『俺達のグレートなキャンプ196 禁断のレシピ。オムライス+チャーハン!』
海山純平
第196話 禁断のレシピ。オムライス+チャーハン!
俺達のグレートなキャンプ196 禁断のレシピ。オムライス+チャーハン!
「――というわけでェェェッ!今日のグレートなキャンプはァ!」
石川が両手を天高く突き上げた瞬間、焚き火がバチバチバチッと三連続で火花を散らした。まるで彼のテンションメーターが振り切れたことを祝福するかのように。夕暮れ時の富士山麓キャンプ場。オレンジ色に染まった空の下、石川の額には既に汗が浮かんでいた。興奮で、いや、これから始まる料理バトルへの予感で。
「オムライス+チャーハンの禁断の融合料理、その名もオムチャーハン・フュージョン・スペシャルを作るゞォォォッ!」
石川の目がギラギラと光る。その瞳の奥には、未知の料理領域を開拓せんとする冒険家の炎が燃えていた。彼は拳を握りしめ、全身をブルブルと震わせながら、まるで格闘技の試合前の選手のように気合いを入れた。
「うおおおおっ!」千葉が即座に飛び上がった。アウトドアチェアから立ち上がる勢いで椅子が後ろに倒れ、ガシャーン!「オムライスの中にチャーハンっスか!?それとも上にチャーハンっスか!?どっちにしてもグレートっス!めちゃくちゃグレートっス!炭水化物の奇跡っス!」
千葉の両目がキラキラと輝き、鼻息が荒くなっていた。彼は小刻みにジャンプを繰り返し、まるで当選発表を待つ選挙候補者のよう。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」富山が折りたたみテーブルを見つめながら、片手で額を押さえた。「オムライスとチャーハン。どっちもご飯。炭水化物on炭水化物。カロリー的に完全なる暴力じゃない。っていうか、誰が考えたのよこんなメニュー」
富山の声は震えていた。彼女はテーブルの周りをウロウロと歩き、時折立ち止まっては深呼吸を繰り返す。その手は無意識に自分の髪を触ったり、テントのロープを確認したり、水筒を持ち上げては置いたりと落ち着かない。
「俺が考えたに決まってんだろ!」石川が胸を張った。「そしてな、富山。今日はただのキャンプ飯じゃないんだ。見ろ!」
石川がスマートフォンをサッと取り出し、画面を二人の目の前に突きつけた。そこには「【速報】伝説のシェフキャンパー・田中氏、本日富士山麓キャンプ場に滞在中!遭遇情報求む!」というSNS投稿が表示されていた。投稿時刻は2時間前。いいね数は既に500を超えている。
「ええええええっ!?」千葉の声が裏返った。「マジっスか!?あの、料理系YouTubeチャンネル『キャンプde極上グルメ』の田中シェフが!?登録者数50万人超えの!?」
千葉がスマホを奪い取るように覗き込む。その手は興奮で震えていた。
「そうだ!」石川がビシッと指を突き立てた。「だから、このオムチャーハンを完成させて、田中シェフに食べてもらうんだ!そしたら俺たちも動画に出られるかもしれない!グレートキャンパーとして全国デビューだ!」
「デビューって……」富山が頭を抱えてしゃがみ込んだ。「迷惑かけるだけじゃない。っていうか196回目のキャンプでまだこういうことするの?成長してよ、石川!」
富山の声が完全に裏返り、半分泣きそうになっていた。彼女は地面に手をついて、「なんで、なんで私はいつもこうなるの……」と呟いている。
「成長してるさ!今までで一番グレートなアイデアだろ!?」石川は既に調理器具を取り出し始めていた。ガシャガシャガシャン!中華鍋、フライパン、ダッチオーブン、菜箸、フライ返し、お玉――次々とテーブルに並べられていく。「さあ、準備開始だ!」
