そのシグナルが混ざったら
M@coSAKi
第1話『作バン料理部、始動──』
彼女は今日、一年三組の一員となり……
「ハァァァァ、失敗したぁぁあああ」
頭を抱えて机に突っ伏している。……というのも、遡ること二十分……。
「えー、今日から君たちの担任になった
それではこの一年三組の皆に、まずは自己紹介をしてもらおう。一年、はては三年間を共にする仲間だからな。顔と名前くらい知っていて然るべきだろう?
そうだなー……、あまり自己アピールが得意でないやつもいるだろう。最低限、名前だけでも構わん。無論、趣味や特技、あるいは野望や宣伝、個性的なアピールをしてもらってもいい。そこは自由だー。
とりあえず席と同じ出席番号順に行こう。相川からだな。どうせこれまでも出席番号1番やそこらだろうし、トップバッターは慣れてるだろー?」
「えー、まーそりゃ慣れてますけども!」
初めての高校という舞台、見知らぬ顔が集まり緊張していた子も多かろう。それでもそんなやり取りに少し笑いが起こり、クラスの雰囲気は温まる。
相川君が立ち上がり、みんなのほうを向く。
「あー、じゃあ相川新太です。当然これまでもほとんど出席番号一番……。
あ、でも一度だけ二番だったことあるんすよー。その時の一番は相生君でしたねー。
野球やってます、よろしく!」
そんな感じで自己紹介が進んでいった。そして出席番号三十三番。
「えーっ、美甘凛瑚、十五歳!
あっ、みんな十五歳なのは同じだよね! 留年生でもいない限りは! あははー」
本当に留年生がいたらその空気は重かったろう。幸い、このクラスにはいなかったようだが。……そう、盛大に自己紹介で滑ったのである。
まだ初対面だらけの学校初日、みんな距離を測りかね、なかなか大きな笑いは起きにくいのである。安牌は無難な自己紹介なのだ。
ちなみに、四月二日から入学式までが誕生日の人ならば、すでに十六歳になっているはずなので、やはりみんな十五歳とは限らない。
「え、えーっとー……、あ、りんごって名前だけど林檎じゃないんです! 凛々しいの凛に珊瑚の瑚で凛瑚です!
うちの親曰くー……、『椎名○檎が好きだから林檎にしようと思ったんだけどさー、あんたの顔見た瞬間彼女とは似ても似つかんなって思ってさ!』らしいです!
そりゃそうじゃん、赤ちゃんだよ!? 似るわけなくなーい!?」
から回るノリ。居た堪れない空気。普通に喋ればいいものを、あえて盛り上げようとするが故の駄々滑り。
たとえ同じ内容だとしても、普通に言えていれば何も問題は無かったはずなのだ。
「あっ、あぇっ、と、趣味はお菓子作り! 林檎を使ったスイーツが得意です! 共食いー、なんちゃってー」
やめればいいのに。何故取り繕おうと余計に拗らせていくのか。
「な、なんちゃってー……」
隣の席の男子が囁く。
「そ、その辺で切り上げるんだ…!」
それを聞いてようやく締める。
「あ、あ、えー……、よ、よろしく………」
締まりはないけど。
ぎこちない拍手の中で、着席。そして今に至る──
突っ伏す凛瑚の元に、一人の女子が近寄る。
「私は凛瑚のガッツを評価するよ……。仲良くしようぜー?」
その女子の名は
隣の男子も「そうだよ、もうみんな美甘さんの名前と顔はしっかり覚えられたから、悪い自己紹介じゃなかったって!」とフォローしてくる。
「うううー……、先が思いやられるよぉー……」
「大丈夫、凛瑚の骨は拾うから安心して砕けてゆけ」
「それ私無事じゃないじゃーん!!」
さて、そんなこんなで入学から一週間。この昼休み、クラスは「部活・同好会どうする?」という話題で持ちきりだった。
「うーん、料理同好会……、気になるな……」
「凛瑚、あそこはやめたほうがいい。お兄ちゃんが言ってたけど、ここの料理同好会は全然料理してないって。会費貪って外に食べに行くばっかりだって。昔は部活だったけどそんなこんなで同好会に格下げされたらしい」
「えええー、なにそれー……。いや、それはそれで面白そうではあるけど……」
腕を組んで考え込む凛瑚。しかしやはりお菓子を作りたい。
料理ができないのならいっそ運動部のほうがいい。身体を動かすのは好きなのだ。
「ねぇ凛瑚、『ロック部』に入らない?」
「え、ロック部……? そんなのあったっけ……? 軽音部ならあるけど……」
「私が新設申請する。ぶいぶい」
空は両手でVサインをし、得意げな顔だ。
「えっ、作るの!? 空ちゃんの行動力すごぉ……」
「最初は軽音部も考えたんだけどね、どうも軽音部全体的に音楽や活動の方向性が合わない。ならいっそ作ってしまえとね」
「えー、でもちゃんと申請通るの?」
「……、最低二人と顧問の先生一人で『同好会』は名乗れる。部にするなら生徒四人以上で、活動内容がそれなりだと認められる必要がある」
「でも私、音楽はあんまり詳しくないしなー……」
「大丈夫、幽霊部員でもいい。なんなら部室でお菓子を作ってくれると私が嬉しい」
「それもうお菓子部では!? ……、や、一人二人で活動になるの? バンドやりたいんでしょ?」
「まぁバンドがやりたくはある。けど最悪語り合えるだけでもいいんだー。私さ、あんまり音楽の話が合う人いないんだよー」
「あー、空ちゃんやっぱりロックが好きなの?」
「ノン。本当に好きなのはポストロック」
「え、でもロックなんでしょ?」
「ロックだけどロックじゃない。ギターでロックしないロック。ロックじゃないところが最高にロック。それがポストロック」
「全然わかんない……」
「そう、だからまぁ『ロック部』として括りは広くしようかなと。軽音部はどうも流行りのポピュラー音楽がメインでさー、マイナーなとこどころかゴリゴリのロックすらほとんどやらないみたいでー。だから、話ができるだけでも私は嬉しいんだー」
「なるほど……」
少し考えて凛瑚は言う。
「わかった、入ってあげる! 音楽はわからないけど、休憩用のお菓子作るね!」
「サンキューベイベー。んじゃとりあえず部活にするにはあと2人か……」
空はクラスを見渡す。運動部の話をしている男子たち。吹奏楽部を希望する女子たち。いかにも手芸部な子、あるいは帰宅部だーとか言ってる子、様々いる。
そんな中、教室の一番後ろの席に座る一人の女子に目がいく。その子は確か、自己紹介であまり目立たなかった子……。名前は
「喜彩……、音楽が趣味って言ってたな……」
「喜彩ちゃん? あー、言ってたかもね」
