不思議な出会い、見知らぬ男

橙こあら

不思議な出会い、見知らぬ男

 とある家の部屋の隅っこで、そこに住んでいる少年は良からぬことを考えていた。こんなに楽ししくなりそうになければ、明るくなりそうにもない世の中から抜け出したい。少年は絶望していたのだ、この世の中について。そして彼は思い付いたのである。「こうなったら自分の名前……フルネームを赤いペンで何かに書いて、死んでしまおう!」と。おまじないをしようと決心した少年は、すぐに勉強机の引き出しから赤いペンと紙を取り出した。


「これでオレは、この世界から出られるんだっ!」


 少年は笑みを浮かべたが……。


「そんなよく分からぬ……おまじないごっこで死ぬことができるわけ、ないだろう」


 急に少年の独り言以外の声が、彼の耳に入ってきた。今、この部屋にはオレしかいないはずだが……と思いながら少年は体をガタガタさせている。しかし、震えながらも辺りを見回す少年。すると、


「……わあーっ!」


 少年は驚いて大声を出した。なぜなら彼の目の前に、見知らぬ男が登場したからである。


「だ……誰だ、あんたは! どこから入ってきたんだよっ!」


 怖がりながら、少年は男に言葉を放った。それに対して男は……。


「……お前のような者を『負け犬』というのだ……」


 見知らぬ男は怯える少年の問いには答えず、低めの声で少年に悪態を吐いた。見知らぬ男……その男は、黒髪の青年。その目は、どこか遠くを見つめているようだ。


「だから! どうやって、この部屋に入ってきたんだよ! それ答えたら……いや答える気がなくても良いから早く、どっか行け! 消えろ、気持ち悪いっ……!」


 オドオドした様子は隠せないものの、強い口調で少年は見知らぬ男に言葉をぶつけ続けている。そして男は、興奮気味の少年に言った。


「……お前は、泳げ……」

「は……はあっ?」


 見知らぬ男から命令されたと受け取り、少年はイライラしている。少年の恐怖は、間もなく苛立ちへと変化した。それでも男は全く表情を変えない。


「……良いから、お前は泳ぐのだ……」

「おいおいっ……あんた何だよ、その泳ぐって! もう出ていけ……本っ当に、ムカつくんだよ!」


 とうとう少年の怒りはヒートアップし、右手で見知らぬ男を殴った。見知らぬ男は、少年の固いグーを左の頬に受けた。


「な……あんたマジで、一体……」


 しかし見知らぬ男は、全く動じていない。その様子を見て再び怖くなった少年に顔を向けながら、口を開く見知らぬ男。


「……お前は、知恵の足りない奴だな……」

「ひいっ……」


 少年に殴られ、見知らぬ男は動じてはいなかったものの、しっかりダメージは受けていた。見知らぬ男は今、口から血を流している。そんな見知らぬ男を、少年はビクビクしながら目に入れているのだ。


「……泳ぐとは……世の中を上手に渡る、ということだ……」


 そして少年は「わあーっ!」と自室で叫んだ。見知らぬ男は「泳ぐ」ということの意味を説明した直後、少年の目の前からパッ! と消えてしまったのだ。




 ある朝、少年は目を覚ました。開眼するなり彼はキョロキョロと辺りを確認し始めた。その結果、自室には少年以外の者はいなかったため、彼はホッとした。


「……あれは夢だったのか……」


 なぜ少年は、あのような夢を見たのだろうか。少年は不思議に思っている。夢だと分かっても、そこで起こった出来事が気になって仕方がないようだ。自分は今、平和な生活をしているし、困っていることは特にない。それなのに……なぜ、あんな夢を見たのか。


「何だったんだよ、あの夢は……。そして、あの男……。誰だったんだよ、あいつは……」




 一方、少年の家ではない別の場所では……。


「いってぇ……。あの野郎、思いっ切りオレをブン殴りやがって……」


 ある者が不満そうに、独り言を吐いていた。その言葉の主は……少年の目の前に現れた、あの見知らぬ男である。


「でも……お前は、また良い務めを果たしていたよ!」


 見知らぬ男は、側にいる者……仲間に絶賛された。今、見知らぬ男の周りには多くの仲間が集まっており、みんなが彼に尊敬の念を抱いている。


「最近すぐに自殺する者が多いから、せめて見守っている立場の我々が教えとかなきゃなあ。頑張って、生きろって。今が幸せであっても……もしかしたら、いつか自殺を考えてしまう誰かさんがいるだろうしな~。だから我々が、とにかく夢に入りまくって……メッセージを伝えなくてはならない。大事なことを、生きている全ての者に教えてやらないと! みんな生きるべきなんだ、あの世界で!」


 どうやら見知らぬ男と彼の仲間たちは、生きている者たちを守る存在のようだ。


「しかし、あの話し方は……疲れる。堅苦しいったらありゃしないぜぇ」

「まあ人間たちにとっての我々のイメージが、そういうものなんだし……それは仕方がないんじゃないかなー」


 果たして、少年は気付くのだろうか。夢の中とはいえ、あのとき自分が出会った見知らぬ男の正体は……神だということを。

 さて神は次に、一体誰の夢の中へ入ってメッセージを伝えるのか。

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