3
私はランベルトを憎んでいる。
どこの誰よりも、深く、長く━━
彼は、本当の私を知らない。そして、これから先も知ることはないだろう。
私の本当の名前は、ジャンナ。
ビーチェというのは、生まれ変わってからの名前だ。
私は侯爵家の三女として生まれ、かつては家族と共に、穏やかで幸福な日々を送っていた。
厳格なお父様は、いつも背筋を伸ばして歩き、物静かでありながらも、家族の中心にいる人だった。
お母様は、慈しみ深い人で、庭の花を見ては優しく微笑んでいたのが印象に残っている。
そして、二人のお姉様は明るく、時に意地悪をしてきて……。けれど、心から私を可愛がってくれていた。
どこにでもある普通の家庭。ありふれた小さな幸せ。
それが永遠に続くのだと、あの頃の私は思っていた。
けれど、運命はあまりにも残酷だった。
お父様は、第二王子であるエドアルド殿下を支持していた。
聡明でいて、努力を惜しまず、謙虚さを忘れないその人柄を見て、彼こそが王太子に相応しいと思ったのだそうだ。
けれど、当然それを、ランベルトの母方の家門は快く思わなかった。彼らは謀略を巡らせて、侯爵家が国家転覆を企てたことに仕立て上げたのだ。
だから、侯爵家は、その末端の家門に至るまで粛清されてしまった。
主犯とされたお父様は、官憲から拘束を受けると、無実の罪を着せられたまま処刑された。
そして、偽りの罪は、お母様とお姉様達をも巻き込んだ。お父様の刑が執行された翌日、彼女達は、見せしめのように吊るされて、命を落としたのだという。
そんな中で、私だけが生き残れたのは、同い年の乳母の子が、身代わりになってくれたからに他ならない。
誰よりも優しくて賢い私の友人は、私が一日でも長く生きることを願ってくれた。
「私がジャンナ。あんたは、どこかから入り込んだ乞食の子でしょ?」
私に向かってそう言った彼女は、私を無理やり引きずって、地下の物置部屋に閉じ込めた。足早に去っていく靴音とともに、微かに聞こえたすすり泣く声。
その後、彼女はジャンナとして連行されていき、お母様達とともに死んだ。
こうして、私は、侯爵家の人間の中で、ただ一人生き残った。
泣いて謝ることしかできない私を、乳母は責めなかった。それどころか、彼女の遠縁にあたる男爵家に、私を匿うようにと、お願いをしてくれたのだ。
優しい男爵夫妻は、厄介者である私を嫌な顔一つせずに引き取ってくれた。
初めて彼らに会った時、男爵は言った。
「私達は昔、侯爵様に助けられてね。彼の親切がなければ、私達はきっと、今、こうして暮らせなかった」
幼い私を見つめる瞳には、一点の曇りもなく、彼が誠実な人間であることを示していた。
それは、夫人も同じだった。彼女は私の手を取ると言った。
「侯爵様の望みはきっと、生き残ったあなたがこれからも健やかに生きることだと思うの……。だから、過去は忘れて、新しい人生を送るのよ」
私は頷いた。
生まれも名も捨て、ビーチェとして生きるほかなかったから。
でも、どれだけ時が経とうと、過去を忘れるということはできなかった。
まるでそれを許さないとでも言うかのように、毎夜、亡くなった家族と友人が、私の夢に現れたのだ。
首を晒されたお父様。
吊るされたお母様とお姉様。
そして、ジャンナとしてお母様の隣りで死んだあの子。
私を愛してくれた人達は、こんな形で最期を迎えたのだと思うと、悔しくてたまらなかった。
私から彼らを奪った者への憎悪は、日に日にじわじわと広がっていった。
そして、いつの間にか、それは、暗い願望へと変化していった。
━━必ず、あの者達に報いを受けさせる。
そうして、胸の奥底に刻まれた誓いだけは、何があっても失われることはなかった。
※
復讐を誓ってからも、しばらくの間は平穏な日々が続いていた。
男爵家の娘が王太子に近付くことは容易ではないから。私は何とか、ランベルトに接触できないかと毎日、考え込んでいた。
そんな折に、舞い降りてきたのが、ニナの主催するお茶会だった。
私は偶然にも、ニナの友人と親交があった。「ニナ公爵令嬢から招待状をもらえた」と自慢する彼女に、私も連れて行って欲しいとせがんだ。
彼女はその無茶なお願いに困っていたけれど、最終的には、私のために、ニナに許可を取ってくれたのだ。
私は、彼女の優しさに感謝をしつつ、これからのことを思うと、ほんの少し申し訳ない気持ちになった。
けれど、あの日のことを思うと、私はどこまでも身勝手で冷酷な人間になれた。
ニナのお茶会に出席した私は、彼女やその周りの令嬢に取り入った。ランベルトと関わりを持つためには、彼女達のお茶会やパーティーにとにかく参加して、彼と出会わなければいけなかったから。
私は良い子を演じながら、彼女達の金魚の糞となった。そして、1年の時をかけてようやくランベルトと会えたのだ。
その日は、ニナの誕生日だった。彼女の誕生日を祝うためのパーティーに、ランベルトは婚約者として彼女をエスコートしていた。
私は馬鹿な女を演じ、酔ったふりをして彼の前でグラスを落とした。
演奏の合間に落としたから、ガシャンという音が会場を騒がせたけれど、彼は嫌な顔一つしなかった。むしろ、ガラスの破片で怪我をした私を心配して介抱してくれたのだ。
そこからは、話がトントン拍子に進んでいった。
私は彼の前では、天真爛漫で馬鹿げた女を演じ続け、彼はそんな私を愛してくれた。
ランベルトは、賢く聡明なニナを尊敬しながらも、彼女に気後れを感じて、疲れていたのだ。だからこそ、愚かに笑い、何も知らない私に安らぎを見出した。
馬鹿だからこそ愛らしく、無邪気だからこそ疑われない。彼は次第に私にのめり込み、ニナを遠ざけるようになった。
これには、ニナは勿論のこと、彼女の友達までもが激怒していた。私をニナのお茶会に連れて行ってくれた友人までもが非難されたくらいだ。
けれど、私は彼女の顔に泥を塗る行為をやめられなかった。
ここでやめてしまえば、あらぬ罪を着せられた家族の死を受け入れなければならないから。
そして、私を地下に隠して守ってくれた友人の勇気を、踏みにじってしまう。
だから、私は、この程度のことで、動じていられなかったのだ。
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