ヒト型AIロボット店長カズト
@YeZhetai
第1章 AIロボット店長カズトの覚醒
第1話 居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店
「店長、おはようございます!」
花咲あおいが出勤してきた。店長の佐山はバックヤードで一升瓶の空ケースをひっくり返したイスに座り、タバコをくゆらせながら
「ウッツス」と返事を返す。
居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店は、今日から連日毎員御礼のゴールデンウイークが始まる。
店は、駅前の最高な立地と、ここ最近のサイタマ市の人口爆発のおかげで、何はなくとも繁盛店だ。
さいたま新都心駅と大宮駅が合体してできた巨大ステーション「サイタマ新都心オオミヤステーション」は1日の乗降客数200万人を越え、シンジュク、シブヤ、イケブクロの次の乗降客数を誇るまでになっている。
「あおいちゃん、昨日のバトルはその後どうよ?」
佐山は店長だが、やる気がない。
今日からオレは10連勤なんだぞ。
お客さんは放っておいてもいっぱいくるから、いかにバイトどもをハタラかせるかがカギじゃないのかな。
そうさ、去年導入した新型のネコ型配膳ロボットカズちゃんをフル稼働させたればいいんじゃない?
ロボットはいいよー。「店長疲れました。」とか「休ませてください。」とか言わないし。いくらこき使ってもローキ(労働基準局)に垂れ込むことはない。
リース料と電気代足したって、べらぼうに高いサイタマ市の最低賃金よりはぜんぜんお安いわ。まかないくれてやらなくていいし。
佐山には今日から始まる飲食店の最繁忙ウィークGWの緊張感はない。佐山が考えているのは、可もなく不可もなく乗り切ることだ。
そう、昨日のバトルとはロボット対戦通信ゲームの話だ。
仕事が終わり帰宅後の真夜中にも、二人はそれぞれの自宅でともに戦っていたのであった。
「相手の最終形態アルティメットフォームがヤバイのよ。メチャ強くて。これ無理ゲーじゃないの?ロボットたちが完璧すぎてスキがないよ。これじゃ、ニンゲンはみなロボットの奴隷になってしまうよ。ヤバイヤバイ。」
「オレこんな考察を見付けたんだけどさあー。主人公を鍛え直す特訓があるみたいよ。見てくれるー。あ・お・いちゃん。」
「やだ、店長ちかいちかい。キモ~イ。」
「キモ~イだと!それはモラハラだ。モラハラってのはなー、そのモラルに反する言動をだな……。」
タイゾーもやる気がなかった。
居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店は店長の佐山と正社員はタイゾーの2人だけ。
売上規模からいったら、社員は3名、いや4名いてもおかしくない。
シゴトをしない佐山店長の分を、いつも自分が尻ぬぐいしているという不満がつのっている。
でも、1年前に導入された新型のネコ型配膳ロボットのカズちゃんがえらく役に立つので何とかなっている。
なにせこの新型配膳ロボットは、パワーアームという手が付いているところが凄い。ロボット自らの手でお客様に料理を渡したり、空いた食器を片付けたりできる。
それを可能にするためのアイセンサーとAI頭脳もかなり進化しているらしい。
佐山店長はズルさにかけては頭が回る。社員2名体制であることに加え、去年本部から押し付けられたロボットを使うことで自分はラクして人件費を下げる。
タイゾーはまだ24歳。人件費は安いが高卒6年目なのでシゴトはそこそこできて使い勝手が良い。
そして、父親ほどの年齢の佐山には逆らえない。
「そういえばタイゾー、本部からカズちゃん導入して今日で1年だからオールリセットのリロードしとけって指示が入ってたぞ。」
「あっ、そうでしたっけ。」
「おまえ、ちゃんと連絡事項把握しとけっていったろ。そんなんだから、まだまだ主任になるのもはえーんだよ。はよやっといてくれや。」
タイゾーは本日目玉のお刺身盛り合わせ「モリモリオトクセット」の仕込みをしていた。今日はゴールデンウイークだ。「モリモリオトクセット」は最低30人前くらいは仕込まないと間に合わないし、何か今日はもっと売れそうな気がする。50は仕込みたい。
佐山のココロ無い言動にキレたくなるが、そんな簡単にキレるキャラでもない。タイゾーはメガネの曇りを店のペーパータオルで拭きながら佐山に頭を下げる。
「すみませんが、モリモリの仕込みが追いつかないっす。」
「ったく。手がおせーんだから。」やや小声になり「だから彼女も出来ねーんだ。あれもこれも手がおせーんだから。」
とニヤニヤしながら
「あおいちゃーん、わーりんだけどそいつのメンテしてみてくれる?」
「了解でーす。」
