第2話 従業員とお客様の限界
「こんばんわー。」
時間は待ってくれない。 オープンの5時になり、数組の開店待ちをしていたお客さんがなだれ込んできた。
さらにご新規、3名・6名・2名・3名、そして急な団体11名の名がウエイティング表に記入された。
ご案内役のあおいちゃんが店長を探している。
「てんちょーう、てんちょーう、」
見つからない。もうバックヤードにしけこんでいるらしい。すぐに悟ったあおいはタイゾーに相談に行く。
「タイゾー、待ちに11名が入ったけど。」
タイゾーはすでに注文の入ったモリモリオトクセットの刺身盛り合わせを盛り付けながら答える。
「Cの2.3.4席をつなげて案内して。トイレの前を嫌がるお客さん最近多いから確認して。」
タイゾーの視線はモリモリオトクセットの盛り付けに注がれていて、あおいと目を合わせるでもなく指示を飛ばす。
佐山はバックヤードにある日本酒のケースを逆さまにしたイスに腰かけタバコをくゆらせている。
オレは今日から10日連勤なんだから。若いのにしっかり働いてもらわないと。
あおいは11名のお客様を入れるために3テーブルをつなげなければならない。奥のC席にテーブルは古い鉄と木で作られている年代物であおい1人の力で運ぶにはちょっとしんどい。
あおいは悠斗と亮輔に手伝ってもらおうと思い探すが、悠斗はパントリーでドリンクに、亮輔はお客様につかまっている。仕方ない後回しにしよう。
と思ったその時、電気自動車のような機械音をさせてネコ型ロボットのカズちゃんが寄ってきた。
カズちゃんは両手を広げて、その年代物の重いテーブルを1つ1つ奥に押し込んだ。
そのさまは背の高いニンゲンのようでもあった。
もともとカズちゃんは背が高い。尖った耳の先まで計れば、身長163cmのあおいよりも10cm高いようである。おなかが空洞で4段のトレーになっており両脇から伸びたパワーアームが上げ膳・下げ膳の作業を行う。
顔にあたる部分は2つのカメラになっており、ネコの目を表している。
映像で認識しながらお客様をよけて4輪で駆動する。
胸には9インチの液晶が付いていてお客様が操作することも可能。メニューや質問ごとにも答える。
カズちゃんは居酒屋「新世紀」としてはもう3代目で、コロナ禍最初に導入された配膳ロボットとは違い、もうかなり進化を遂げている。
音声認識機能も進化している。
お客様が胸の液晶で調べ物をするよりも、直接話しかけてもかなりの精度でまともな答えを返してくるのだ。
あおいだけでは力が足りなかったのでカズちゃんのおかげで助かった。ただ今回は、カズちゃんを呼んだわけではないので音声認識以上の問題だ。
察してくれた?
とはいえまずは、入り口で待っているお客様をご案内しないと。今日は忙しい。余計なことを考えている暇はない。
「まだか。」というお客様からの痛い視線があおいの背中に突き刺さっているので、まずはご案内だ。
色々考えるのは閉店後にしよう。今日はゴールデンウイークだ。無心で働かなくちゃ。
「ご新規11名様のご案内でーす!」あおいが節をつけて声を上げる。
「こんばんわー。いらっしゃいませ!」
残念ながらこの店で気持ちよく声のコダマを返してくれるのは,音声認識機能の進化したカズちゃんだけである。
悠斗と亮輔は目を合わせる。ヤバイその人数、店回らなくなる。
あおいは馬鹿か。バカまじめか。店長さぼってんのに、無理してどうする。
明日から長期連休で浮かれたサラリーマンが11名ゾロゾロ入店してきた。20代から40代くらいまでの民間企業のサラリーマンであろう。髪型がツンツンしている若い男性や、夜のお仕事ですか?と見まがうような女性もおり,店内がパッとにぎやかになった。サイタマ新都心オオミヤの夜が始まる。
「あっお姉さん、とりあえず生11丁ね。」
すこぶる良いオーダーだ。
あおいは、ハンディーを操作してオーダーを通す。テーブルのタブレットでもオーダーができるが、「新世紀」では面倒くさいお客様のために従業員もオーダーを受け付ける。
パントリーでオーダーにハマっている亮輔のところに「生中 11丁」のオーダーが流れた。
亮輔はとっさに、カズちゃんを目で探した。生ジョッキを11個同時に持つのはカズちゃんでないと無理だから。
ニンゲンには限界がある。片手に5個づつの10個までなら男性であればジョキの取っ手を握って運ぶことができるが、11個となるとまず無理なのだ。
テレビに出るような特殊な名人芸の持ち主みたいなヒト以外は。
トレンチでは11個はのらない。台車でコトコト運ぶと時間がかかり、泡が凹む。
……気付くと亮輔の真後でカズちゃんはスタンバっていた。
こいつ察しがいいな。
呼んでもいないのに。
今日で丁度この店に来て1年なんだっけ。
このロボットて学習機能があんだっけ?
