第2話 罪

映画館のポップコーンは食いきれながち。変なフレーバーじゃない方が結局食べがち。塩とキャラメルくらいがちょうどいいがち。ばかでかいバケットにはまだまだ塩とキャラメルのポップコーンが敷き詰められていて、およそ一人分のLサイズカップ相当。上映中あまり食べてくれなかった二番はといえば、涙でアイメイクを滲ませている。

泣くとこあったっけ。


「パトリックじゃなくて残念だったね」


初回特典のステッカー(さまよえるオランダ人)を渡してやりながら慰めつつ、二番とふたりアスモデウス大通りを闊歩していると、また知り合いに遭遇した。赤髪を結い上げた小悪魔な魔王の側近アルメニだ。よく城下をうろついているらしい。


「うん?どういう状態なの」

「ああ、二時間前に彼女とばったり会って『スポンジ・ボブ ファミリー大救出作戦!!(The SpongeBob Movie: Search for SquarePants)』を観てきたとこ」

「たまたま会った時にスポンジボブの映画観て泣いてるような仲だったんだあんたら」

「どうもそうだったらしい」


そのアルメニの後ろから、小さな黒い影がひょっこり現れた。縄で繋がれている。

ペンギンだ。


「おい、赤毛の二つ結びの小悪魔女がペンギン連れてたらよくないだろ」

「しょうがないじゃん」


コキュートスのバイトで会ったティモエマだ。地獄でさらに迷惑行為を重ねて更に囚人となった上に脱獄して暴れていたとかいう極悪ペンギンだ。幸か不幸か私のボーナス点になったくらいの働きしか目の当たりにしなかったので、あんまりピンとこないが。ペンギンは相変わらず無口で無表情に佇んでいる。


「で、そっちの状態はペンギン連れて散歩かい」

「護送よ護送、魔王城の牢獄パンパンなのよ」


じゃあ、護送ってこんな散歩みたいな感じなんだ。


「今から王都の外へ?」

「まあね。そんなに遠くには行かない」

「ふうん。お疲れ様です。移送先着いたら手紙くらいちょうだい」


適当に言ってみたがペンギンが手紙なんか出してくれるとは思えない、私の住所を教えていないわけだから。

すれ違い際の挨拶話を終えようとすると、アルメニが思い出したようにひとつ教えてくれた。


「あんたの実家できな臭いバーベキュー大会やるらしいよ」

「実家?夏のまひるでか?」

「そっちじゃない」


悪魔としての幼少期を過ごした屋敷を挙げると首を振って否定され、


「HF321-66-T-♇。ベスパシア合衆国」


前世の方を挙げられた。


「いやベスパシアのどこだよ」

「ん~、テキサス?興味あるなら座標送る」

「テキサスじゃあ全然故郷でもないんだけどさあ」


第一、いち下層の人界のテキサスのどっかのバーベキュー大会が何だというのだ。今日に限らず全世界のテキサスのどっかではバーベキュー大会くらいしているだろう。『きな臭い』の方の詳細を教えろと言ったら、じゃあやっぱり送るねと言い残されて行ってしまった。


「気になることを言い残しやがって」


モヤモヤとした心地で小悪魔とペンギンの歩みを見送っていると、すっかりパンダ目の二番が訝しげにしている。


「貴様、HF321-66-T-♇の所縁なのか」

「その管理番号は覚えちゃないけど。そうらしい」

「珍しいな。ここはLL軸基底世界に属するがHF軸ではなかなか話を合わせるのが大変だろう。百軸ズレているからな」

「慣れたよ」


こちらは管理番号も覚えちゃいないのに(覚える気がないのだ)HFとLLの間が百以上などとよくまあ、すんなり出てくるものだ。そちらはヒトの名前も覚えちゃいないのに。二番については城内で見た記憶がないからして、外の情報収集が主要な役目なのか。詳しく話したわけではないが、『シニアナンバー』は魔王から個別の任務を渡されているからその番号だと、もってつけた言い回しで聞いている。


「HF321は軒並み封印指定だ。貴様か?」

「俺が関わっていたとして、世界秩序なんか知るもんか」

「HF321-66-T-♇だけ開いているのに理由があるとしたら、貴様がここにいるからだろう」


数字が近い前後の世界は内容が近い平行世界で、同じようなイベントが起こっているのだろう。世界が閉じている、封印指定というのはこちらのような世界移動を行う社会からの視点で交流を絶つという方針が共有されているということである。例えばHF321が共有するイベント産の概念が他に持ち込まれると影響が強すぎるとか、それで封印指定となる。指定してるのはこの魔界というわけではなくさらに上位に位置付く特定の世界に属しない第三機関の委員会とかなんとか、要はここで収拾がつかない規模の話をベースに遠慮なしの問いを投げられている。


「”And thus I clothe my naked villany

With odd old ends stol'n out of holy writ,

And seem a saint, when most I play the devil.”