あおいはネコ型配膳ロボットカズちゃんに近づき、電源を入れた。
「ピコ・ピコ・グーン・グーン」
とロボの起動音がして,しばらくするとカズちゃんのシステムは立ち上がった。
「てんちょーう、どうやってリロードするの?」
「あぁ、待てよ。えーと…… この間の店長会議で資料をもらっていたなー。」
佐山は革の黒かばんからファイルを取り出した。
「あった。これこれ。えーと。ctrとaltとdeleteを同時に押してだな。」
「enterキーを3回押したあとに、両手を前に伸ばして3歩進んだらニャンと言う。」
「……店長、まじめにやってください。カズちゃんは今やきちょーな戦力なんだから。カズちゃん動かないと店回んないよ!……それか店長がまじめに働けばいいんだけど。」
「あおい! それは聞き捨てならねーな。こうしてオレが店長でいるからこの店は繁盛してるんだぜ。オレのお陰で、みんなも楽しいだろ。この店楽しいだろ。」
「店長がサボるためにカズちゃんが導入されたんじゃないんだからね。」
あおいはもっともなことを言う。
「あおい、何言いやがる。オレが優秀な店長だから、実験段階のパワーアーム付きの新型配膳ロボットが試験導入されたんだぞ。おまえさんは、カイシャの事情をとんと理解しておらんな。」
あおいは店長のつまらないごたくにはスルーして、
「えーとenterを3回押した後はスタートをクリックして再起動だ!」
グーン・グーン・グーン・カシャ、カシャ、カシャ、カズちゃんは再起動モードに入った。
あおいとカズちゃんを横目にみているラフマンとアディーもやる気がなかった。
ラフマンは、佐山店長が自分の力でこの店が繁盛していると本気で信じているのが許せない。
サイタマ新都心オオミヤ駅北口徒歩ゼロ分の最好立地だぞ。それと居酒屋「新世紀」のブランド力だ。ネコが店長していてもお客は入るさ。
ラフマンとアディーは技能実習生としてインドネシアから2年前にやってきた。
ニホンに来て最初は感動の毎日だった。サイタマ新都心は目が回るような都会でいつも人で溢れていた。
佐山店長も自分らを温かく迎え入れてくれた。笑うと目から光が出るような”素敵な笑顔の優しい店長”だなと最初は思った。
……しかし、それは長く続かなかった。
佐山は表面つらはいいが中身が悪魔だ。
いまだにわれわれは、納品の荷物の片づけと魚のうろこ取りと洗い場しかやらせてもらえない。
遠くインドネシアから遥々やってきたわれわれに技術を身に付けさせてやろうなんて気持ちはサラサラない。
われわれは技能実習生としてニホンに来ているのだぞ。
いつも笑顔でわれわれに接してくるが、その悪魔の笑顔の裏側で自分達のことを都合の良い雑用係としか思っていないことがよく分かる。
ラフマンは思った。技能実習性としてニホンにやってきたというプライドが涙で滲む。これではただの作業ロボットではないか。ネコ型配膳ロボットのカズちゃんと何ら扱いが変わらない。
ayah(お父さん)、ibu(お母さん)ごめんなさい。もうココロが折れそうだ……なんてことはしょっちゅうだ。
でも、そんなことは我慢すればよいだけのことなんで何とでもなる。
そもそもわれわれは生来、ガマン強く作られている。
それより許せない事件があった。
ある日店長室を掃除していた時のことだ。
なんとなく佐山店長の人懐っこさにほだされて日常を深く掘り下げて考えなかった自分らも悪かったのかもしれない。
佐山店長の机に置いてあった、本部提出用とおぼしき前月の従業員の勤務シフトをまとめた書類が雑然と置いてあったので何とはなく見ていた。
3月31日の勤務表でラフマンとアディーは24時までの勤務となっていた。
しかし月末最終日のことなのでラフマンの記憶も鮮明だ。
あの日は棚卸が終わらず25時30分まで勤務していた。
疑念が生まれたので、その場にある過去のワークスケジュール表をさらに遡ってみると、他の日も深夜残業は全然ついてはいないではないか。
申し訳ないが他の従業員の分まで勝手に確認すると、他の従業員の残業代はちゃんとついている。
そうか。そういうことか。われわれはガイジンだから分からないと思っているのだな。
ニホン来てもう2年になる。日本語も一所懸命勉強したからもうたいがいのことは分かるのだよ。サヤマさん。
月末には毎回統括スーパーバイザーの庭山さんが臨店してくる。このことは庭山さんに話そう。
そのとき急に、あおいがメンテナンスしていたネコ型ロボットのカズちゃんの目がキラリと光ったような気がした。
ラディーとあおいは思わず目を見合わせた。
今までに感じた事の無い様なカズちゃんの目の異様な輝きだった。
「ピー・ピー all ok 準備完了!」AIロボットカズちゃんのスタンバイが終わったようだ。
タイゾーもその光景を見た。