「音楽が趣味……、そしてあのヘッドホン、なかなかいいやつ……。というかあのパソコンもかなりハイクラス……」
「お金持ちなのかな? 名前もなんか凄いし実はいいとこのお嬢様だったり?」
「お嬢様がこの学校を選ぶ理由、あるかな……」
この海色高校、かなり自由な校風で知られる公立校だ。偏差値こそ高めではあるが、わざわざお嬢様が選ぶような学校ではない。
「……、あ」
空はそのパソコンの横に、何やら機械が置いてあることに気づく。
「USB式のオーディオインターフェースだ……」
「オーディオ……なに?」
「オーディオインターフェース。簡単に言うと、パソコンの代わりに音楽的な処理をやってくれる機械だよ。例えば録音、例えば音源の再生……。早い話が、パソコンで録音とか作曲とかするのに使う」
「なるほど。作曲できるの? すごいね」
「これは……まずは探りに行くか。凛瑚、スニーキングミッションだ」
「あー、ゲームで隠れるやつ!」
二人はこっそり、喜彩の背後に回る。彼女のパソコンの画面にはDAWと呼ばれるソフトが映し出されていた。
確信した空は「ね、ね」と喜彩の肩を叩く。
「ひゃあっ!?」
その瞬間、喜彩は跳ね上がる。
「なっななななっ、なんですか!?」
「あー、ごめん。ちょっとお話がしたくて」
「な、なんでしょう…?」
「それ、どんな曲作ってるの?」
「え………」
喜彩はたじろぐ。なかなか答えが返ってこない。
「あー……大丈夫。私、ポストロックが好き。だからどんなマイナーなジャンルが返ってきても大丈夫」
「ポストロック、ですか……」
それを聞いて喜彩は逡巡し、やがて答える。
「……、ブレイクコア、です……」
「ブレイクコア!!!?」
「ひっ……」
「あっ、ごめんごめん、ちょっと予想外で驚いただけ。いいね、DTM歴どれくらい?」
「さ、三年ほど……」
「へー……。やー、私もギターとベース宅録して作るからさ、お仲間だね」
「は、はぁ……」
そこで会話が止まる。どうも喜彩はコミュニケーションがあまり得意ではないようだ。
「ね、ロック部……、いや、作曲部に入らない?」
「「さ、作曲部……!?」」
凛瑚と喜彩がハモる。
「ふふ、最初はロック部としてバンドしたり話し相手ができたらいいなーと思ったんだけど、喜彩のそれ見たら作曲部でもいい気がしてきた。私も曲作るしね」
喜彩は目を伏せ、押しだまり、苦しそうな表情を浮かべ、しばらくしてようやく答える。
「…………、ぜ、ぜひ…………」
「お、おう。断られる雰囲気だったけど肯定かい」
喜彩は顔をあげ、続ける。
「実は……私も、あまり音楽の話ができる方がいなくて……。クラシック等も嗜みますが、吹奏楽部は人が多くて怖くて……。軽音部は肌が合わず、困っていたところでして……」
「お、私と同じ。軽音部はちょっと違ったんだよねー」
「ぽ、ポストロックにも……興味があります。シューゲイザーなどは聴くので……」
「おお……、めちゃ嬉しい……。私もドリルンベースとかも好きだから、ブレイクコアも行ける」
「ほ、本当ですか……!? あ、EDMではなくIDMのほうなのですが……!」
「バッチリ。スクエア○ッシャーとかたまに聴くよ」
「は、初めて話の合う方とお会いしましたわ……!」
そして割り込む凛瑚。
「あ、あのー……何やら話がさっぱりでぇー……」
「あ、ごめんごめん凛瑚。大丈夫、めちゃ話合うじゃんってコト。これで三人。あと一人で部活にできるぜー」
「こ、顧問の方は……?」
「担任の真白ちゃんに頼もうかなって。吹奏楽部と兼任になるけど、まぁ別に普段来てもらわなくてもいいし。今から頼みに行こうぜー」
三人は職員室の真白先生の元へ向かう。
「そ、そういえば美甘さんはどんな音楽が好みなのですか……?」
「え!? わ、私はー……、その、あんまり詳しくなくて……」
「あら、そうなのですか? 明力さんと仲が良いのでてっきり……」
「あ、あははー……」
空がガラリと職員室のドアを開け、「真白ちゃん先生いますかー」と言う。
「おい明力ー。仮にも先生だぞー、黒川先生と呼べ黒川先生と」
「こりゃまた失敬。黒川先生、こちらをば……」
「ん……? 部活動・同好会新設申請届……?」
「ええ、顧問になっていただきたく。なーに、別に普段顔を出す必要はないのでぇー、吹奏楽部と兼任で大丈夫なはずでやんす」
「なんだその口調。なになに……、『作曲部』……? なんだお前たち、作曲するのか」
「できればバンド活動もしたいんですがね、軽音部は肌に合わずー……。こちらの喜彩様もDTMができるというので、互いに作曲スキルを高め合ったり、作った曲を聴き合おうという活動でぇー」
「なるほど。いいんじゃないか。部活動にするにはあと一人必要だが。ただ、『作曲部』という名前は変えたほうがいいかもな」
「と言いますと?」
「さっき言ったじゃないか。『できればバンド活動もしたい』と。もしこれからいざバンド活動ができるような状態になったとき、『作曲部』だと少しズレるだろ。
それにもし他に『バンドがしたいけど軽音部は合わない』ってやつがいたときに、『作曲部』だとアウトリーチが届きにくいだろ? もう少し総合的な名前にするといい」
「なるほどなるほど……」
「あと、チラシ作って部員を募集するといい。人数が増えると経費の申請がしやすくなる」
「真白ちゃん先生、なかなか親身ですな」
「なーに、私も高校の頃そんなことをしてたからな。あと真白ちゃん先生言うな。
それと、他に何か聞きたいことはあるか?」
凛瑚が手を挙げて尋ねる。
「あの! 部室にオーブンは置けますか……!?」
「は?」
流石に想定外の質問すぎたのか、真白先生も困惑する。
凛瑚は説明を続ける。
「い、いえ、私は実は料理同好会に入ろうと思ったんですが、活動実態が良くないらしく……。空ちゃんの部の埋め合わせ要員をしながら、休憩用のお菓子が作りたいなーと……!」
「な、なんというか……、それはまた話が変わってくるな……。家庭科室のを使わせてもらえ、と言いたいところだが、その家庭科室は件の料理同好会の場所になってるからな……。でもあいつら全然いないし大丈夫か……?」
「な、なんとかなりますかね……?」
「うーん……。お菓子は家で作れるんだろう?」
「そ、そりゃまぁ……」
「なぁ美甘。この際だ、音楽に手を出してみないか?」
「え?」
その話に、空と喜彩が乗っかる。
「そうだよ、凛瑚も何かやってみようよ」
「そ、そうですわ! 音楽はとても楽しいものです!」
