落雷受けて転生したら間違って色々スキルもらっちゃいました
坂乃井 海
第1話
プロローグ
夢みたいな日々をずっと思い描いていた。
そうならない事、そんな奇跡は起こらないんだと頭ではわかっていた。
けれど、心の片隅ではそんな微かな希望を捨てきれずに、いつか、こんなつまらない世界から解放されるんじゃないかって思ってた。
石原優生<いしはらゆうせい>の人生は、とても平凡だった。
最初から最後まで。
小学校の頃から特に目立つ方ではなかった。目立ちもせず、だからと言ってクラスで浮いている訳ではない。
クラスメイトに聞けば、「ああ、そんな奴いたかも」という程度の存在だった。
中学生になって成長期の度を越えてトーテムポールのように伸びた身長で、様々な運動部から勧誘を受けたが、迷って入部したバスケ部でも特に目立った成績は残せず、ベンチにはいるが試合に出ることはない、結局応援だけで試合を終えるような、そんな存在だった。
高校生になっても、奨学金で入った大学でも、その程度の存在は変わらなかった。
そんな平々凡々な彼は、採用通知が届いた会社に何となく入社して、社会人とは忙しいものなんだなと疑問に思うこともなく日々を過ごしていた。
もし、彼に語り合う友人の1人でもいたら、どれだけブラックな企業に入ってしまったのか気付けたかもしれない。
ただ起きて、満員電車に無理やりその無駄に背の高い躯体を捻じ込ませて、会社に着いたらもう付けるところがないくらい付箋で縁取られたパソコンに電源をつけ、ただひたすらに付箋に書かれたタスクをこなしていく。
1つタスクを片付けるたびにまた新たなタスクが追加されるおかげで、彼のパソコンの縁は常にカラフルだった。そんなループを当たり前だと、不満という言葉も疾うに失われて、気付けば終電の時間。
ただ、そんな毎日だった。
家に帰ってコンビニで買った、売れ残りの割引のシールが貼られたお弁当を食べては、シャワーで身体を流しベッドに入る。
ベッドに入るのはいつもだいたい1時過ぎ。4時間程度の睡眠をとったら、また同じ毎日が始まる。
彼の唯一の楽しみは、ベッドで横になりながら携帯で読む漫画だ。
ただそれも、惰性で読んでいるような、眠りにつくまでの単なる繋ぎだった。
この世界ではない、自分とは違う世界で起きている物語を読み、少しでも夢の中でその世界に浸れたら良いなと思っていた。・・・思えば彼は軽い中二病だったのかもしれない。
「あー、最悪だ。」
そんな彼にも感情はある。
終電を逃した上に、天気予報が大いにはずれ雷雨という事態に不快さを覚えるくらいには感情がある。
幸いなことに、目の間にはコンビニ。
誘電を逃してしまったが、歩いて帰れないこともない。1時間はかかるが。
華の金曜日という言葉は似合わない今日だが、明日は仕事も休みだ。しかも月曜日は祝日で三連休だ。・・・特にこれと言った予定はないが。
デスクワークばかりの運動不足な自分には、1時間のウォーキングはちょうど良いのかもしれない。
仕事に忙殺されて感情の起伏が少なくなった彼は、妙なところで前向きだ。これも忙しすぎて頭が回っていないということなのだろうか。
草臥れたビジネスバックを傘代わりに、目の前のコンビニまで走った。
予報外れの雷雨のせいで、50m程度の距離でだいぶ濡れてしまった。そして予防外れの雷雨のせいで、コンビニの傘は売り切れ寸前だった。
1本だけ、コンビニ傘にしては少し値が張るビニール傘が残っていた。
「・・・まぁ仕方ないか。」
次からは会社に傘を置いておこうと思いながら、彼は少し値が張るビニール傘を買って、コンビニを後にした。
雷雨の中、終電過ぎの夜中、外を歩く人はほぼ皆無だ。
少し値が張った傘は大きく、雷雨の中で人より背の高い彼の身体を守ってくれた。
「・・・腹減ったなぁ。弁当なんか残ってるかなぁ。」
これから1時間、彼は歩いて帰る。
しかし彼にとってはどうでもいい。お腹が空いて、自宅近くのコンビニに弁当が残っているかどうかが心配だ。
「・・・三連休かぁ、何しようかなぁ・・・」
近くで雷の音がしようとも、彼には気にならない。
ぱしゃり、ぱしゃりと彼の力ない歩く音と、ゴロゴロと鳴る雷の音、しばらくは止みそうにないビニール傘を叩く激しい雨の音だけが、いま彼の空間を包んでいた。
ピカッと光った後、すぐに雷鳴が聞こえた。
「雷近・・・」
ぱしゃり。
ピカッと光っては、雷鳴。
ぱしゃり、ぱしゃり。
ピカッと光っては、雷鳴。
ぱしゃり、ぱしゃり。
彼は気にも留めずに、頭の中は自宅近くのコンビニにどんな弁当が残っているか、それだけで、自宅までの道のりを歩いていた。
ピカッと光っては、雷鳴。
しかし次の瞬間。
光と雷鳴が同時、彼が持つビニール傘の先端に、
「!!」
彼に雷が落ちた。
痛い!!熱い!!何だこれ!何が起きた?
雷鳴が轟く豪雨の中、膝から崩れ落ち水溜りに彼は倒れた。
顔の半分が水溜りに浸かるなか、彼は何も考えられずに意識が遠のいていった。
こうして、石原優生の人生は、誰にも気付かれることなく夜中の道端で、幕を閉じた。
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