第2話 王子、会社に行く
異世界の追手が迫っている——
そんな不穏な気配を残しつつも、翌朝の澪は容赦なく訪れた現実に直面していた。
「……遅刻する」
レオンは床に座り、澪のスマホをじっと見つめている。
「この“すまほ”とやら、夜通し光っておったが……魔力が強すぎぬか」
「ただの通知だよ。ていうか、王子、今日どうするの?」
「そなたの護衛を務める」
「いや、会社に護衛はいらないから」
*
澪はため息をつきつつ、クローゼットを開けた。
「とりあえず外を歩くなら、目立たない格好して」
「目立たぬ……ふむ。ではこれを借りる」
レオンが手に取ったのは、澪の父が置いていったままのスーツ。
金髪に黒のスーツは妙に似合ってしまい、澪は思わず見とれた。
「……なんか、普通にイケメンなんだよなぁ」
「何か申したか?」
「なんでもない!」
AI式部はすかさず囁く。
「澪殿、恋の自覚、芽生えつつありまする」
「黙っててAI式部」
*
通勤ラッシュの駅。
レオンは人の波に飲まれ、あっという間に押しつぶされた。
「む、無念……! この世界の民は、なぜ戦場のごとく押し寄せるのだ……!」
「戦場じゃないよ。みんな会社行くだけ」
「そなたの世界、過酷すぎる」
澪は笑いながらも、レオンの手をそっと引いた。
その瞬間、レオンの耳が赤く染まる。
「……澪。手が、温かいな」
「えっ、あ、いや、これは……迷子防止!」
AI式部はまた和歌を詠む。
「触れし手に 心の鼓動 乱れけり
恋の兆しは 人混みにあり」
「詠まなくていいから!」
*
澪の会社に着くと、同僚たちがざわついた。
「澪ちゃん、そのイケメン誰?」
「モデル? 俳優?」
「外資のCEOとか?」
レオンは堂々と胸を張る。
「異世界アルステリアの第一王子——」
「言わなくていいから!!」
澪が慌てて口を塞ぐと、レオンは目を丸くした。
「む……そなた、我を“守った”のか」
「いや、ただの火消しだから!」
だがレオンは嬉しそうに微笑んだ。
「澪は優しいな」
その笑顔に、澪の心臓は跳ねた。
*
昼休み。
澪がコンビニへ向かう途中、空気が一瞬だけ震えた。
「……え?」
ビルの影から、黒いローブの人物が現れる。
その手には異世界の紋章が刻まれた短杖。
「アルヴァン王子はどこだ」
澪の背筋が凍る。
その瞬間、レオンが彼女の前に立った。
「澪に指一本触れさせぬ」
スーツ姿の王子が、現代の街角で異世界の追手と対峙する——
あまりにも非日常な光景に、澪は息を呑んだ。
*
レオンは澪の手を取り、走り出す。
「澪、逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って、ヒールなんだけど!」
「ならば抱えて走る!」
「やめてぇぇぇ!」
AI式部は静かに告げる。
「恋と危機は、常に隣り合わせにございます」
澪の心は混乱しながらも、
レオンの手の温もりだけは、確かに感じていた。
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