「そうだ美甘。お菓子は家から持ってくるのでも充分だろう?」
「で、でもでも……! 家から持ってくるとなると大変なんですよ! クッキーとかならともかく、ケーキとかになると……」
「む、そりゃ確かに」
真白先生は少し考えて、こう言う。
「じゃあ……、明力と四十九院。お菓子作りに手を出してみないか?」
「「「え???」」」
今度は三人ともハモる。
「そう、つまり……、『音楽とお菓子部』にするんだよ」
「「「お、『音楽とお菓子部』!!?」」」
それを聞いた周りの先生たちも思わず吹き出している。
「うちはかなり自由な校風だ。多少不思議な活動内容でも通る。中には『ようかいけむり再現部』なんてニッチなものから『海へ行ったり山登ったり部屋でゴロゴロしたりする部』なんて意味不明なものもある。
しかも音楽とお菓子両方が活動内容ならば、音楽機材の設置も調理器具の設置もどちらも申請できる。何より個性的で面白そうだろう?」
「「「う、うーん………」」」
「名前は別に『音楽とお菓子部』である必要はない。チラシにわかりやすく活動内容を書いておけば人は呼び込めるから、名前はもっと捻ってもいい。ま、考えてみることだ。安心しろ、顧問はしてやる」
三人は教室で悩んでいた。
「うーん……、『作曲、バンド、スイーツ部』……長いな……」
「『総合芸術部』……だとオペラとかみたいになってしまいますね……」
そして凛瑚が立ち上がる。
「よし! いっそまず三人でバンドを組んで、バンド名を決めて、それを部の名前にしよう!」
「え、凛瑚、バンドやってくれるの?」
「うん、この際だもん。何か楽器やってみようかなって」
「わ、私はシンセサイザーなら担当できますわ」
「私はギター。ベースもできるけど」
「となるとー……、私はドラムがいいかな!?」
「いいじゃんいいじゃん。やっちゃえドラム。あのビー○ルズのドラマーもリンゴだし」
「お、応援しますわ……!」
と、そこにクラスの男子、中里健太郎が話しかけてくる。
「なに、バンドやんの?」
「おう。なんだキミも入りたいのかー?」
「いや、女の子だらけだしやめとくよ。ただ、一人紹介できるやつを知っている。ベース弾いてる女子なんだけど」
「誰だれ!?」
「うちのクラスの
「めたらー?」
凛瑚は首を傾げ、空が答える。
「ヘヴィメタルが好きってことだよ。なるほど、メタラーや現代音楽の視点も取り入れてみたいね……」
「ヘビメタ! あまり聴かないので新鮮ですわ」
「今たぶん食堂にいるぜ。行ってみたら?」
「サンキュー健太郎。今度凛瑚のお菓子を奢ってやろう」
「私のかい!!」
「いえーい、楽しみにしてるぜ美甘ー」
三人は食堂で翡翠を探す。ちょうど翡翠は席に着き、食べ始めるところだった。
「……やーっとお昼にありつけたー……。まじぴえん。お昼休みももうすぐ終わるのにぃー……。てかマジそろそろガッコの中覚えろしー……。いーかげん迷子になるのやめてー……。てかてかぁ、お弁当忘れたの、とにかくさげぽよー……」
悲しそうな顔で食べ始める彼女に、空が対面に腰掛け話しかける。
「おいすー、お腹すかせたところ悪いね。食べながらでいいからちょいと話を聞いてくれんかね」
「そらぴじゃーん。なになにー?」
「バンドやらない? ベース弾けるんだってね」
「なっ、どしてそれを……!? 自己紹介のときも音楽のコトは言ってないのにぃ……」
翡翠は目の前のペタ盛り唐揚げを頬張る。
「や、健太郎から聞いた」
「ケンタローあいつ……。あとでシメるし」
翡翠は怒りの表情を浮かべる。それを見た空は、唐揚げを一つ盗み食いしながら尋ねる。
「なになに、バンドやりたくない感じ?」
「やりたくないわけじゃないしー。……うちが好きなのはヘヴィメタルと現代音楽。弾いてるのもベース。JKとしてはちょいアレじゃん? だから隠してたんよ」
「はぇー。ちなみに私はポストロックが好きだよー」
「ポストロック! 自己紹介ん時はロックっつってたんにー、ぼかしたなー?」
「そしてこっちの喜彩はなんとIDMが好きなのだー。しかもブレイクコアとかの」
「ブコア!?」
翡翠は唐揚げを落としそうになる。喜彩は顔を手で覆い、恥じらう。
「は、恥ずかしいですわ……」
「い、意外すぎるし……」
「だからさ、ヘヴィメタも現代音楽も全然オールオーライなわけよー。むしろ音楽の幅が広がって面白そうじゃん?」
「それは確かにぃ……」
富士山のごとく積まれていた唐揚げは、いつの間にか消え去っていた。
「めちゃ食べるね」
「わ、悪いかー!? 食べるの好きなんよ」
それを聞いた凛瑚が身を乗り出す。
「翡翠ちゃんは、お菓子は好き!?」
「おう! めちゃ好きだが?」
「えへへー、部室でお菓子作りたいんだよねー」
「ちょい待ち。バンドやるって話じゃなかったん!?」
「うん。バンドやるよ!」
「で、お菓子も作る」
「何それ! カオスすぎんか!?」
当然の困惑を見せる翡翠。
「どうせやるなら面白いことを。ね?」
空が得意気な顔で言う。そして翡翠はギガ盛りご飯と味噌汁、漬け物も平らげ、言う。
「………、そゆことなら、普通の料理もしたいし。うち、食べるの好きなんだけど作るのも好きなんよ。だからこの前、料理同好会を見学したんだがー……」
「あー……。料理同好会はねぇ……」
「うん、あそこは食うだけだべ? だから、どーせやるならバンドもお菓子も、普通の料理も! どーよ?」
「この際だ、やっちゃおうぜー」
「やろうやろう!」
「ど、どんどん活動内容がおかしくなっていきますわ……!」
そして放課後。四人は話し合っていた。
「なるなる。バンド名決めて、それを部活の名前にして、チラシで部員を勧誘するん?」
「そうそう。何か案あるー?」
「………、思うんだけどぉ、まずバンドやらんことにはそれっぽい名前決められんくない? 音楽の方向性とかもあるっしょ?」
「確かに。でも残念ながら、こちらの凛瑚は未経験なので今すぐにできるわけではないのだー」
「面目ない……!」
「こ、好みの音楽もバラバラですし、方向性はまとまらないかと……」
「じゃあいっそそれがバンドの色なんじゃね?」
四人はさらに深く考える。
「なるほど……。光の三原色って、混ざると白になるんだっけ」
「色の三原色は逆に黒くなりますわ」
「……、凛瑚は赤っぽい。喜彩は黄色。翡翠は緑。私は空だから青……」
