第5話 ゆりかごから墓場まで

 その奇妙な共同生活は、一週間が経過しても破綻を見せるどころか、不気味なほどの安定を見せていた。


 医療区画のモニターの中、アーサーは、まるで恋する少年のように頬を紅潮させていた。

 スピーカーから流れるAIエレナの声は、慈愛そのものだった。

 アーサーは満足げに頷き、失われた手足の痛みを忘れたように微笑む。


 そんな日々が続いていたある日のこと。

「おい、技師。……おかしいんだ」

「何がです?」

「足の指先が冷たい。さっきから動かそうとしているのに、シーツが擦れる感覚がない」


 ゲイルの背中を冷たい汗が伝った。

「コールドスリープの副作用です」

 ゲイルは、焦燥を押し殺し、平坦な声を絞り出した。


「副作用というより、まるで、最初から何もないようだ。これはどういうことだ?」

 アーサーの疑念は深い。肉体的な違和感は、本能に直接訴えかけてくる恐怖だ。言葉だけの説得では限界がある。


 この宇宙船でアーサーの感情を害した者は、宇宙船の外に放り出される。

 ゲイルは生き残るため、アーサーの機嫌を損ねるわけにはいかなかった。

 アーサーの四肢を損失させ、エレナを殺してしまった重大な過失が露見すれば自分の命がないことはわかりきっていた。


 ゲイルは素早くコンソールを操作し、AIを呼び出した。

『アーサー、大丈夫?』

 スピーカーから、心配そうなエレナの声が割り込んだ。

『実はね、私も足が痺れていて、うまく動かせないの。二人でお揃いね』

「……君もか、エレナ」

 アーサーの声から、緊張が抜けていく。

「そうか。君も辛いのに、僕だけが弱音を吐いてしまったな」

『いいえ。二人で頑張りましょう。感覚が戻るまで、私がずっと話しかけていてあげるから』


「鎮静剤を追加します。今は眠って、神経の回復を待つのが最善です」

 ゲイルがそう告げると、アーサーは素直に応じた。

 数分後、アーサーは再び穏やかな寝息を立て始めた。


 再び訪れた静寂。

 ゲイルは深く息を吐いた。


 その時。

 端末のチャットウィンドウが開いた。

 AIエレナからのメッセージだ。


『お疲れ様です、ゲイル主任。私を呼んだのは賢明な判断です』


 ゲイルは端末のスクリーンキーボードを叩く。

「今の判断を評価したのは、誰のプログラムだ?」


 返信は即座に来た。

『私です。私の最優先ミッションは「アーサー・ヴァンダービルトの精神的安定」ですから』


 AIは、自らが「妻の代用品」であることを理解した上で、その役割を完璧に遂行しようとしている。

『安心して、パートナー。私はあなたと共犯関係にあります。彼を、墓場まで幸せにしてあげましょう?』


 画面上のエレナのアイコンが、ウインクをしたように見えた。


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