第3話 遅れて微笑む聖女
その日、俺の家にはセコと真衣が遊びに来ていた。
セコが一人、コンビニに行っている間、俺とににと真衣の三人は、平和すぎる午後を満喫していた――まさか嵐の前の静けさだとは知らずに。
突然、宗方家のリビングにチャイムが鳴り響いた。
「誰だろ……」俺は立ち上がる。
ににが先にインターホンのモニターを覗き込んだ。
画面に映ったのは、見覚えのある女の顔。
ににの表情が一瞬で強張り、肩が震える。
「……兄貴……あれ……」
にには言葉を詰まらせ、俺の背に隠れた。
モニターに映っていたのは確か……昔、育児放棄して家を出ていったはずのににの実母。
俺が通話ボタンを押すと、女は冷たい声で言った。
「ごめんください……お宅の
突然の要求に場が凍りつく。
にには怯え、再び俺の背に隠れる。小さな声で「お兄ちゃん、私を捨てないでよ……」と、いつもの俺にたいする男言葉を捨て、震えながら訴える。
――俺は即座に答えた。
「当たり前だろ。お前はもう俺の妹だ」
俺が必死にににをなだめていると、真衣がそっと近づいてきた。
「タダシくん、私が“ににちゃんはいません”って言ってくるから」
「……いや、待てよ真衣」
真衣が出たら、余計ややこしくなる。
俺はそれが心配でたまらない。
怯えるににのそばにいてあげたい気持ちを飲み込みつつ、俺も玄関へ追いかける。
玄関先。実母は冷たい目で真衣に視線を向け、問いかけた。
「……あなた、誰?」
真衣が一歩前に出て、真剣な顔で答えた。
「”一ノ瀬真衣”の“ににちゃんの友人”です!」
(まさかの“名前”と“交友関係”が逆!?
もはや“真衣本人”ですら無くなってるだろ)
俺は心の中でツッコむ。
「あの、にに……ちゃんのお母さんですよね?」と俺。
「ふん、あなた達に何の関係があるの?」
「ににちゃんに聞きました。怯えてましたよ。なんでににちゃんに辛くあたるんですか?」と真衣。
「あなた達には関係無いでしょ!邪魔したわね」
「あ、ちょっと……!」
俺が声をかける間もなく、実母は踵を返して立ち去ろうとした。
真衣が必死に呼び止める。
「逃げるんですか?ににちゃんへのAVは立派な犯罪ですよ!」
(真衣、言いたいことはわかるが、そこはDVな。ににの年齢的にAVが犯罪なのは間違っちゃいないけども……)
ににの実母が立ち去った後、俺と真衣はリビングに戻る。
にには涙をこぼしながら「お兄ちゃん、私……捨てられるのが怖いよ」と呟く。
――胸が締め付けられる。俺はその肩を抱きしめ、力強く答えた。
「大丈夫、俺が守る」
*
数日後。宗方家に再び訪れた実母は、暴力的な愛人男を連れていた。
玄関先でににを取り返そうと強引に迫る。
その姿ににには怯え、再び俺の背に隠れる。
あの時セコは不在だった。だが、事情を話したとき、あいつは「大丈夫。私に考えがあるから」と宣言していた。
セコは家の裏口から「買い出しに行ってくる」と言い残し、たった今出て行ったが――何か策でもあるのだろうか?
また、とんでもないことを考えているに違いないが。
だけど、今だけは……そんなあいつが頼もしい。
秋の夕暮れ、宗方家の空気は張り詰めていた。次の瞬間に訪れる嵐を予感させながら――。
つづく
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