「三人ずつに分かれれば光の三原色と色の三原色どっちもできるじゃんね。シアン・マゼンタ・イエローは色の三原色、赤緑青は光の三原色っしょ」
「あ! 赤青黄色にすると今度は信号機だ!」
「それなら赤緑黄色で信号機でもいいね」
「信号機……トラフィック・ライトですわね」
「ちょっとゴツくね? いっそ信号と色そのもので『シグナルカラー』とかどーよ?」
「シグナルカラー……! カッコいい!」
「呼びやすいし、シンプルイズベストでもあるね」
「んじゃじゃ、『シグナルカラー・デリシャス』は!? お料理要素も足すの!」
「あはは、おもろい名前ー」
「個性的ですわ……!」
「うん、いんじゃねー? マジぱねーしょん!」
そして四人は帰宅準備をする。
「とりあえず、チラシをそれぞれ家で書いてこよう。それで勧誘だー」
「おっけー! カラフルに描いてこようかな!」
「わ、私はパソコンでデザインしてみますわ!」
「んー、ケンタローが得意そうだし手伝ってもらうべ」
「あっ、ロイン交換しようぜー。何かあれば通話なりメッセ送ってくりゃれー」
「………、翡翠ちゃん、なんでロインの名前カワセミなの!?」
「あはっ、センス抜群っしょー? 実は翡翠はカワセミとも読むんよー!」
そしてロインで友達登録を済ませた四人は帰宅し、各々で作業をする。
「うーん、よくよく考えたら、バンド名を部活名にしちゃったら他の人入りにくくない? 人増えたらバンドそのものも増えるかもだし」
凛瑚はちゃんと気がついた。リビングのテーブルで、自分で焼いたクッキーを食べながらチラシを書き始める。
「ねーちゃん、クッキーもらうよ。……、それ何書いてんの?」
弟が傍に腰掛け、言う。
「えへへー、お姉ちゃん部活始めるんだー。その勧誘チラシを書かねばならんのだー」
「へー、何部? やっぱお菓子作り系?」
「ふっふっふー……。部活名から悩んでいるのだ!」
「え、新しい部活作るってこと?」
「そうそう。バンドやって、作曲したりお菓子やお料理を作る部活だよー」
「は? 何言ってんのねーちゃん。わけわかんねーんだけど」
「ふふふ、『どうせやるなら面白いことを』って、空ちゃんが言ってた!」
「てかねーちゃんバンドや作曲なんてできんの?」
「作曲はわからないけどー、とりあえずドラムはやってみたいなって」
「へー……、ねーちゃんがドラム……ねぇ。まぁ元気で体力は有り余ってるしな……」
「ねぇ十色(としき)、お姉ちゃんのことバカにしてる……?」
「いやー? お菓子は美味いし、すばらしいねーちゃんダナー」
そして凛瑚はスマホを手に取る。
「そうだ、部活名はやっぱバンド名じゃないほうがいいよねって皆に送っとかないと」
りんご:〔ね、バンド名を部活名にしちゃうと、他の人が入りにくくないかな!?〕
☁空☁:〔………たしかに。人数増えてバンドも増えるならなおさらだ〕
カワセミ🐦️:《盲点!》(スタンプ)
四十九院喜彩:〔シグナルカラー・クッキング部、意味もわかりかねますし……〕
☁空☁:〔「音楽料理部」とかにしとく?〕
カワセミ🐦️:〔どっちにしろ字面わけわかんねー!😆😆😆〕
四十九院喜彩:〔やはり活動内容のわかりやすさのために「作曲バンド料理部」などがよろしいのでは〕
りんご:〔…………わかり、やすい????〕
カワセミ🐦️:《爆笑》(スタンプ)
☁空☁:〔詳しい内容は説明で書けばいいんだし。「なんだそれ???」ってチラシを詳しく読もうとする人も増えるかも〕
りんご:〔いいと思う!〕
カワセミ🐦️:〔略したら「作バン料理部」!!!???〕
四十九院喜彩:〔謎の料理部すぎます!〕
☁空☁:〔作曲(DTM)、バンド活動、お料理・お菓子作りが主軸の部活です! って感じで書けば良さそう。〕
〔バンドやってるけど作曲はバンドサウンドに拘らない感じも伝えたいね〕
そして数刻。
「………、よし。こんな感じかな」
「作曲バンド料理部………、意味わかんなすぎる」
「ふっふっふ、お姉ちゃんの伝説はココから始まるのだよ……!」
「ま、がんばれねーちゃん」
そして翌日。
「真白ちゃん先生ー。申請書とチラシ、できました」
「どれどれー……、『作曲バンド料理部』……。改めて意味分かんなくて面白いな。
美甘のはお菓子が色とりどりに描かれてて目を引くな。日月のはギャルみのある文字に唐揚げにハンバーグにケーキにベースにテルミンが描かれてて本当に意味分かんないな」
「力作です!」
「内容に忠実に描いてみたんじゃん!?」
「明力のはギターとベース、ドラムにシンセでバンド感満載。四十九院のは整然として見やすいし、パソコンのイラストまであってまた毛色が違うな」
「ふふ、なかなか頑張った」
「DTMも外せない内容ですので……!」
そして真白先生は申請書を受理し、チラシを返す。
「チラシの掲載は既に許可をとってある。校内の掲示板ならどこに貼ってもいい。好きに貼ってこい」
「わーい!」
「目立つところに貼らねば」
「で、だ。実は昨日既に仮で少し処理を進めておいたんだが、部室は第二音楽室が空いている。廊下出てすぐに流しもあるからお菓子や料理に使う水の確保も楽だ。で、家庭科室のオーブンレンジを一つ回してもいいそうだ。あまり使ってないらしくてな。
ただ、火を使う場合はカセットコンロとバーナー限定だ。カセットコンロやガスは私物の持ち込みで賄ってくれ。昼はいいが、朝と放課後は火を使う前に職員室に一報入れること。
そして……、ドラムセット。軽音部のが一組ぶん余っている。とりあえずそれを運んで使っていい」
「おお、真白ちゃん先生有能……」
「しろぴセンセ、デキる女すぎんかー!?」
「ただしその他の音楽機材はほぼ無い。使えるパソコンもな。各自で持ち寄るなどが必要だが……、私の私物もいくらか貸せるぞ」
「私はポストロッカーだからギター周りのものは色々持ってる、大丈夫。ただ、ノートパソコンは持ってないんだなぁ……」
「私もノートパソコンは持ってない〜!」
「ご安心ください、私の予備のノートパソコンをお二人にお貸ししますわ!」
「予備のノートパソコンがいくつも……?」
「シンセサイザーやサンプラーも自前のものがありますから心配いりませんわ!」
「うちは親が楽器やってたから機材もそれなりにあるし。使えそうなの持ってきたいけど……、どう運ぶん?」
「あー、担任で顧問のよしみだ。車出してやるぞ」
「真白先生太っ腹ー!」
四人の女子高生による、新たな部活動が始まる。
既に疎らな桜の絨毯を踏みしめ、バラバラな四人はベクトルを等しくして歩いていく。