石川がクーラーボックスを開けると、そこには食材の山。米5合分のご飯、卵20個入りパック、チャーシューのブロック、長ネギ5本、玉ねぎ3個、ニンジン2本、グリーンピース缶、醤油、塩、胡椒、鶏ガラスープの素、そしてバター。
「多っ!」富山が目を見開いた。「この量、絶対食べきれないわよ!」
「大丈夫!余ったら周りのキャンパーに配ればいい!グレートな料理は皆で分かち合うもんだ!」
石川がTシャツの袖をまくり上げた。その腕には既に汗が滲んでいる。彼は額の汗をタオルで拭い、深呼吸を一つ。そして、目を見開いた。
「よっしゃ!まずはチャーハン作りだ!千葉、ネギをみじん切りにしてくれ!富山、チャーシューをサイコロ状に切って!」
「了解っス!」千葉が長ネギを掴み、まな板の上に叩きつけた。バンッ!その勢いでまな板がずれる。「グレートなキャンプには、グレートな下ごしらえっス!」
千葉が包丁を握り、トントントントントントン!リズミカルに刻み始める。しかしそのリズムは次第に早くなり、トトトトトトトトトッ!もはや機関銃のような速度。ネギが宙を舞い、一部はまな板から飛び出し、地面に落ちた。
「あっ」
「落ちたやつは3秒ルールで回収!」石川が即座に拾い上げた。「キャンプでは食材を無駄にしない!これもグレートな精神だ!」
「いや、それ衛生的にどうなのよ……」富山が呟きながらも、チャーシューを切り始めた。しかし彼女の手は震えており、サイコロというよりは不定形な塊になっていく。「はあ、はあ……なんでこんなに緊張してるんだろう、私……」
「富山、深呼吸だ!」石川が背中をバンバン叩いた。その勢いで富山がよろめく。「キャンプは楽しむもんだ!」
「楽しめって言われても……」富山がチャーシューを切りながらチラリと周囲を見る。既に隣のサイトの初老夫婦が、こちらを不思議そうに見ていた。
石川は中華鍋を焚き火の上に設置した。その下では薪が赤々と燃え、熱気がムワッと立ち上る。石川の顔が熱で赤く染まり、額の汗が一筋、二筋と流れ落ちた。
「よし、油投入ォォォッ!」
ドボドボドボッ!
サラダ油が豪快に中華鍋に注がれた。その量、おそらく100ml以上。油が鍋底に広がり、熱せられて揺らめき始める。
「石川さん、油多すぎませんか!?」千葉が叫んだ。
「中華は油が命!火力と油!これがグレートなチャーハンの秘訣だ!」
石川が鍋を揺すり、油を馴染ませる。ジュワジュワと音を立て、油の表面がキラキラと光った。熱気で石川のTシャツがじんわりと汗で濡れ始める。彼は額の汗を腕で拭い、鍋に集中した。
「温度確認ォッ!」
石川が菜箸を油に入れた。瞬間、箸の周りから細かい気泡がシュワワワワッ!と立ち上る。
「完璧だ!いい温度だ!」石川の目が輝いた。「ご飯投入ォォォッ!」
ドサアアアアッ!
5合分のご飯が一気に中華鍋に投げ込まれた。ジュワアアアアアッ!瞬間、白煙が爆発的に立ち上る。その煙の量は尋常じゃなかった。まるでキャンプファイヤーの煙のように、モクモクモクモクと上空へ昇っていく。
「うわああああっ!」富山が後ずさった。「煙がすごい!」
「これが中華の洗礼だぁぁぁっ!」石川が叫びながら中華お玉を握りしめた。「鍋振り開始ォッ!」
ガシャガシャガシャガシャッ!
石川の手首がしなり、中華鍋の中でご飯が宙を舞った。文字通り、20センチは跳ね上がる。ご飯粒が回転し、翻り、そして鍋に戻る。その動きは芸術的ですらあった。石川の額から汗が滴り落ち、ジュッと中華鍋の縁で蒸発した。
「すっげええええっ!」千葉が目を輝かせた。「石川さん、めっちゃカッコいいっス!プロの料理人みたいっス!」
「だろ!?これぞ196回のキャンプで培った――」
その瞬間、石川の手が滑った。
ガシャアアアンッ!
