第2話 モンスターと、交渉


「ふえぇ~~っ! だれか、だれかいませぬか~~っ!!!」


 少女、甘粕あまかすメレは走っていた。

 メレの後ろに尾けるのは、LV.XXXのスライム。


 現実世界のパラメーターが反映される『GLORY DAYS』において、メレの素早さはS。

 中学校の頃の陸上部だった経験が生きているらしく、メレは既に1時間以上スライムから逃げ回っていた。


 メレが最初に飛ばされた場所は、どこかの山麓。

 固有のスキルで何体も敵を倒し――そして初めて出てきた倒せない敵。

 相対したとき、メレは負けることよりも逃げることを選んだ。


 選んで、追われて、選んで、追われて――今。


「なぁんでこのスライム、タゲ外してくれないんでござるかぁ!?」

「ぷるるるぅ(スライムの血気盛んな鬨の声)!」


 山から離れ、森に突っ込み、方向感覚を見失いながら、日が暮れて視界が悪い中も無理やり木々を突っ切り、時にはなぎ倒し――やがて視界が開けて。


 満点の夜空の下。

 そこに、普通の。

 ごくごく普通の少女を一人、見つけた。


「うわぁ~~っ!!! “ヒト”だ!!!」

「うわわわわっ!!! ひ、ヒトですが!?!?」


 危うく正面衝突しそうなところで、メレは静止し。

 そこで初めて――メレはプレイヤーと出会った。



 †


 ヒトがいた!

 私――汐音以外にも!


 そんな喜びもひとしお。

 どうやら目の前の女の子は焦っているみたいだ。


 どこかへ急いでいる? それとも状態異常?

 色々な可能性が頭を過って――それから数秒後、スライムが草葉の陰から登場した。


「あ、あのっ……助けてほしいのですがっ! わ、拙者はあのスライムに襲われておりまして……」


 あわわわわと慌てる少女を見て、私の中の交渉スキルが発動する。

 ピキリンと音を立てて、交渉準備が始まる。


 ・見返りとしてレアドロップを交渉する

 ・見返りとして金銭を交渉する

 ・見返りとして情報をせしめる


 それ以外にも、相手の現在公開されている情報からどれだけの価値をぶん取れるかの情報とか、この交渉をする/しないのメリットデメリットとか――ウインドウに色々な情報が出てくる。

 これが【交渉スキル】の真の力――と理解するとともに、私は一気にウインドウを取っ払う。

 ここまで、悩まずコンマ一秒以下。


「おけ! 私に任せて!!」


 少女を自分の後ろに隠して、スライムと相対する。

 “交渉”のターゲットをスライムに変更。


「まずはスライムさん――あなたのことを教えて!」


 私がスライムにそう要求すると、スライムのステータスの『XXX』と伏せられていた部分が剥がれていく。


【従属スライム LV:100】

 『女神:クレストリアによって遣わされた特殊なスライム。異世界から喚び出したプレイヤーを、始まりの町〈ノースウィング〉に向かわせるために生み出された。

 召喚された各プレイヤーに対して1体ずつ配属されている。


 スキル:女神の加護:プレイヤーからのダメージを受けない

 攻撃力:9999999

 防御力:9999999 

 経験値:〈女神生成モンスターのため無〉

 スキルポイント:9999999』


 あまりにも分かりやすい、ゲーム序盤の負けイベントのボスだ。

 絶対に勝てないと踏んでスキルポイントをMAXまで配分してある。


 従属スライムのステータスを見て、私は確信する。

 これくらいのレベルがあれば、スライムとも“交渉”が可能だ。


「『従属スライム』、君はこの子を倒して〈ノースウイング〉? って街にリスポーンさせたい……合ってる?」


 相手の対応次第ではこちらも応戦する羽目になる。

 だけど、応戦できるようなパワーは私にはない。

 今までの敵モンスターは、“交渉”できるモンスターとできないモンスターがいた。


 レベルが低く、言語を理解できないモンスターは交渉の俎上に立つことすらできず、私の言葉を鵜呑みにしてやられていく。

 交渉できるモンスターも同様に『話し合って』解決することが可能だが――“交渉”することによってそれ以上の対価を手に入れることができるっぽい。


 しばらく動かなかった従属スライムは、ぴちょん、と縦に伸びて、それから元の姿に戻った。

 これは――“Yes”ってこと……?


「私たちは、今からその〈ノースウイング〉に向かうよ。だから、場所さえ教えてくれれば自力で行くよ。そしたら、私は君と敵対せずに済む」


 スライムに向かって、淡々と述べる。


「だけど、君が私たちに襲い掛かるっていうなら――私たちは君を倒して、別の町に行くことにする」


 相手のレベルは100。一方で私のレベルは3。

 実力は天地ほどの差がある。

 どう出るか――。


 スライムは大きく横に伸びて。


 私を狙って踏みつぶし攻撃を仕掛けてきた。


「あー、やっぱダメか~」

「無理でござるよ! スライムと対話なんてできるわけないでござる!」


 後ろにいる女の子は、走り疲れて息を整えている。


「じゃあいいや――“従属スライム”は倒れて、その分のスキルポイントをちょーだい。そっちの方が、“この世界を救う”のに都合いいよね?」


 スライムの動きが固まって――ぴちゅん、と弾けた。


「ど……どういうことでござるか? 何が起きたんですぞ!?」

「どう、って……っていうか、その……」


 色々なことが同時に発生してわけがわからなくなっている少女に、私はまず。


「その口調、なに?」


 一番気になることから聞いてみた。

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