「あー、なんかワクワクしてきた……!」
「これから何が始まってしまうのでしょうか……!」
「作バン料理部の伝説はココから始まる……」
「とりまおなか空いたし!」
「ねーお兄ちゃん、なんか要らないエフェクターとか機材あるー?」
「おまえ散々オレのお下がりもらってるだろ。あんまり余ってないよ」
「えー……。バンド始めるからなんかあったらいいなーって」
「え、バンドするんか。ポストロック好きが集まったのか?」
「パティシエ志望で音楽は素人な女の子と、メタラー兼現代音楽好きなギャルと、ブレイクコアお嬢様」
「……は?」
空は兄の影響でポストロックにのめり込んだという経緯がある。そのおかげか今も仲良し兄妹である。音楽もゲームも、兄の影響を受けているお兄ちゃんっ子だ。
空は得意気な顔で言う。
「作曲バンド料理部を始めるんだー」
「なんだよ作曲バンド料理部って」
「作曲したり、バンドしたり、お菓子やお料理を作る部活」
「……、それが許されるの、海色は相変わらずだなぁ……」
しみじみとしている兄に、また妹が聞く。
「あ、お兄ちゃん電子ドラム持ってなかった?」
「あー、昔買ったのがあるね。なに、欲しいの?」
「初心者の子がドラムやるんだけど、家でも練習できたほうがいいじゃん? 電子ドラムなら家でも叩きやすいかなって。電子ドラムでこそやれる音楽もあるだろうし」
「なるほどね。使ってないから持ってっていいよ」
「お兄ちゃんさんきゅー。持つべきものは音楽好きな兄だね」
「何か気になる物があるとすぐ買っちゃうからな……」
そして、空の自室にて。
「さて……。これまでに作った曲の音源も持ってこうかな。ポストロックの紹介にもなるし。てか好きなアーティストのCDも持ってくか」
空は夜、なんとも楽しそうに明日の準備をしていた。
翌日の放課後、第二音楽室にて。
「昼休みにドラムセットは既に運んでおいたぞ。ついでに軽音部から余ってるアンプも少し持ってきた。それじゃあ日月は今から私の車な。乗せてってやるから機材運ぶぞー」
「ちょっと待って真白ちゃん先生。コレは何!?」
「ああ、私の私物で使えそうなものもいくらか持ってきておいたぞ。シールドやマイクスタンド、五線譜用紙にクラシックのCD。炊飯器、電子レンジ、フライパン、鍋、あとDIY用品に資材だな。廊下の流しの一角に調理スペースでも取り付けようと思ってな。わざわざ廊下で水汲んで部屋に戻って料理するのも大変だろう? ココ、あまり使われてないしな」
「え、いいんですか!?」
「しろぴセンセ、マジ神じゃん!?」
「なーに、私は面白いことをする生徒が好きなだけさー。さーとりあえず日月、ついて来なー」
「りょ!」
真白先生は翡翠を連れてゆく。残った三人は、まずDIY用品と資材に興味津々である。
「これ電動ドライバーってやつ?」
「木材にステンレス……、割とガチに作る感じ?」
「と、とりあえず勝手に触ったり作業するのは危ないので日月さんと先生を待ちましょうか」
「そだねー、そうしよ」
そして、凛瑚は部室に置かれたドラムセットを見る。
「コレがドラム……」
「ふふ、とりあえず叩いてみる?」
「やってみたい!」
凛瑚はドラムの前に腰掛け、深呼吸する。スティックを手に持ち……、スネアを叩いてみる。パァン、と勢いのある音が響く。
「お、おお……! これどう練習するの?」
「私もドラムは専門外だからなー、どう教えればいいのか」
「あっ、私ドラムの教本を持ってきましたわ! これを見ながら一緒にやってみませんか?」
「ありがと喜彩ちゃん!」
三人は教本を眺める。
「スティックの持ち方……まずはグリップをつまむように。そして握り込まず、緩めに持ちます」
「へー、ドンドコ叩くからギュッと握るのかと思ってたらそうじゃないんだね。こんな感じかな?」
「そうしましたら、手の甲を上にして構えましょう。親指と人差し指を支点に、他の指は添えるようにスティックを動かします……」
「なるほどなるほど……、これでどう叩くの?」
「まずは基本の構えをマスターしよう。右手を上にして両手はクロス。右手はハイハットに、左手はスネアに」
「ハイハットってこの左のシンバルのやつか! で、スネアがさっき叩いたやつだね」
「そして右足はバスドラムのペダルに、左足はハイハットペダルに、ですわ」
「こんな感じかな!」
「踏みやすいように椅子の高さは調節しましょうだって。とりあえず姿勢は良さそうだね」
「そしたらー、ハイハットの叩き方……。スティックのショルダー部分で叩きます」
シャン、シャン、シャンとハイハットが鳴る。
「こんな感じ!?」
「いい感じです! ペダルを踏むとハイハットが閉じますから、踏みながら叩けばチッチッチッと鳴ります。あるいは手の代わりにペダルで鳴らしてもいいですわ」
「次にスネア。まずは真ん中を狙って叩こう。スティックは跳ね返りすぎないように」
パァン、パァン、パァンとスネアの音。
「この音好きかもー!」
「リムショットなどもマスターすればもっと気持ちいいはずですわ!」
「んで、バスドラムはとりあえず常に踏んでおく。叩くときに少し浮かせてすぐ踏む」
ドン、ドン、ドンとバスドラムの音。
「へー、バスドラムってこうやって叩くんだー。蹴ってるイメージだったかも!」
凛瑚も叩き方に慣れてくる。
「そうしましたらそろそろビートを刻んでみましょうか。まずは基本のエイトビートです!」
「一小節を八個に分ける。スネアは八回、そこにバスドラムとスネアでまずは正拍のドンパッ、ドドパッだよ。ここに書いてある図の通りに叩いてみて。あ、リズムキープが大事だからメトロノームに合わせてやってみようか。まずはゆっくりね」
空がメトロノームをセットする。チャンカッ、カッ、カッ、チャンカッ、カッ、カッと正確なリズムが示される。
「えーっと……まずハイハットだけやってみるね」
メトロノームに合わせてチ、チ、チ、チ、チ、チ、チ、チとハイハットを刻む。
「で、この一つめと五六にバスドラム……」
ドン……、ドドン……。ドン……、ドドン……。
「そしたら三と七にスネア……」
ドン、パッ、ドドパッ、ドン、パッ、ドドパッ……と正確なリズムが叩かれていく。
「おお、上手いじゃん凛瑚。才能あるんじゃない?」
「え? へへ、そうかなぁ〜」
「はい、初めてなのに上出来です! 違うパターンのエイトビートもやってみましょう!」