カズちゃんは右のアームで6個、左のアームで5個の生ビールをガッツと握り、奥の11名が待つC席に向かった。
進化した3代目ネコ型ロボット自慢のアーム機能はレベルが高い。男でも運ぶのが楽ではない、19Lの生樽を片手で1つづつ持つことも可能だ。同時に2個運べるのだ。つまり力では、もはやかなりニンゲンを凌駕していると言えるかもしれない。
さらにご新規が8名・6名と続き、そろそろ満席になる。店長はまだもどってこない。
そろそろヤバいんじゃないの。パントリーでドリンク担当の亮輔もオーダーがたまりさばき切れなくなる。
開店と同時に入店した男性3人女性1人のサラリーマンのうち、色黒で目がぎょろりと大きくいかにも快活な体育会系上がりの営業マン風が呼びボタンを押しつつ「す・み・ませーんー。」と手を上げた。
手が離せないので誰もいかない。
もう一度「す・み・ま・せ――ん!」とさっきより語気が粗めになり怒気を含んだ声が店内に響いた。
こうなると、危険を察知して、なおさら従業員は誰も行かない。
こんな時はいつもタイゾーの出番だ。
ただし、本来なら今日タイゾーは刺身場の担当なのでホールには出ていかない。店長の役目だ。
しかし、こんな時店長のところに助けを求めに行っても「やっぱりタイゾーじゃ店回んないなー。」と嫌味を言われるだけだ。
タイゾーは覚悟を決めた。
洗い場にいたアディーに、刺身場に入つているチャンジャだのタコワサだの誰でもできる盛るだけのオーダーを出しておくように指示しておいて、叫んでいるお客様のところに向かった。
タイゾーは体育会系風サラリーマンの前に立ち、無理やりに目だけ無くして即席の笑顔を作る。
よく顔を見ると何度も来ている常連であるが、会話をしたことはない。
見た目がやばい。いかつい感じなのでなるべく近づかないようにしていた客だ。
こういう客はあおいちゃんの担当だ。
オレではあしらえない。オレは火に飛び込んでしまった夏の虫だ。
「兄ちゃん、店長呼んでくれる?どうなってんのこの店は。入店してから30分もたってるけど最初のドリンクしか来とらんよ。そのドリンクかて15分かかったわ。さっきから見ているとこの店で要領よく動いてるのロボットだけじゃない?
こんな忙しいときに店長はおらんの?キッチンにおるのならちょっと呼んでくれや。この気持ち多分オレらだけやない。この店に居るお客さんみんなが思ってるで。わしは代弁者やで。」
多分このヒト関西人ではないであろうに、あえてガラを悪くするために関西人風の言葉を使っているようだ。
それでもカスハラと言われないように口調はやわらかく、時折作り笑顔を混ぜる芸当をする。さすが、営業マンなのであろう。
「大変申し訳ございません。すぐに料理をお持ちします。オーダーを確認してすぐ用意させていただきます。」
「兄ちゃん、オレの話聞いてる?ええから店長を呼んでおくんなさいまし。オレはこの店の店長とじっくり話したいんや。」
これはダメだ。素直に店長を呼んでこよう。向こうの言い分に従うしかない。
店長は後でキレてオレに八つ当たりをするだろうがいつものことだ。
そろそろこのシゴトも辞め時かな。オレももう限界だよ。好きなシゴトだけど、この店の店長が悪魔すぎる。異動願を出しても同じことだし。庭山統括スーパーバイザーもタヌキだからな。
タイゾーはそんなことをグルグル考えながらバックヤードに居る佐山店長のところに向かった。
佐山は一升瓶のケースを逆さまにしたイスに座り、タバコをくゆらせながらスマホを見ていた。
「店長、すみませんが店が回っていません。クレームで、どうしても店長を呼べとお怒りのお客様がいるので来てもらえますか。」
佐山はプハーと煙を吐いて毒を吐いた。
「ふざけんな!おまえが店回せてないのに、オレが今からノコノコお客さんの前に出ていって謝るんか。そんなん通じるわけねーだろ。アホか。
店長は今日はいないと言っとけ。なんでオレがおまえの尻ぬぐいしないといけないの。オレはおまえらみたいに現場のシゴトだけじゃねーの。」
佐山のあまりの剣幕に、タイゾーはどうでもよくなった。このヒトとはもう一緒にハタラけない。
もう今までガンバってきたすべてのことが、どうでもよくなって悲しい気持ちになった。
佐山を睨みつけてもしようがない。タイゾーは
というか、なるようになるしかない。
……と、その時店内が急にまくっらになった。
停電か?
客席からざわめきが聞こえる……。
タイゾーはちょうどバックヤードにいるので、程なくブレーカーの前に来た。
大きな錆びついた鉄の四角いブレーカーの扉を開け、レバーを上げようとすると一瞬早く電気が付いて復旧した。
ホールからお客様のざわめきが聞こえる。タイゾーは急いで戻った。
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