中華鍋が大きく揺れ、ご飯が――飛んだ。空中に。放物線を描いて。そして、
ボトッ。
石川の頭の上に着地した。
「……」
「……」
「……あ」
ご飯粒が石川の髪の毛に張り付いている。彼の顔が固まった。千葉と富山が目を見開いて硬直している。
三秒の沈黙。
「――なかったことにしよう!」石川が叫んだ。「今のは幻だ!見なかったな!?」
「見ましたけど!」富山がツッコんだ。
「見てないっス!俺は何も見てないっス!」千葉が全力で合わせた。
石川が頭のご飯を払い落とし、何事もなかったかのように料理を再開する。その額からはもはや汗が川のように流れている。Tシャツの背中は完全に汗で濡れ、肌に張り付いていた。
「気を取り直して!ニンニク投入ォッ!」
みじん切りにしたニンニクが鍋に投入された。瞬間、ジュワアッ!香ばしい匂いが爆発的に広がった。ニンニクの芳醇な香りがキャンプ場全体を包み込む。
隣のサイトだけでなく、50メートルほど離れた場所にいたファミリーキャンパーたちも顔を上げた。「なんかめっちゃいい匂いしない?」「あっちのサイト、何作ってるの?」そんな声が聞こえてくる。
「千葉、ネギとチャーシュー!」
「はいっ!」
千葉が切ったネギとチャーシューを両手で掴み、豪快に鍋に投げ込んだ。ジュワジュワジュワッ!ネギの甘い香りとチャーシューの脂の香りが加わり、もはや嗅覚を刺激する香りの暴力。石川の鼻の穴が広がった。
「うおおおっ!いい匂いだぁぁぁっ!」
石川が再び鍋を振る。ガシャガシャガシャッ!汗が額から、こめかみから、顎から滴り落ちる。彼の腕の筋肉が張り、血管が浮き出ている。中華鍋は重い。5合分のご飯と具材。おそらく2キロ近くある。それを片手で振り続ける。
「はあっ、はあっ、はあっ!」石川の息が荒くなる。「まだだ、まだ終わらない!」
「石川、大丈夫!?」富山が心配そうに声をかけた。「顔真っ赤よ!?」
「これが料理の、グレートな料理の洗礼だあああっ!」
石川が雄叫びを上げながら鍋を振り続ける。その姿はもはや修行僧。ご飯が鍋の中で跳ね、混ざり、油と絡み、パラパラになっていく。一粒一粒が独立し、ツヤを帯び、黄金色に輝き始めた。
「卵投入ォォォッ!」
溶き卵がジャアアッと流し込まれる。卵が一瞬でご飯に絡みつき、コーティングされていく。黄金色がさらに濃くなる。ご飯が輝いている。本当に輝いている。
「うわああああっ!」千葉が歓声を上げた。「黄金のチャーハンっス!」
「まだだ!まだ終わらない!」石川の声が震えている。疲労か、興奮か、その両方か。「醤油投入ォォォッ!」
石川が醤油瓶を掴み、鍋の縁から――流し込んだ。
ジャアアアアアッ!
その瞬間、ボワァァァッ!
炎が立ち上った。醤油が高温の鍋肌に触れ、瞬間的に気化し、引火。30センチはある炎の柱が夕暮れの空に向かって伸びた。
「ぎゃああああああっ!」富山が悲鳴を上げた。「火事!火事よ!消防車!」
「これは中華の伝統技法だあああっ!」石川が叫び返す。しかし彼の眉毛の先端が少しチリチリと焦げていた。「炎で醤油を焦がすんだ!」
数秒後、炎は収まった。中華鍋の中には、完璧な――いや、かなり完璧に近い――チャーハンが完成していた。パラパラとした食感。黄金色の輝き。ネギの緑。チャーシューのピンク。そして香ばしい醤油の香り。
石川の全身は汗でびっしょりだった。Tシャツは絞れるほど濡れ、髪の毛からも汗が滴り落ちている。彼は荒い息をしながら、しかし満面の笑みで叫んだ。
「チャーハン、完成だあああああっ!」