20世紀において悪魔として転生する。それだけのイベントを起こしたことについては心当たりがある。ただどうしてここにいるんだろうね、本当に」


二番は憮然としている。


「アルメニがきな臭いと言うなら。私にも寄越せ」


やぶさかではないが、そもそもテキサスのバーベキュー大会の話のはずだ。期待を外していたとしても当方は一切責任を負わない。


***


「ねえ、来週の土曜日休める?」

「知らん」


三番はステーキランチを一口大に切り刻む手も止めずに、少し苛ついた声で答えた。遅めの15時、魔王城の食堂はほどよく空いていて、いつものルーティンで休憩時間に収まるように肉を食べている彼の隣で私は巨大なフィッシュアンドチップスを何に気兼ねすることもなくゆっくりのびのびと味わう。元の魚が巨大なのはわかるが、あと半分のサイズでも十分だな、と座布団と比べて思った。ホテルの枕のようだ。大味だが生臭くはなく、魚が良いのか腕が良いのかわからないが美味いのだと思う。しかしコスパが良すぎであり、イメージをはるかに超えるサイズ感で休み休み食べざるをえない。


「マーナちゃんは来るって言ってるんだけど、クロスさんも来ない?テキサスバーベキュー」

「あ?誰だよ」

「え〜、うっそ〜、同僚の名前も知らないの(笑)、二番だよ」

「あいつかよ。あんた、いつそんな仲良くなったんだ」

「んー、昨日?」


クロスはなぜか少しだけ嫌そうな顔になって、軽くため息をついた。顔はステーキから外さず耳だけこちらを向けている。昨日登城しなかったのはたまたまで二番に会ったのは本当に偶然だが、もしかして狼隊で修羅場が起きてしまうのだろうか。


「二番が任務抜きでなんて珍しいが、また何やってたんだ」

「なんにもないよ、『スポンジ・ボブ ファミリー救出大作戦!!』一緒に観ただけ」

「なんだそれ」

「映画」

「スポンジボブの映画を彼女と?」


眉間に皺を寄せたまま苛立ちから困惑に表情が変わる。どうでもいいが、このへんのスポンジボブの認知度が高いのと二番のスポンジボブ推しは何らかの関係があるのだろうか。


「妬いちゃった?ごめんね……」

「妬いてねえよ」

「今度一緒に行って、入場者特典のステッカーでパトリックが出たらマーナちゃんにあげたい」

「胡乱な話を畳み掛けるな、後生だから」


彼は一瞬ぎゅっと眼帯ではない方の左目を瞑り、いつもの上を見上げるポーズをやって、はあ、とひと息ついて口に肉を詰め込み始めた。なんだか疲れている。


「行かない?スポンジボブ……」

「行かん」

「行かない?バーベキュー大会」

「急に言われたって、近衛兵は融通利く仕事じゃない」


バーベキュー大会は行きたくないわけではないらしい。肉は好きだろうし、来たらいいのに。


「そも、それはバーベキューなのか。本当の」

「やっぱり行きたいんじゃないか」

「そうじゃない」


素直ではない。また辛気臭い顔で食事を続けているが、毎日固定でステーキ食ってるやつならどうせ来たいに違いないと思って、私はスクロールパットを伸ばして見せる。邪魔そうにされているが書いてあることは私が読み上げて聞かせてやるので問題ない。


「ベスパシアをはじめ全世界各地で、BBQクッキングチームの腕を競う国際大会が開催されています。特にBBQの本場を掲げるベスパシアのコンテストは大規模で、観客も100万人を超えるコンテストが全米各都市で開催されています。例を挙げるとミズーリ州カンザスシティのAmerican Royal World Series of Barbecue、テレシー州メンフィスのMemphis in MAY World Championship Barbecue Cooking Contest、テキサス州ヒューストンのLIVE STOCK World’s Championship Bar-B-Que Contestなど。これらの世界選手権大会は招待制の大会で、まさにBBQのトップ中のトップを決める最高峰のコンテストとなります。さて」

「『バーベキュー大会』が何かじゃねえんだよ、お前ら悪魔がわざわざ行きたがってるバーベキュー大会って何だって聞いてんだ」

「今から話すんだけどお」


頬を膨らませたら軽く足を蹴られた。


「さてこの度、ブルー・ボネットの愛らしい群生が有名なまち、エリス群エニスでBBQの新たなコンテストが開催されます。エニスはブルー・ボネットばかりではありません、自然豊かな秋の湖畔に、いずれも我が町一番の料理人が集い腕を競います。ぜひこの新たな祭典を盛り上げましょう……」


