ゲームの世界から戻れなくなった私、『交渉スキル』を使って自由気ままに楽しみます!~クリアされたら現実世界に強制送還されそうなので、ついでにゲームクリアを阻止します!~

一木連理

第1話 ゲームの世界から帰れなくなりました!

「あーもう! 人生なーんもうまくいかない!」


 私――琴吹汐音ことぶき しおねは、ベッドの上でジタバタしている。

 ……ジタバタ、している!


 ――うん、わかってる。

 うまくいかない、その原因は――帰ってきた中間テストの結果が死ぬほど悪かったからで、どうして死ぬほど悪かったかといえば、勉強をしていないからだ。


「うぐぅ~~、やりたくなさすぎる……勉強」


 それでも華の女子高生な(少なくとも世間的にはそう呼ばれていることは知っている)ので、恋に遊びにこう……花を咲かせたいものだが。


 目の前にある“課題”が終わらなさすぎるッッ……!

 赤点を取ってしまった“罰”としての“罪(課題)”が机の上に乱立しており。


 ――そんな現実から目を背けるべく、私、琴吹汐音はベッドの上でジタバタしていた。



 ベッドの上で仰向けになっていると、色々なや(・)なことが頭を過(よぎ)る。

 勉強だけじゃない、友人関係も、んでもって家族仲だってあんまりうまくいってない。


 いやまぁ……わかってるんですけどね! 逃げてる私が悪いって!!

 でも、立ち向かいたくないものはいっぱいあるんですよ……トホホ。



「でもまぁ、いっちょやったりますか!」


 掛け声とともに、ベッドから文字通り飛び上がって――私は部屋に届いていた一つの箱に手を付ける。

 当然課題の類でないそれは――VRキット同梱の“グローリィデイズ”と書かれたゲームソフト、まぁざっくり言えばMMORPG。

 テストの終わるタイミングと発売時期が同じだったため、たまりにたまったストレスの結果後先も考えずに購入してしまった。


 専用のキット……と言っていいのかわからないゴツめの機械を頭に装着し、いざ――ゲームスタートっ!!

 人生初めての、MMORPGだっ!!!



 MMORPG――“GLORY DAYS”。

 人類が想像しうるすべてがこのゲームの中にある――そう謳われたオープンワールドのMMO。

 魔法のあるファンタジーの世界で、世界各地のダンジョンを攻略しプレイヤー全員で“攻略”を目指そう、という内容だ。


 そして、このゲーム“GD”が画期的なのは――実際のプレイヤーの特徴を掴んで、勝手に自分のキャラクターの性能が決められるところ。

 “新しい人生を踏み出そう“というキャッチもつけられているくらいだ。


 ですが!

 このゲーム“GLORY DAYS”はなんでもできるゲーム、らしいです。

 一応“攻略”みたいな感じでイベントがあるらしいけど、そういうのにはまったく、まーーったく興味なし!


 この世界でやりたいのは……のんびりほのぼのとしたスローライフ!

 忙しない現実ではあまりできないのんびりとした生活を送るために、このゲームを購入しました。



 ――そんな“GLORY DAYS”に、私は今、ログインし!!



 自然の、湿った土のにおいがする。

 背中にはごつごつとした触感があり、まるで本物の土の上に寝ているみたいだ。


「ん……ここが、ゲームの中?」


 つい口に出してしまったけど……本当に、本物みたいだ。

 地面をそっとなぞると、指の腹に土がついて……顔をふと上げると、青い空の下に木々が生い茂っている。

 パン、と顔をたたくと、ちゃんと痛い。


「最新のゲームってすごー……」


 少しばかりぼけっとしてから、視界の端に見えるボタンを操作してステータスを開く。

 そこには、現実の私――琴吹汐音から持ってきたであろうステータスが並んでいた。


【攻撃力:F】

【防御力:F】

【体力:D】

【俊敏:C】

【運:F】

【筋力:E】

【察知能力:F】


 色々、あまりにも低すぎるステータスを見て、私は確信した。

 はっはーん、これまた何かのドッキリですね? ――と。

 靴隠しドッキリとか、教科書なくなってたドッキリとか、しょーもな写真撮られドッキリとか、まぁ慣れたもんですよ!

