第2話 妹の未来に口を挟むのは、兄として当然の権利――破滅など許すものか

 アリステラの部屋の扉をノックすると、

 中から慌ただしく紙の擦れる音がした。


「だ、誰……?」

「俺だ。開けろ。」


 わずかな沈黙ののち、鍵が震え、扉が開かれる。

 妹は怯えた顔で俺を見上げていた。

 金糸のように輝く髪が揺れ、真紅の瞳がかすかに揺れている。


「お、お兄様……いきなりどうしたのですか……?」

「質問に答えろ、アリステラ。」

「な、なにを……そんな威圧的に言わなくても……!」


 高慢な口調の裏で、目だけが落ち着きを失っている。

 やましいことがある者の典型的な反応だ。


「アルフレッドとの婚約。最近、何か問題があったか。」

「っ!? ど、どうして急にその名前を出すのですの!」


 反応が速すぎる。

 やはり、何かがあったのは間違いない。


「言え。」

「い、言うほどのことでは……!

 そもそもアルフレッド様は、わたくしのことが……っ」

「『好きらしい』と他人から聞いただけで、あの軟弱者を信用していたのか。」

「なっ……! わたくしの見る目を侮辱する気ですの!?

 アルフレッド様は誠実ですわ!」

「誠実な男が、妹に対する態度を急に変えるか?」

「…………え?」


 アリステラの瞳が微かに揺れる。

 図星か。


「最近、避けられているだろう。

 呼びかけても返事が遅い。

 視線を逸らされる。

 お前が話していると、侍女たちも妙に気まずそうな顔をしている。」

「ど、どうしてそれを……!」

「見ていればわかる。」

「……っ」


 アリステラは唇を噛み、ドレスの裾をきつく握りしめた。

 怒りと不安に震える様子は、本人の自覚以上に可愛らしい。

 ――だが、情に流す気はない。


「理由は?」

「……知りませんわよ。

 急に距離を置かれただけで……!

 わたくしが何かしたと言いたいの!?」

「したからだ。」

「っっ!?!? な、なな何を言って……!」

「お前、ヴァルドネス商会を嗅ぎ回ったな?」


 アリステラの肩が、はっきりと跳ねた。

 もはや確信である。


「しょ、商会の不正を調べるのは貴族として当然ですわ!

 それが、アルフレッド様に避けられる理由だなんて――」

「無知だな。

 お前のやり方では、陰湿な嫌がらせにしか見えん。」

「な、なんですって……!」

「証拠の扱いも雑。

 周囲への根回しも杜撰。

 何より――お前が動くことで一番困るのは……」

 俺は歩み寄り、妹の顎をそっと上向かせた。

「――お前自身だ。」


「……っ」

 アリステラは完全に言葉を失う。

 怒り、悔しさ、不安、羞恥――そして、兄への依存。

 すべてが、その瞳に滲んでいた。


「アルフレッドは、お前の行為そのものではなく、

 周囲の噂に耐えられなくなっている。」

「噂……?」

「お前が商会を潰そうとしている。

 婚約者として危険視されている。

 気性が激しく、関わりたくない。

 ――そういった話が、すでに王都に広まり始めている。」

「う、嘘……! そんな……!」

「嘘なら、どれほど良かったか。」

「ど、どうすれば……!」


 ついに泣き出しそうな声になった。

 だが俺は、抱き寄せたり慰めたりはしない。

 その必要がない。


 アリステラは、甘やかすほどに愚かになる。

 だからこそ、冷徹に告げる。


「まず――二度と勝手な善意も悪事もするな。」

「わ、わたくしは善意で……!」

「善意ほど危ういものはない。

 お前のそれは、特に質が悪い。」

「ひ、酷いっ……!」

「事実だ。」


 アリステラは涙を浮かべながら俺を睨みつける。

 その表情すら――愛らしい。


「今後、お前の行動はすべて――」

 俺はゆっくりと妹の手を取った。

「――俺の許可を得てからにしろ。」

「…………っ」


 アリステラは息を呑み、

 そのまま、力なく頷いた。


「……はい……お兄様……」

 完璧だ。


 妹を守る最善の手段は、

 妹に自由を与えないことだ。


 自由にさせた結果が、破滅なら。

 俺は、何度でも奪ってやる。

 それがたとえ、「悪役」のやり方だとしても。

 構わない。俺が選んだ道だ。

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