そして凛瑚は練習していく……。どうやら割と飲み込みが早いらしく、基本のエイトビートはもうかなり安定した。
すると突然、空がギターを取り出し、アンプをセットする。それを見た喜彩も、「まぁ!」という表情をしながら、シンセキーボードをセットし、構える。
凛瑚のシンプルでありながら正確なエイトビートに、空と喜彩が即興でギターとキーボードを合わせる。
「初セッション、とりあえずきらきら星でいいか」
「お任せください!」
きらきら星のメロディー、そして適当なコードが合わさり、ドラムのグルーブに色をつける。とても、とても簡単な、いかにも初心者のセッション。それでもここには確かに「音楽」があった。
そして演奏が終わると、とても名残惜しいのだ。
「き、きもちいい〜……!! ただのきらきら星の演奏なのに、こんなに気持ちいいなんて!!」
「ふふ、これで凛瑚もセッションの喜びを知ったわけだね……。まぁ私も普段はDTMに宅録だからセッションしたことないけど」
「わ、私もとても感慨深くて心が満たされておりますわ!」
そしてそこに、翡翠が駆け込んでくる。
「ちょちょちょ、ズルいじゃーん!! うちも混ぜろし!! りんぽよの初めてのセッションが奪われたんだがー!?」
「ふふ、日月さん、一緒にやりましょう!」
「私のドラムはまだこの簡単なやつだけだけど、やろうやろう!」
「ほら、ベースを取り出したまえよ」
「ってそらぴ、突然そんなエフェクター並べ始めるなし! 違うギターも繋ぎよって。流石ポストロッカー……」
「ま、とりあえずリバーブ、ディレイ、ディストーションがあればそれっぽいことできるし。明日はアコギも持ってくるか」
翡翠は大慌てでベースを用意し、今度は四人で即興演奏。真白先生も傍でそれを聴いていた。
凛瑚の簡素なドラムグルーヴを、正確に引っ張る翡翠のベース。喜彩が彩りを添えるシンセサイザーのメロディーに、空間を生み出す空のギターサウンド。
即興のポストロックが、ここに生まれていた。
空は突然ギターを持ち替え、チェロの弓を取り出す。所謂ボウイング奏法である。弓を当てやすいようにギターの弦の付け方に少し改造を施してある。
歪みのかかったギターの音が、弓によって奏でられる。それはチェロともまた違う独特の雰囲気で、なお大きな音で響きを生み出す。
「ええっ!? なっ、なにそれ空ちゃん!!」
「うわーっ、ボウイング! ポストロッカーだぁ〜。んじゃ、うちも!」
すると負けじと翡翠も主張を始める。タッピングやスラップを交えながら、スライドを駆使して重くどっしりとしたベースながらも臨場感を生み出す。
時折ピックに持ち替え、素早いストロークをしたり、パーカッシブなリズムを生み出したり。
「おお、ロータリー奏法……」
「へへ、一通りはできるよー」
「んじゃ私も失礼……」
空は今度はギターを持ち上げ、ピックアップに向かって歌い始める。歌なのに、歌じゃないような、とても不思議な響きだ。ピックアップが声による振動を拾い上げるのだ。
「ま、マイクロフォニック〜!? そ、そこまでやるの!?」
「な、何これ!! ギターで歌ってるの!?」
「ギターのピックアップが周囲の雑音を拾い上げてしまう現象がありますが、それを利用しているということですね……!! で、では僭越ながら私も……!!」
喜彩はシンセをピアノの音に切り替える。そしてクラシック仕込の技巧とディレイによる不思議なサウンドで、空が作り出した空間音楽に溶け込んでいく。
複雑な和音、ピアニスティックなリズムとメロディーを添え、空の声と一体化していく。
「わわ、凄い凄い……!!」
「よーし、りんぽよ、まだ難しいことはできないだろうけど思い思いに叩いちゃえ!」
「えっ、ええ!? で、できるかな……」
「だいじょぶだいじょぶ、りんぽよ初めてなのにめちゃ上手だしセンスあるから。私もどっしり支えるからさ、バスドラとスネアがリズムの基本を作ることを意識して、好きに叩いてみ!」
「む、むむー……!!」
凛瑚は基本のエイトビートを外れ、思い思いに叩いてみる。
リズムパターンを変えてみて、ところどころにライドシンバルでアクセントを入れてみる。そして……タムに手を出してみる。
「わ、これこういう音が出るんだ……、んじゃー……」
凛瑚は即興でリズムを組み立てていく。そこにタム回しや、野性のフィルインが挿入される。
まだ初心者ながら、すっぽり収まるフィルイン。そして少しぎこちないリズムが、逆に新鮮味を生み出す。
「うわ、やっぱセンスあるじゃん!! 初めてなのにそんなフィルインできる!?」
「ふぃ、フィルインって何!?」
「いいですわ美甘さん!! それではそろそろ終わりに向かってみましょう!!」
「……おーけー、持ち替える」
空はまたギターを持ち替え、今度はロックらしいギターを差し込む。カッティングやタッピング、スイープやチョーキングを交えて、曲の終わりへ向けて盛り上げてゆく。
凛瑚のドラムも、ぎこちなかったリズムが整ってきた。
そしていつの間にか、廊下にチラホラと人がいた。たまたま通りかかった人が、音に惹かれて覗いていた。中にはギターを担いだ人もいる。軽音部だろうか。
そして曲が終わる。
凛瑚のドラムがシンバルとバスドラムとスネアのボースで締める。直感だけで「これが終わりに良さそう」と判断した。
空のギターはリバーブを強め、余韻を長く残していく。フィードバックを駆使し、ノイジーな残響を轟かせる。
タイミングよく喜彩と翡翠は音を切り上げ、本当に余韻だけが残り……音が消える。
四人は少し呆けていた。カタルシスに包まれていた。
凛瑚の目にはかつてない輝きが浮かび、頬は紅潮していた。
「……、凄い凄い! 気持ちいい! なんか翡翠ちゃんのベースが入ったら、なんかグッと支えられたというか、安定感があって叩きやすかった気がする!」
「当然じゃーん? ドラムとベースはリズム帯。うちらが音楽全体を支えるんだし! りんぽよも初めてとは思えないくらい上手だったよ!」
「てか翡翠、ベースめちゃ上手いね。かなりやってる?」
「んー、実は小さい頃からやってんだー。親の影響でね。親とセッションやってきたし。あ、あとちょいちょいイヤホンでコレ聴いてるんよ」
翡翠はスマホを取り出し、その音源を再生する。それは……ただの規則正しいメトロノームの音だった。
「うわっ、それマジでやってる人いたんだ……!? 流石ベーシスト、変わり者が多い……」