「……それの、何が」


もちろん、まだテキサス州の小さな町で小さなバーベキュー大会が開催されるところまでしか話せていない。さすがにWWW掲載の公式ホームページに『人肉を焼きます!』なんて書いてあるわけがないではないか。まだ前提知識である。


「★★★出場情報★★★ 出場希望者はメールフォームまたは運営委員会まで▶

【NEW!】『チームアイルランドでめちゃくちゃ肉を焼く』

【NEW!】『サニー・ダニングと愉快な奥様ズ』

【NEW!】『ダラス国際大学(北)BBQ同好会』」


「おい、俺もう戻るぞ」


「『黄金の夜明け団BBQクラブ』

『ミスカトニック大学競技クッキング部』

『なんかできてるけどいつも混乱してる』

『チェコ・ウィッチワーカーズ』

『森の黒山羊さんチーム』」


この辺を読み上げたあたりで席を立とうとしたクロスが動きをやめ、同時に色々と複雑な表情、呆れているのか困惑しているのか、まとまらないなりに口を出していわく、


「人肉でも焼くのか?」

「人肉を焼きますとは書いてないね」


クロスは何か振り払うように頭を振って、耳をぴんと弾いて低く息を吐きながら言った。自分をなだめるように。


「要旨はわかった。だとして、オカルト界隈のバーベキュークラブが悪ノリしてるだけかもしれないだろ……。マジで黄金の夜明け団のBBQクラブだろうが魔女のバーベキューサークルだろうが普通にバーベキューやりたい時もあるだろ」

「楽観的だなあ」


私はスクロールをすっと撫でて、ページ下部の画像を見せてやった。一見にしかず。


「馬鹿がよ」


一瞥して顔を覆って。


フッターには巨大な炉のようなものが映っている。小さな町のバーベキュー大会にしては大がかりだ。銅色に輝く巨大な炉は七つほどのドアがある。七チームなら同時調理可能だろう。何より特徴的なのは、その形が牛を模っていることだ。


一般的にはどうか知らないが、悪魔的にはモロクに贄を捧げる儀式に使う炉に見える。


「ねえどうするどうするバーベキュー大会かっこ人身供御儀式かっことじる行ってみる?」


ご理解いただけたところで袖を引いて聞いてみた。狼のひとは変わらず眉間に皺を寄せて頭を押さえたまま、勢いには乗らないと慎重になっている。


「いや。人身供御儀式だから何だってんだ」

「面白そうじゃん」

「面倒そうの間違いだろ」


八番狼ヒラだったらルンルン♪と付き合ってくれただろうに。


「勝手に行きたいなら行けよ、二番もいるんだろ」

「ちょっと怖い」

「ああ?悪魔が悪魔崇拝怖がってんじゃねえよ」


違うのだ。大げさに首を横に振ってやる。


「俺、第二次大戦に託けた大量の死者を捧げてそこの世界からキリストを消しちゃったんだよね」

「お前が?」

「消した後見るのが怖くて」

「なんで消したんだ」


正確にはナザレのイエスまでしか消せなかったというか。ばつが悪いので目を逸らしておく。逸らした先で半分炎半分氷の魔物がフライドアイスを食べている。


「だからクリストファー・ノーランの名前変わっちゃった。でもあっちでも彼が結局オッペンハイマー作ってるらしい」

「オッペンハイマーなんか興味ねえだろ。あんたの話を教えろよ」

「神を消したかった……いや、神秘なるものの証明をね」


さっきまで上向いたりステーキ向いたり全然見てくれなかったのが、体ごとこちらに向けた挙句に真顔で罵ってきた。笑っている。


「しかしバーベキュー大会に行けるならそんなに滅茶苦茶なことにはなっていないな。何がカバーしてるんだ」

「知らない。怖いから」

「どれだけ何を捧げたにせよ、『誰』に願ったら消せる」

「Hell and earth,Must I remember?」

「お前は自作自演だろ……」


クロスは軽くため息をついた「本当に戻らないとな」

「えー」

「さすがに食堂でやる話じゃなくなってきたんじゃないか」


意味深に目配せをもらったので、それには大人しく頷いておく。これ以上深堀りされたいわけではないのだが、どのみち知らせることにはなっていただろうとは思っていた。


「夜は?」

「泊まりは無理」

「つまんないな」

「一週間前に予約してくれ」


彼が立ち去ってしまっても、私はまだ三十分はかけてフィッシュアンドチップスを食べなければならなかった。

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