マンルシア大陸』にご招待。君の希望通り、人の来ないド田舎の土地と、農家に便利なスキルをあげるわ」

​「はぁ……ありがとうございます。その、スキルっていうのは?」

​「【絶対飼育】よ」

​ ルチアナはニカッと笑った。

​「君が育てた生き物は、絶対に病気にならないし、懐くし、その種族としての『限界』までスクスク育つわ。トマトも牛も、何でもござれの農業最強スキルよ」

​「それはいいですね。地味で助かります」

​「うんうん、地味だよねぇ(・∀・)ニヤニヤ。じゃ、行ってらっしゃーい!」

​ 足元の床が抜け、俺は真っ逆さまに落ちていった。

 最後に「あ、言い忘れたけど、そこ『魔境』の近くだから気をつけてね~!」という声が聞こえた気がしたが、風切り音にかき消された。

​ †

​ 気がつくと、俺は荒野のど真ん中に立っていた。

 目の前には、女神特典のボロい小屋が一軒と、錆びた鍬(くわ)が一本。

 見渡す限り、岩と雑草だらけの荒れ地だ。遠くには鬱蒼とした森が見える。

​「……最高だ」

​ 俺は深く深呼吸をした。

 排気ガスの匂いもしない。電話のベルも鳴らない。

 ここにあるのは、ただ広大な大地と、自由だけだ。

​「よし、やるか!」

​ 俺は鍬を手に取ると、さっそく開墾を始めた。

 元々体力には自信がないが、異世界補正のおかげか、体が軽い。ザクッ、ザクッと土を掘り返し、石を取り除く作業ですら、今の俺には極上のエンターテインメントだった。

​「お、なんだこれ?」

​ 作業開始から数時間。鍬の先が「カキンッ」と硬いものに当たった。

 掘り出してみると、それは直径30センチほどの楕円形の石だった。

 ただの石ではない。表面が虹色に輝いており、見る角度によって色がゆらゆらと変わる。

​「綺麗な石だなあ……」

​ 俺は袖で土を拭き取った。

 宝石の原石だろうか? 換金すればいい値段になるかもしれないが、今の俺には街まで行く足もない。

​「ま、重さもちょうどいいし、漬物石にでもするか」

​ 俺はとりあえず、その虹色の石を小屋に持ち帰ることにした。

 女神がくれた『無限に出てくる水瓶』の水と、種芋だけの質素な夕食を終え、俺は泥のように眠った。

​ †

​ その夜、奇妙な音で目が覚めた。

​ パキッ……ピキキッ……

​ 小屋の隅に置いていた「漬物石」から音がする。

 月明かりの中、虹色の石に亀裂が走っていた。石自体が、ドクン、ドクンと脈打つように淡い光を放っている。

​「え、石じゃなくて卵だったのか!?」

​ 俺が慌てて近づいた瞬間だった。

 カッ! と部屋全体がまばゆい光に包まれた。

 同時に、腹の底に響くような、重低音の振動が小屋を揺らす。

​『――――――』

​ 声なき声。

 だが、それは明らかにこの世の生物ではない「王」の誕生を告げる波動だった。

​ 光が収まると、そこには一匹のトカゲがいた。

 全身が夜空のような漆黒で、背中には虹色に輝く結晶のような小さな突起がある。

 つぶらな瞳は金色で、その奥には星雲のような渦が巻いているように見えた。

​「……トカゲ?」

​ 俺がおそるおそる指を差し出すと、トカゲは「きゅる」と喉を鳴らし、俺の指をぺろりと舐めた。

 その瞬間、俺の体の中に温かい力が流れ込んでくる感覚があった。

 

 ピローン

 脳内でファンファーレが鳴る。

​ 【スキル『絶対飼育』が対象を認識しました。対象:??? 状態:服従・親愛】

​「お、スキル発動か。よしよし、いい子だ」

​ 俺が顎の下を撫でてやると、トカゲは気持ちよさそうに目を細めた。

 見た目はちょっと変わっているが、生まれたてで親だと思ってくれているのだろう。可愛いもんだ。

​「お前も家族だな。名前は……そうだな、『ポチ』でいいか」

​「きゅぅ!」

​ ポチは気に入ったのか、嬉しそうに尻尾を振った。

 俺は手元にあったトマトを一つ差し出した。ポチはそれを一口で丸呑みすると、満足げに俺の布団の上で丸まった。

​「おやすみ、ポチ」

​ 俺は新しい家族のぬくもりを感じながら、再び眠りについた。

 平和な田舎暮らしの第一歩だ。明日も畑仕事を頑張ろう。

​ ――この時の俺は、まだ知らなかった。

​ ポチが産声を上げたその一瞬。

 マンルシア大陸全土の魔物たちが、恐怖のあまり失禁し、泡を吹いて気絶したことを。

 遠く離れたルミナス帝国の宮廷魔導師たちが、「世界規模の時空震」を観測して大パニックに陥っていることを。

​ 俺が拾ったのは、漬物石でもトカゲでもない。

 神話の時代に世界を一度「無」に帰したとされる、全ての魔獣の頂点――『始祖竜』だったということを。

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