「リズムキープへの向き合い方が玄人ですね……!」
「なるほど……私も聴いて慣れてみようかな?」
「てかてかいろめろ、ピアノ上手い! やっぱりクラシックやってる?」
「は、はい、ピアノはクラシック仕込ですわ。……それより明力さん、明力さんの音だけでもとても色々な表情に変わりますわ……!」
「ふふ、これがポストロックの真髄よ……」
そして真白先生が言う。
「よし、とりあえず私がDIYしておくから、その間に休憩がてら色々話し合ったりしてみたらどうだ? 活動方針とか色々あるからな」
「そだね、真白ちゃんよろしく〜」
四人は机を合わせて並べ、座る。そして凛瑚がバッグから小包を取り出す。
「とりあえずクッキー作って持ってきたんだー。食べる?」
「食べる食べるー!」
「とてもキレイにできていますね……!」
「うま。しかも色んなのがあって凝ってる〜」
クッキーを頬張り、空は黒板に文字を書き出す。
『作曲バンド料理部 シグナルカラー・デリシャス』
「とりあえず、部長の明力空だよ。よろしく。今から改めて自己紹介をしよう」
「じっ、自己紹介……!!」
凛瑚は突然頭を抱え出す。クラスの自己紹介での失敗がトラウマになっているのだ。
「み、美甘さん!! お気を確かに!!」
「いいんだ、りんぽよ! 普通にやればいいんだよ!」
「まぁまぁ、まずは私から。好きなジャンルはポストロック。他にも結構幅広く聴くよ。好きなアーティストはシガー・○スとかモグ○イとか。
ギターと、ベースもちょっとできる。普段は宅録DTMで曲作ったりしてるよ。CDに作った曲焼いてきたから、あとで聴かせるね」
「おお、楽しみじゃーん!」
「ネットに投稿とかはしてないんですか?」
「…………、あー、恥ずいので教えません。投稿はしてる」
「はぇー、すごいなー」
空は少し恥じらったあと、改める。
「料理はほとんどやったことない。でもお菓子食べるのは好きだぜー。料理に関しては色々教えてくりゃれー。
活動方針については、あとでまた。んじゃ次……、凛瑚行けるか?」
「や、やれる……!」
凛瑚が立ち上がり、空は座る。空は背が低いので、かなり見上げる姿勢になる。
「美甘凛瑚、お菓子作りが好きです! 音楽は素人だけど、ドラムの練習頑張ります!
作曲ぅ……、は、教えてもらえるのかな?」
「教える教える。やってみようねー」
「ドラムの飲み込み早かったので、きっと大丈夫です!」
「うち、お菓子作りはあんまりしたことないから教えてねー!」
「よし、次は喜彩。がんばー」
喜彩が立ち上がる。相変わらず自己アピールは得意ではないようだが……。
「つ、四十九院喜彩です。好きなジャンルはIDM系……。ブレイクコアやドリルンベース等です。あ、エレクトロニカ、トイトロニカ、アンビエントやクラシック等も嗜みます……。
好きなアーティストはスクエ○プッシャー、エ○フェックス・ツイン、ミュ○ジック、アイ・アム・ロボ○ト・アンド・プラウド等々……。クラシックなら近現代が好みですわ。
じ、実は……、ネットで曲を投稿したりしてます。あまり伸びていませんが……」
「いやー、びっくりだよねー。こんなお嬢様っぽい口からブレイクコアなんて単語が飛び出すんだもんね」
「うんうん、可愛くていいよ〜」
「そ、そんな……。えーっとぉ……、お料理も、家でしたことがなく……。ご指導のほど、よ、よろしくお願いします」
「よし、最後は翡翠。いけー」
「よっしゃ!」
翡翠は元気よく立ち上がる。
「日月翡翠だよ〜。ヘヴィメタルと現代音楽を愛するベーシストだよー。
現代音楽ってーと、何かわけわからんことやってるみたいなイメージあるかもだけどー、『音楽』という枠そのものを変えていく、新しい時代の芸術表現なんよ。
うちが新たな時代の音楽を切り開いちゃるんや……!」
「おお、カッコいい……」
「クラシック音楽が時代を経るごとに様々な表現をするようになり、その現代のシーンを現代音楽と呼んでいるわけですから、斬新さや先進性を感じられつつも、実は伝統の上に成り立っているわけですよね」
「はへー、なんかすごーい……」
「ふふん、今まで作った曲も持ってきたから、あとで見せるねー。
好きなアーティストはペリ○ン、ア○セスト、マイケル・シ○ンカー・グループ、人○椅子とかかなー。
お料理は得意だよー。お菓子作りはあんまりしたことないけど、これからよろしく〜」
そして全員が着席し、空がみんなに言う。
「さて……、この通り音楽については初心者からポストロック、メタル、IDMに現代音楽……。かなり幅が広い。
みんなも『方向性の違いでバンドが解散』みたいな話は聞いたことがあると思う」
「あー、ニュースでもたまに聞くかも。あれってどういうことなの?」
「要は、メンバー同士でやりたい音楽が違って衝突しちゃうわけだ。心を一つにして演奏するバンドにとって、とても良くないことだね」
「なるほど……」
「ただ、それって曲を作る人が固定されてるからだと思うんだよね。みんなが曲を作りあって、みんながその曲を演奏し合う。それならやりたい音楽もやれるし、普段やらない音楽にも触れられる」
「たしかに! つまりうちらが向かう方向性はそっちってことかー!」
「そう、みんなでそれぞれ曲を作ればいい。勿論、曲作るの自体を協力したっていい。たとえば私と翡翠が協力すればポストメタルやブラックゲイズだってできちゃう。私もアルセ○トとかペ○カンとかも聴くし」
「おっ、いいねー!」
「私と喜彩で組めば、オーケストラ楽器を組み込んだポストロックとか、エレクトロ寄りのポストロックだってできる」
「シンセ増しのポストロック、興味深いですわ……!」
「喜彩と翡翠で、ガチ前衛的な現代音楽やったっていいし、シンフォニックメタルやポスト・クラシカルだってできちゃうわけだ」
「可能性無限大すぎる……!」
みな、期待と可能性に沸き立っていく。なんだってできる、なんだってやれるのだ。
「そう、それを私たちの強みにする。というわけで、まず作った曲を紹介し合おうぜー」
「おけおけー、持ってきたしー」
机の上に、各々持ち寄った手書きの楽譜やCD、USBメモリ、ノートパソコンが置かれる。
「おお、ガチ手書きの譜面……!」
「へへ、うちのー。面白いよ、見てみる?」
翡翠が書いた譜面をみんなで覗く。
『ピアノのための日常と無作為』
五線譜の上に、まず「十二面のサイコロを二つ用意しろしー」と書いてある。
「ピアノの蓋を開けろし」