「おおおおおっ!」千葉が飛び跳ねた。「やったっス!グレートっス!」
周囲に集まり始めていたキャンパーたちから拍手が起こった。パチパチパチパチ。いつの間にか、10人近くが遠巻きに見物していた。
「よし、これを一旦ボウルに移すぞ!」石川がチャーハンを大きなステンレスボウルに移す。湯気がモクモクと立ち上り、その香りは――もはや凶器だった。食欲を刺激する凶器。何人かのキャンパーが「お腹空いてきた……」と呟いている。
「さあ!次はオムレツ作りだ!」石川が宣言した。「これが本番だぞ!」
「まだ本番じゃなかったの!?」富山が叫んだ。
石川が大きなフライパンを取り出した。直径30センチはある。彼はそれを焚き火の上に設置し、バターを放り込んだ。バターが溶け、ジュワアと音を立てる。甘い香りがチャーハンの香ばしさに加わった。
「卵は――20個全部使うぞ!」
「ええええっ!?」富山が目を剥いた。「20個!?多すぎない!?」
「このチャーハンの量を包むには必要なんだ!」石川が大きなボウルに卵を次々と割り入れ始めた。パカッ、パカッ、パカッ。黄身が落ち、白身が流れ込む。「千葉、手伝ってくれ!」
「了解っス!」
二人で卵を割り続ける。10個、15個、18個――
パキッ。
「あっ」千葉の手元で卵の殻が砕け、殻の破片が混入した。
「大丈夫だ!殻も栄養だ!」石川が強引にフォローした。
「嘘つかないで!」富山が殻を丁寧に取り除いた。「カルシウムとか言い出すんでしょ!」
20個の卵が全てボウルに入り、菜箸で勢いよくかき混ぜる。シャカシャカシャカシャカッ!石川の腕が高速で動く。卵液が渦を巻き、泡立ち、均一な黄色になっていく。石川の額から汗が――卵液の中に落ちた。
ポトッ。
「……」
「今の、見なかったことに――」
「見たわよ!」富山が叫んだ。「ちゃんと拭きなさいよ!」
「汗も調味料だ!塩分が加わって丁度いい!」
「意地でも認めないのね……」
石川が卵液の準備を整え、フライパンに目を向ける。バターが完全に溶け、泡立ち、フライパン全体に広がっている。絶好のタイミング。
「いくぞ――卵液、全投入ォォォッ!」
ドバアアアアアッ!
20個分の卵液が一気にフライパンに流し込まれた。ジュワアアアアアアッ!黄色い液体がフライパン全体に広がり、瞬く間に端から固まり始める。湯気が爆発的に立ち上り、石川の顔を包んだ。
「あっつううううっ!」石川が顔を背けた。「目に入る!湯気が目に入る!」
「大丈夫っスか!?」千葉が慌てて駆け寄った。
「大丈夫だ!これくらいで――」石川が目を擦りながら菜箸を掴んだ。「卵を混ぜるぞ!半熟に仕上げるんだ!」
石川が菜箸でフライパンの中の卵をかき混ぜ始めた。グルグルグルグル。卵が渦を巻き、半分固まり、半分液体の状態。理想的なとろとろ加減。しかし――
「あっ、火が強い!底が焦げてる!」富山が叫んだ。
フライパンの底から、ジリジリという音と共に、焦げた匂いが漂い始めた。
「まずい!」石川が慌てて火力を調整しようとしたが、焚き火の火力はそう簡単には下がらない。「千葉、水!水持ってこい!」
「了解っス!」
千葉が慌てて水筒を掴み――中身をこぼした。ビシャアッ!地面が濡れる。
「うわああああっ!」
「落ち着け!まだ大丈夫だ!」石川が叫びながら、フライパンを火から少し離した。「このまま卵を――」
その瞬間、石川の手が汗で滑った。
グラッ。
フライパンが傾いた。
卵液が――フライパンの縁からこぼれかけた。
