元暗部の英雄、再び暗躍する ~娘のために正体を隠して無双していたら有名になっちゃいました~

出雲大吉

第1章

第001話 戦争が終わり、そして……


 わずかなランプの明かりだけが灯る洞窟内で軍服を着た女性とその前に立つ俺を含めた5人の男達がいた。

 俺達は黒影団という名前の暗部であり、戦争の最前線であるこの地で暗躍している。

 そんな中、夜中に隊長である目の前の女性に叩き起こされ、集合したのだ。


「先ほど、我らがアルディア王国とヴォルガン帝国の間で停戦条約が結ばれた」


 隊長が後ろに腕を組み、姿勢良く告げる。

 俺達はその言葉に驚き、顔を見合わせた。


「停戦条約?」

「意味がわかりません。この前線では血みどろの殺し合いをしているのですよ」

「もうお互いに引ける状況ではないです」

「隊長! 説明をお願いします!」


 仲間が理解できないといった感じで隊長に詰める。


「説明も何もない。先ほど言った言葉がすべてだ。戦争は終わった。我々はこれよりただちに王都に帰還する」


 隊長が表情を変えずに告げた。


「納得できません!」


 仲間の一人であるローレンスが怒鳴る。


「納得も何もない。これは命令だ」


 命令……


「隊長、停戦って何ですか? 我々の戦いは何だったのですか? アーヴィンは両足を失いました。ビルとローランは爆発魔法で死体も残らずに消し飛びました。あいつらは勝利のために犠牲ではなかったのですか? あなたがそうおっしゃったじゃないですか」


 その3人だけじゃない。

 俺達暗部以外も多くの者が負傷し、死んでいった。

 敵も味方も……


「国内では平和を望んでいる。民も貴族も陛下もだ」

「ふざけるな! 戦争を起こしたのはそいつらだろ! 勝手に戦争をしかけ、俺達を殺し、勝手に終わらせる気か!」

「その通りだ」


 隊長は表情を変えない。


「何だ、それ……」

「すまない。本当にすまない。だが、これは決定事項だ」


 俺達だってわかっている。

 隊長は上からの命令を俺達に伝えているだけだ。


「クソが……」


 ローレンスはこれまでには考えられなかった懲罰ものの暴言を吐くと、俺達に背を向け、歩いていく。


「どこに行く?」

「どこでもいいだろ。戦争は終わったのならあんたはもう上官じゃねー」

「給金が欲しければ私と共に帰還しろ」

「俺の分はアーヴィン、それとビルとローランの家族にやってくれ。俺は王都に戻らない。あばよ」


 ローレンスがそう言って、洞窟から出ていった。


「隊長、俺もそれでお願いします」

「俺も」

「お世話になりました。もう二度と会うことはないでしょう」


 他の3人もそう言って、洞窟から出ていってしまった。


「エリック、お前は?」


 隊長がこの場に唯一残っている俺を見てくる。


「俺も同じ気持ちです。とてもではないですが、胸を張って王都には戻れません」

「そうか……お前達は良くやってくれた。まさしく英雄だ」


 英雄?