「髪をかきあげ、軽く鼻を啜るべし!」
そしてその後に、左手のみ音符が並べられており、右手は「サイコロでランダムに弾く鍵盤を決める。一ならC、二ならCis、三ならD……ってな感じで。リズムパターンはアドリブで。サイコロ二つは同時に振り、和音にすべし! サイコロはピアノの鍵盤上から落ちないように優しく振ろうね。サイコロが鍵盤上を転がる音も曲の一部だし」と書いてある。
そして譜面が進んでいくとところどころ、「指の骨を鳴らしてみる」「額の汗を拭き取ろう」などといった指示が書いてある。
『ピアノと弦楽四重奏曲』
五線譜にみっちりと書かれる、まるで図形のような音符たち。音符そのものが複雑怪奇で、実に現代音楽らしい難解さ。複雑なリズムと目まぐるしく変わる拍子、演奏自体にもかなりの技術が要求されるのは想像に難くない。
そして途中で現れる、本当に図形で書かれた楽譜。読み方がわからない。
『ベースとシンセサイザーのための合奏』
シンセサイザーは決められた音のループを再生し、そこにベースが合わせて完成させる楽曲。
シンセサイザーの譜面が合計で十段くらいあるが、どうも計十個のループパターンがあり、それを組み合わせるらしい。
ベースは割と素直に書かれているが、ところどころそれなりに技術を要する。
「が、ガチ現代音楽だ……!」
「こ、このピアノと弦楽四重奏曲、とても気になりますわ……!」
「へへ、私じゃ演奏ができないからDTMでそれっぽく再現したのならあるけどー」
「なんか凄いなー、私なんて音楽の授業で習うくらいの楽譜しか読めないけど、楽譜ってこんなに色々できるんだね……」
そしてDIYを終えた真白先生が覗きに来る。
「……、日月、おまえガチだな。見た目ギャルなやつがやってるとは思えん」
「へへー、音楽には真摯なんよ」
楽譜をマジマジと見つめながら、空が呟く。
「……、私もギターを琴みたいにして弾くとか、ギター二本を互いに擦り合わせて弾くとか考えたことあるけど、実行に移すか……」
「うわ、まじロックじゃん!」
「このバンドどこへ向かうの!?」
そしてメディアに収録された曲や、ネット上に投稿された曲も聴き合う。
空の曲は轟音ポストロックが主体で、轟音と静寂を対比し、エフェクトのかかったギターが空間を支配している。
ボーカル曲もあるが、時折知らない言語で歌われている。
「ギターの歪みと空間系がかっけー!」
「合わせるシンセも空間系が主流ですね。あくまでそれぞれの楽器で『空間』と『雰囲気』を作り出す感じでしょうか」
「わ、私今までこんなの聴いたことない! さっきの即興もそうだったけど、演奏したら気持ちよさそう!」
「ふふ、これからたくさん演奏できるよ」
「てかこのボーカル何語?」
「あー、創作言語。響きを重視して作ってる。シ○ー・ロスとかもやってるし」
「言語作ってるの!? 凄い!」
喜彩の曲はIDMからアンビエント、ピアノやオーケストラ楽器も使われたりしていて、とてもバンドでやるサウンドではないが個性的だ。
また、美しいコーラスが入っていたりもする。
「おお、ドラムがすごく細かいけどコレも叩けるようになる!?」
「あ、い、いえ、人が叩けるドラムではないので……」
「DJライブもいいけど、いっそみんなでコレに合わせてバンドサウンド乗せるようなのでもいいかもね。とにかくオーケストラ楽器やたくさんのシンセ音を流せればタダのバンドサウンドに留まらない幅広い演奏ができる……!」
「楽しそうじゃーん! 音楽は何でもアリっしょ!」
翡翠の曲は先ほどの譜面の再現や、バリバリのヘヴィメタルもある。ヘヴィメタルに関しては今までの曲に比べればいっそかなりキャッチーにも感じられる。
「現代音楽、どうバンドに合わせたら面白いかな……!?」
「ヘビメタ、新鮮ですわ……! シャキッと鋭く切り込むギターサウンドは、明力さんのギターと同じ歪み系でありながら、空間を支配する空さんのそれとは対照的ですね……!」
「ドラムもカッコいいー! こういうの叩けるようになりたい!」
「へっへー、いっぱい練習しよーね!」
そして凛瑚が挙手して言う。
「はいはーい! そういえばボーカルってどうするの?」
「あー、ボーカル曲やるなら決めないとだよね」
「わ、私はメインボーカルは恥ずかしすぎてムリですわ……!」
「えー、でもいろめろのコーラス、キレイだったよー?」
「ふむ……。ドラムはメインボーカル兼任するの難しいから、私と翡翠がそれぞれ曲に合わせてメインかサブやればいいか」
「よっしゃ! パワフルなのとか、元気な歌なら得意だし!」
「逆に私はあまり声は張らない感じのボーカルだね。凛瑚と喜彩はコーラスで入ってもらおう」
「歌詞もそれぞれで書くの?」
「そうだねー、曲作った人が書いてもいいし、他の人に書いてもらってもいい。自由さ」
下校時刻が近づく。
「……、明日から本格活動開始だね。
とりあえずお料理は放課後に作ると夕飯食べられなくなっちゃうから、お昼休みに作ろうと思うんだけどどう? お弁当要らずになるよ」
「いいじゃん! 時間かかることは朝来てやっとけばいいし」
「おっけー、材料とか持ち寄ろう! 冷蔵庫も小さめだけど置いてもらえたし!」
「お昼はお料理、放課後は音楽ということになるのですね」
「んで、休憩にお菓子作り。時間かかるのは朝とお昼休みも使ってもらって」
「りょー!」
そして空は立ち上がり、黒板に何かを書く。
『秋海祭』
この学校の文化祭の名前だ。
「とりあえずの目標は、秋の文化祭でみんなが作った曲の演奏。夏休みもバッチリ使えれば、行けるんじゃないかな」
「演奏前にお菓子とか配っても面白いかもねー」
「やってみたいー!」
「作バン料理部、頑張っていきましょう……!」
「そだ、凛瑚。今日はちょっと荷物が多くて持ってこられなかったんだけど、明日電子ドラムセット持ってくるね。お兄ちゃんがくれたー。それがあれば家でも練習できるぜ」
「わー、ありがとう! お兄さんにも伝えといて!」
作バン料理部の本格活動が、始まる──
ひとつ、ふたつ、みっつ、よつ。
赤は甘い林檎の色、青は見透かす空の色。
黄色は多くの喜びの色、緑は悠久の自然の色。
混ざれば白く、調和する。
混ざれば黒く、なお殊更に存在を主張する。
そのシグナルが混ざったら M@coSAKi @macosaki
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