「あぶなああああいっ!」
石川が全身の筋肉を使ってフライパンを持ち直した。ギリギリ。ギリギリでこぼれなかった。彼の腕がプルプルと震えている。汗が滝のように流れている。
「はあっ、はあっ、はあっ……」石川の息が限界に近い。「まだだ……まだ終わらない……」
「石川!無理しないで!」富山が心配そうに声をかけた。
「無理してないっ!これがグレートなキャンプだっ!」
石川が菜箸で卵の様子を確認する。表面は固まり、中はまだとろとろ。完璧だ。いや、ほぼ完璧だ。底は少し焦げてるけど。
「よし!チャーハン投入のタイミングだ!千葉!」
「はいっ!」
千葉がチャーハンの入ったボウルを持ち上げた。その重さにグラッとよろめく。
「重っ!」
「しっかり持て!」
二人がかりでチャーハンをフライパンの中央に――ドサアアッと載せた。
チャーハンの山がオムレツの上に鎮座した。その姿は、まるで富士山のよう。いや、もっと不格好な山。でも確かに山。
「ここからが勝負だ――卵で包むぞォォォッ!」
石川が菜箸とフライ返しを両手に持ち、卵の端を持ち上げ始めた。卵が伸びる。伸びる。伸びる。チャーハンの山を覆うように。
「いける、いける!」千葉が応援する。
しかし、チャーハンの量が多すぎた。卵が限界まで伸びて――
ブチッ。
「あっ」
卵が破れた。チャーハンが顔を覗かせる。
「くそっ!」石川が舌打ちした。「千葉、予備の卵!」
「予備の卵っスか!?」
「冷蔵庫から持ってこい!」
「了解っス!」
千葉が慌ててクーラーボックスから卵を取り出し、溶き始める。シャカシャカシャカッ。その間、石川は破れた部分を無理やり寄せて、何とか形を保とうとしている。彼の額からは汗が止まらない。Tシャツはもはや水に浸けたように濡れている。
「はあっ、はあっ、待ってろ、待ってろよ……」
石川が呟く。その目は真剣そのもの。もはやギャグではない。本気だ。彼は本気でこのオムチャーハンを完成させようとしている。
「石川さん、溶けたっス!」
千葉が溶き卵を持ってきた。石川がそれを受け取り、破れた部分に流し込む。ジュワッ。卵が広がり、隙間を埋めていく。即席の修復作業。
「よし、こっちも!」
石川がフライ返しで反対側の卵を持ち上げ、チャーハンを包み込む。卵が伸びる、伸びる、今度は大丈夫――
ブチッ。
「ああああっ!また破れたっ!」
「落ち着いて!」富山が叫んだ。「もう一回修復すればいいでしょ!」
三人がかりでの修復作業。石川が卵を操り、千葉が追加の卵液を流し込み、富山が形を整える。汗まみれの三人。必死の形相。周囲のキャンパーたちが固唾を飲んで見守っている。
十分後――いや、十五分かもしれない。体感時間では一時間くらいに感じられた格闘の末――
「完成だああああああっ!」
石川が雄叫びを上げた。
フライパンの上には、何とか形になったオムチャーハンが鎮座していた。表面は決して均一ではない。ところどころツギハギの跡が見える。でも、確かに卵がチャーハンを包んでいる。黄金色の卵の下に、チャーハンが隠れている。
「やったああああっ!」千葉が飛び跳ねた。
「信じられない……本当に完成した……」富山が呆然としていた。
石川は膝に手をつき、荒い息をしていた。全身汗だくで、髪の毛はびっしょり。しかし彼の目は輝いていた。
「これを……皿に移すぞ……」
慎重に、慎重に。大きな平皿にオムチャーハンを滑らせる。ズルッ。無事に移動完了。その瞬間、全員が安堵のため息をついた。
そして――
パチパチパチパチパチッ!