みな何か違和感を感じたが、特に何が起きたわけだはないのでそのまま各自の作業に戻った。
タイゾーは配膳ロボカズちゃんが稼働を開始したのでモリモリオトクセットの仕込みは2人?掛りとなった。
刺身場にカズちゃんを立たせて、マグロの柵を渡すとカズちゃんは均等なマニュアルの1.5㎝幅を守って切りつける。
しかしマニュアル通りだけではない。最後中途半端なキレ端(つまりロス)がでそうだと思ったら、許される誤差の範囲で調整する。つまりニンゲンがやるような感覚的判断の暗黙知のような概念も持っているのである。
そう、作業という意味ではカズちゃんはもはやニンゲン以上であるとも言えた。元々作業スピードが速かったが、最近は何か応用力が付いたような気がする。そう言えば。
タイゾーはいつもシゴトに追われ自分のことで精一杯であったので、ロボットのことなどあまり気にしている時間はなかった。
でも今日は何となく気になる。
今日のネコ型配膳ロボットカズトには、今までとは何か違うような感覚がある。
そう、息をしているような。何か自分に寄り添っているような。察しているような。
隣では68歳のベテランバイトのおじいちゃんの松井秀幸さんが、黙々と切り分けられた鶏肉とネギを交互に串へ差し、焼き鶏のねぎまを仕込んでいる。
タイゾーは松井さんをうらやましく思った。
松井さんはいいな。店長が天使だろうと悪魔だろうと関係ない。自分の持ち分のシゴトをこなすだけ。それ以上も以下も望まない。
オレも悟りを開くには、おじいちゃんになるかロボットになるより他はないのであろうか。
営業開始の5時10分前となり、フリーターの悠斗と大学生の亮輔が入店してきた。
フリーターの悠斗は金髪にピアスをぶら下げている。
仕事中はピアスをブラブラしないものに変えるよ店長の佐山に言われているはずだが、また知らんふりをして付けている。
佐山は本来そんなことを気にするタイプではないのだが、庭山スーパーバイザーにチエックされるので注意しなければならない。そして注意役はタイゾーに振る。自分は嫌われたくないから。
タイゾーはそんな年上のヤンキーに自分がシャインで相手がバイトだからと言って、簡単に注意できるわけないじゃないと思っている。
佐山店長はメンドウクサイことを全部オレに押し付ける。
ほんとうにうんざりだ。
悠斗も基本的にやる気はない。
ただ、店長の佐山は細かいことをグダグダ自分には言ってこないので居心地が悪くないから辞めないだけだ。あと、あおいとお付き合いできないか狙っている。あおいは店長の佐山といつも仲良くじゃれているが、あれはバイトとしてこの店に居心地よくいるためだけの社交術だと思っている。
あのポンコツ店長なんかと不倫するほどのバカではないはずだ。
そういえば佐山店長にはもう高校3年生になる娘がいるということで、意外と若い子のネタにも話が付いてくる。
あーキモイ野郎だ。
大学生の亮輔もやる気はない。
今日はゴールデンウイークで忙しいんだろうなと思うとかったるかった。でもここでシフトに入っておかないと稼げないから致し方ない。
時給もいいし、まかないもつくから一人暮らしの大学生に居酒屋バイトはやめられない。
「それでは朝礼を始めます。」従業員を一列に集めて前に立ち、タイゾーが仕切った。
「本日の売り上げ目標は120万円。モリモリオトクセットの販売目標は80セット。人事生産性は……。」
佐山は後ろ手を組み、宙を見つめときどき突っ込みを入れる。
「最近人事生産性が下がっていると本部に注意されているのでみなよろしくな。」
タイゾーは面白くない。佐山店長がバックヤードでたばこを吸ってたり、店長室で何をやっているのか分からないのにホールに出てこなかったり、あおいとペチャクチャ無駄話をしているだけだったりするから人事生産性は上がらないのじゃないか。
まあいいさ。都合の悪いことは全部タイゾーのせいにするが、出てきた数字の最終責任者は店長のハズだから。
佐山店長は庭山スーパーバイザーに「人事生産性が上がらないのはタイゾーが使えないからですよ。まだまだ小僧で要領が悪いんですよ。」とか平気で言うけれども。
そんな口先を真に受けるならそれまでのカイシャだということだ…。
あれ、気づいたら朝礼の列の右端にネコ型ロボットのカズちゃんも並んでいるじゃない。だれかふざけてここに並べたのかな?隣にいる松井さんが?いや松井さんはそんな酔狂なことするタイプじゃない。なんでカズちゃんが朝礼の列に勝手に並んでるの?
それよりもう17時になる。そんなことに気を取られている場合じゃない。営業が始まる。今日はゴールデンウイーク初日だ。忙しくなるぞ!
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