 ……いや、何度やられても慣れることなんてないんですけど。


 あっはっは……。


 はははっ……(空笑い)。


「――って、何なんだこのステータスはよぉっ!!!」


 めったにしないノリ突っ込みまでかまして、私はこのステータスをじっくり見直す。

 多分大事だろう攻撃力と防御力が(多分)最低値のF。

 それ以外のステータスも軒並み下ブレている。


 というか私、とんでもねぇカスキャラクターの可能性があるな……?


 ま、まぁ……私がやりたいのはのんびりほのぼのスローライフですし?

 モンスターと戦うとか? そういう野蛮な行為はあんまり興味ないので?

 そんなことを内心思いつつ、スクロールを続けると。


【炎属性魔法適正:D】

【氷属性魔法適正:F】

【雷属性魔法適正:E】

 ……

【毒属性魔法適正:A】


 ああそうですか、みたいな項目がやたら高かったり。


【学力:E】


 うるさいな、みたいな項目があったりなどした。


 ……どうやら、このゲームが現実のプレイヤーからキャラクターをデザインしているというのは間違いなさそうだ。

 とはいえ、ゲームキャラクターになった私は、現実のそれよりよっぽどまともに、というか可愛く見える。それだけが救いだ。


 そして、そんなステータス一覧の中で目を惹いたのが――。


【交渉スキル:S】


 ……交渉スキル、か。


 現状攻撃も防御もできない私のステータスの中で、最も高い評価が出ていたのが、交渉スキルだった。

 交渉……なんらかの決め事をするときに、有利に運べる、みたいな?


 確かに、何にもないよりマシだけどさぁ……。

 この運営、こういうびみょいスキルを高ランクで付与することでクレーム対策してんな(毒属性魔法適正Aランク)。


 他のステータスにも目を通したが、目ぼしいものはこれくらいだった。

 第二の人生、転生してもこれですか、っと……。



 この世界はどうやら限りなく現実に近いゲーム世界だった。

 スライムをはじめとしたモンスターの姿を確認し、その辺の雑草を拾ってみるとアイテムダイアログが出てきて説明をしてくれる。

 装備がない状況ではスライムを倒すのにも精いっぱい(何とか倒した)だし、そこらで拾える薬草には何の価値もない(Fランクの薬草)ものだった。


 結局、現状できることはハイドアンドシーク。隠れて敵をやり過ごすことだけ。

 ただ、生まれて初めてプレイする仮想現実ゲームはとても面白く――。


「変なモンスターに知らん草、これ楽しすぎワロタ」


 疲れ果てた私は、草むらの上に仰向けになって独り言をつぶやく始末だった。

 少なくとも、滅入るような現実よりはよっぽど楽しい。

 もしここが現実なら、勉強なんてしなくてもいいし、学校にだって行かなくてもいい。

 嫌なことは、今のところなんにもない。


 ……もう少しだけスペックが高かったら、って思わないこともないけど。


 ひゅうと風が吹く。

 もうすぐ夜が訪れることが直感的にわかる、冷たさを孕んだ夕暮れの風だ。


 隣には――少しだけ色の違うスライム。

 多分、今までの敵よりも強い……ステータスは「LV.XXX」と伏せられていた。


「もう今日は戦闘は疲れたよ……勝手に倒れたことになって経験値だけもらえないかなぁ――なんて」


 ぴちゅん。


 ははっ、と笑う前に。

 水の弾けるような、そんな音がした。


 たった一つ、ダイアログには。

『XXXスライムとの“交渉”成功。経験値を譲渡……』

 以下、詳細な経験値が書かれており。


「……はぁ?」


 目の前にいたはずのスライムは弾け飛んで、肩のあたりが飛沫で少しだけ濡れる。


『モンスターに勝利! スキルポイントを獲得! 初級炎魔法を獲得できるようになりました! 初級氷魔法を獲得できるようになりました! ……』


 ダイアログが押し出されるように自動で流れ、私はついていけないまま文字の羅列を眺めていた。



 ――整理しよう。

 攻撃力、防御力、その他もろもろの、ゲームを快適に遊ぶためのステータスが何一つまともに育っていない私は、普通に戦ってもスライム一体すらまともに倒せない。

 だが、今――謎の強そうなスライムを一撃で屠ってしまった。



「お前なのか……“交渉”スキル……?」


 わなわなと震えながら、ステータス画面を開く。

 そこには、燦燦と輝く【交渉スキル:S】とある。


 今の現象は――スライムと“交渉”して、勝利を手に入れた、と考えるのが正しい……のか?