周囲のキャンパーたちから盛大な拍手が起こった。気づけば、20人近くが集まっていた。
「すげー!」「よく作ったな!」「めっちゃ大変そうだった!」
そんな声が飛び交う。
その時、人混みをかき分けて、一人の男性が前に出てきた。
白いシャツ。キャンプ用のベスト。整った髪型。そして柔和な笑顔――
「素晴らしい!」
その声に、石川たちは振り返った。
「た、田中シェフ!?」千葉が驚愕の声を上げた。
そう。伝説のシェフキャンパー、田中氏本人だった。
「いやあ、最高の料理ショーでした!」田中シェフが拍手しながら近づいてきた。「あの情熱、あの汗、あの必死さ!キャンプ料理の真髄を見せていただきました!」
石川の目が見開かれた。これはチャンス。グレートなチャンス。
「田中シェフ!実は、このオムチャーハンを――」
「食べてみたいですね!」田中シェフが石川の言葉を遮った。「こんな面白い料理、ぜひ一口いただきたい!」
「ええええっ!?」三人が同時に叫んだ。
「本当にいいんですか!?」石川の声が裏返った。
「もちろん!」田中シェフがマイフォークを取り出した。「では、失礼して――」
田中シェフがフォークをオムチャーハンに突き立てた。黄金色の卵に切り込みを入れる。サクッ。
その瞬間――
トロオオオオッ。
卵が割れ、中から半熟の卵液が流れ出した。トロトロの黄金色の液体が、チャーハンの表面を伝い、皿に広がっていく。
「うわああああああっ!」千葉が叫んだ。「卵の大氾濫っス!」
「なんて……なんて美しい……」富山が呟いた。
トロトロの卵がチャーハンを包み込み、照らし、輝かせる。チャーハンの一粒一粒が卵液に絡み、宝石のように輝いている。立ち上る湯気。広がる香り。醤油の香ばしさと、卵のまろやかな香りと、バターの甘い香りが混ざり合い、もはや香りの交響曲。
田中シェフがフォークでチャーハンと卵を一緒にすくい上げた。トロトロの卵がフォークから滴り落ちる。光を反射して、キラキラと輝く。
周囲のキャンパーたちが固唾を飲んで見守る。
田中シェフが――口に運んだ。
モグ。
沈黙。
モグモグ。
全員が息を殺している。
田中シェフの目が――見開かれた。
「これは……!」
田中シェフの表情が変わった。驚愕から、感動へ。
「なんという……!」
石川たちの心臓がバクバクと鳴っている。
「ハーモニー――いや!」
田中シェフが叫んだ。
「オーケストラだ!いや違う、ミュージカルだ!!」
「ええええっ!?」周囲から驚きの声が上がった。
「卵のまろやかさとチャーハンの香ばしさが完璧にハモってる!」田中シェフが興奮気味に語り始めた。「トロトロの卵がチャーハンの一粒一粒をコーティングし、口の中で溶け合い、そして――この底の少し焦げた部分!これがアクセントになって全体を引き締めている!」
田中シェフがもう一口、また一口と食べ続ける。
「そして何より!」田中シェフが三人を見た。「これは洋と中華の友好関係だ!オムレツという西洋料理とチャーハンという中華料理が、国境を越えて手を取り合っている!」
「おおおおおっ!」周囲から歓声が上がった。
「見た目は確かに荒々しい。ツギハギだらけで、完璧には程遠い。でもね――」田中シェフが笑顔で続けた。「それがいいんです!キャンプ料理って、そういうものなんです!完璧じゃなくていい。大切なのは、作る過程で汗を流し、仲間と笑い合い、そして挑戦する心!」
田中シェフが三人を指差した。
「あなたたちは、それを体現している!」
石川の目から――汗が――いや、涙が――いや、汗と涙が混ざったものが流れ落ちた。
「田中シェフ……!」
「グレートな料理でした!」田中シェフが親指を立てた。「これからも素敵なキャンプを続けてください!」
周囲のキャンパーたちから盛大な拍手。パチパチパチパチパチッ!
田中シェフは笑顔で去り、集まっていた人々も拍手しながら散っていった。
残されたのは、焚き火の前の三人と、半分残ったオムチャーハン。
長い沈黙の後――
「やったああああああああっ!」
石川が雄叫びを上げた。千葉が飛び跳ね、富山が脱力して地面に座り込んだ。
「グレートだった……本当にグレートだったっス……」千葉が涙目で呟く。
「もう疲れた……当分こういうの嫌……」富山が言いながらも、笑っていた。
「よし、残りも食おうぜ!」石川がフォークを三本取り出した。「みんなで作ったんだからな!」
三人でオムチャーハンを分け合う。確かに底は焦げていた。確かにツギハギだらけだった。でも――美味しかった。本当に美味しかった。トロトロの卵とパラパラのチャーハンが口の中で混ざり合い、幸せな味がした。
「次は何作るんスか?」千葉が無邪気に聞いた。
「そうだなあ……」石川が星空を見上げた。「ラーメン入りたこ焼きとか――」
「絶対やめてええええっ!」
富山の絶叫が、富士山麓の夜空に響き渡った。
焚き火がパチパチと音を立てる。星が瞬く。
こうして、196回目のグレートなキャンプは、また新たな伝説を――そして新たなカロリー爆弾を――この世に生み出したのだった。
(完)
『俺達のグレートなキャンプ196 禁断のレシピ。オムライス+チャーハン!』 海山純平 @umiyama117
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