第2話 王子、会社に行く

異世界の追手が迫っている——

そんな不穏な気配を残しつつも、翌朝の澪は容赦なく訪れた現実に直面していた。


「……遅刻する」


レオンは床に座り、澪のスマホをじっと見つめている。


「この“すまほ”とやら、夜通し光っておったが……魔力が強すぎぬか」


「ただの通知だよ。ていうか、王子、今日どうするの?」


「そなたの護衛を務める」


「いや、会社に護衛はいらないから」



澪はため息をつきつつ、クローゼットを開けた。


「とりあえず外を歩くなら、目立たない格好して」


「目立たぬ……ふむ。ではこれを借りる」


レオンが手に取ったのは、澪の父が置いていったままのスーツ。

金髪に黒のスーツは妙に似合ってしまい、澪は思わず見とれた。


「……なんか、普通にイケメンなんだよなぁ」


「何か申したか?」


「なんでもない!」


AI式部はすかさず囁く。


「澪殿、恋の自覚、芽生えつつありまする」


「黙っててAI式部」



通勤ラッシュの駅。

レオンは人の波に飲まれ、あっという間に押しつぶされた。


「む、無念……! この世界の民は、なぜ戦場のごとく押し寄せるのだ……!」


「戦場じゃないよ。みんな会社行くだけ」


「そなたの世界、過酷すぎる」


澪は笑いながらも、レオンの手をそっと引いた。

その瞬間、レオンの耳が赤く染まる。


「……澪。手が、温かいな」


「えっ、あ、いや、これは……迷子防止!」


AI式部はまた和歌を詠む。


 「触れし手に 心の鼓動 乱れけり

  恋の兆しは 人混みにあり」


「詠まなくていいから!」



澪の会社に着くと、同僚たちがざわついた。


「澪ちゃん、そのイケメン誰?」

「モデル? 俳優?」

「外資のCEOとか?」


レオンは堂々と胸を張る。


「異世界アルステリアの第一王子——」


「言わなくていいから!!」


澪が慌てて口を塞ぐと、レオンは目を丸くした。


「む……そなた、我を“守った”のか」


「いや、ただの火消しだから!」


だがレオンは嬉しそうに微笑んだ。


「澪は優しいな」


その笑顔に、澪の心臓は跳ねた。



昼休み。

澪がコンビニへ向かう途中、空気が一瞬だけ震えた。


「……え?」


ビルの影から、黒いローブの人物が現れる。

その手には異世界の紋章が刻まれた短杖。


「アルヴァン王子はどこだ」


澪の背筋が凍る。


その瞬間、レオンが彼女の前に立った。


「澪に指一本触れさせぬ」


スーツ姿の王子が、現代の街角で異世界の追手と対峙する——

あまりにも非日常な光景に、澪は息を呑んだ。



レオンは澪の手を取り、走り出す。


「澪、逃げるぞ!」


「ちょ、ちょっと待って、ヒールなんだけど!」


「ならば抱えて走る!」


「やめてぇぇぇ!」


AI式部は静かに告げる。


「恋と危機は、常に隣り合わせにございます」


澪の心は混乱しながらも、

レオンの手の温もりだけは、確かに感じていた。


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