「わからないなら……もう一度戦えばいい、はずっ!」



 ――結果。

 スライム5匹。ゴブリン3匹。シューティングベアー(レアモンスター!)1匹。

 合計9匹のモンスターと交渉することに成功した。


「『レアモンスターを連れてきて』ってのもアリなのか……」


 わかってきたのは、どうやらキャラクター毎にそれぞれパラメーターが付与されているらしいということ。

 交渉スキルが上回っている方が、ディールを有利に進めることができる。

 そこに大きな差があれば、一方的に相手を打ち負かすこともできるし、レアアイテムをカツアゲ……手に入れることもできる。


 シューティングベアーから手に入れた、おそらくドロップ率の非常に低い弓矢(遠くのものにとてもよく当たる)を装備した。

 今の私は内実の伴っていない、まるで王族からいい装備品だけを渡された勇者みたいな恰好をしているに違いない。

 でもまぁ、よく当たるんだ、これが。


 そんなこんなでゲームを満喫、というかやっとゲームを理解し始めたタイミングで――全体ダイアログに更新が入った。


『みんな――“GLORY DAYS”の世界に来てくれてありがとう!』


 時刻は二十時ちょうど。

 発売日当日の二十時、といえばちょうどサーバーが賑わう時間帯だ。

 チュートリアルが終わった人も多く、ゲーム運営側も全体アナウンスをするのに相応しいと踏んだんだろう。


『みんなをこの町に強制送還して、本当にごめん! 喚びこんだ私、この世界を司る女神から伝えたいことがあるの!』


「……強制送還?」


 平原に座り込みながら、私は一人でログを読んでいる。

 何のことだかいまいち理解できない。


『みんなには――この世界“GLORY DAYS”を救ってほしいの!』


 自称“女神”が言うログを要約すると、つまりはこういうストーリーらしい。

 この世界“GLORY DAYS”には魔王が復活しており、世界を滅亡させるべく配下を送り込んでいるらしい。この世界が真に平和になる瞬間がゲームクリアだと。

 そのために、プレイヤーは魔王の配下、ひいては魔王を攻略し、この世界を平和にしてくれ――というのが、女神の説明だった。

 パッケージ通りの設定。特に捻りのない世界観だ。


『だから、この世界とみんながいる世界の【接続】を切らせてもらいました』


「【接続】……?」


『もう気付いている人はたくさんいると思うけど――このゲームには“ログアウト”ボタンはありません』


「ログアウトボタンが……ない?」


 ……確かに。

 どのステータスを見ても、現実世界っぽいものは見つからない。

 何なら音量や画面サイズの設定すらなかった。


 すべてが現実のようだったから気付きもしなかったが――これって。


「わたし、現実世界に」

『皆様は、現実世界に帰れない     ということです』

         「帰らなくてもいい――ってこと!?」


 ログと被るように、弾む声が出た。

 ゲームの世界に閉じ込められて出られなくなる。


 フィクションではよくある話だ。

 そんなことに、まさか自分が巻き込まれるなんて思いもしなかった。


 だけど実際にその状況に置かれてみれば――何よりも、喜びが勝っていた。

 現実のような課題もなければ、いやになるような人間関係だってこの世界には少なくとも存在しない。

 ゲームの世界にだけ求めていた、のんびりスローライフがこの先ずーっと続くってことだ!


 もしかしたら他のプレイヤーは今頃阿鼻叫喚なのかもしれない。

 だけど、私にとっては――わくわくする生活の最初の一日目だ!

  

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