「勝てなかった……何も成し遂げることができなかった敗者ですよ。隊長、お世話になりました。他の連中がどうかはわかりませんが、俺はもう戦うことはないです」

「すまない」

「いえ……隊長が悪いわけではないです。皆、わかってますよ」


 ただ、納得できないだけだ。


 俺は隊長に向かって一礼し、洞窟を出た。

 そして、真っ暗で何も見えない森の道を進んでいく。


「本当に終わったのか……」


 何も聞こえないし、何の気配もない。

 ここは戦場の最前線だというのに……


 俺はひたすらに歩いていく。

 もう何時間歩いたのかもわからない。

 ただただ、当てもなく、ひたすら歩き続けた。


「これからどうするか……ん?」


 前方に何か見える。

 それにこの匂いは……


 少し歩くスピードを速めると、前方に見えたのが馬車なことに気付いた。

 しかも、敵国であるヴォルガン帝国の紋章が入った馬車だ。

 そして、その周りには3人の男達がおり、さらには馬車の周りには兵士の死体が散らばっていた。


「盗賊か……」


 ここは戦地だが、いるのは敵兵だけではない。

 魔物もいるし、盗賊もいる。


 兵士は勇敢に戦うが、必ずしも全員がそうであるわけではない。

 中には臆病風に吹かれたり、上官とそりが合わずに逃げ出す兵もいる。

 そんな逃げ出す兵は報酬をもらえないため、代わりに高価な杖なんかの魔道具を盗んで逃げるケースが多い。

 そして、そんなお宝を持っている脱走兵を狩るのが盗賊だ。


「おい、出てこいや。もう助かんねーぞ」

「おーい、出てこーい。楽にしてやるぞー」


 盗賊共は笑いながら馬車を叩いている。

 中にまだ生存者がいるのだろう。


 俺は一瞬、帝国の馬車だし、無視しようと思った。

 しかし、心ではそう思っているのに足はそのまままっすぐ進んでいた。


「あん? おい、まーた獲物が来たぜ」


 盗賊の1人が近づいてくる俺に気付く。


「真っ黒だな、おい」

「何でもいいだろ。どうせこいつも逃亡兵だ」


 こいつらは停戦したことを知らないらしい。

 まあ、盗賊に『戦争が終わりましたよ』とは言わない。


「失せろ」

「あーん?」


 話すだけ無駄だ。

 そう思い、ナイフを取り出した。


「お? やる気か? しかし、あんま良いもんを持ってなさそうだな」

「関係ねー。やっちま……あれ?」

「おい! どこ行った!?」


 盗賊共がきょろきょろ見渡しているのが滑稽だ。


「ここだ」


 そう言って、1人の盗賊の後ろからナイフを首に当て、引く。

 すると、首から鮮血が飛び出し、盗賊が倒れた。


「な!?」

「いつの間に!?」

「普通に動いただけだ。いいから死んでおけ」


 すぐにもう1人の盗賊の後ろに回り、今度は首をひねった。


「あがっ!」


 盗賊は首が回ってはいけない角度まで回り、倒れる。


「なっ、何だ、お前!?」

「知らなくていい」

「し、死神か! ク、クソッ!」


 最後の盗賊は逃げようとしたようで後ろを向く。

 その隙に一気に近づくと、ナイフで首を斬り、瞬殺した。


「バカが……」


 すべてを片付け、ナイフをしまうと、馬車を見る。

 豪華な馬車であり、馬は生きていた。

 立派な白馬だ。


「もらうか」


 馬で帰ろうと思い、馬に近づくと、怯えさせないように首筋を撫でる。

 すると、馬車からガタンという音がした。


 ゆっくりと馬車の方を見ると、白いドレスを着た黒髪の女性が馬車にもたれかかりながらこちらを睨んでいた。


「漆黒の装束……黒影団か! 死神め!」


 女性はナイフを俺に向けてきた。

 だが、俺はナイフを取り出すことも腰の剣に手を伸ばすこともしない。

 こんな女なんか相手にならないというのもあるが、それ以上に白いドレスの腹部が真っ赤に染まっていたからだ。


「ナイフをしまえ。戦争は終わったんだ。知らんのか?」


 そう告げると、女性はナイフを落とし、その場で崩れ落ちた。

 もう限界だったのだろう。


「っ……!」


 盗賊にやられたか……

 ダメだ……深手だし、致命傷だ。

 まず助からんな。


「動くな。医者に連れていってやる」


 腰を落とし、そう告げる。


「結構。ここから町まではどんなに飛ばしても数時間はかかります。助かりません」


 自分でもわかっているのか。

 それでもなお、ナイフを向けてきた。

 貴族だな。


「応急処置はする」


 それくらいの技術はある。


「あなたは私が助かると思いますか?」


 思わない。

 顔は青ざめているし、腹部の怪我は傷付いてはいけない臓器まで達している致命傷だ。

 もう数分も持たないだろう。


「楽にしてやろうか?」

「それよりもお願いがあります」


 お願い?


「何だ?」

「娘をアルディア王国に……」


 そう言われたので馬車の中を見ると、黒髪の幼い子供が目を閉じて横になっていた。

 気絶しているか、寝ているのかはわからないが、生きているし、特に外傷は見えない。


「お前らは何者だ? 何があった?」


 どう考えても戦場にいて人間ではない。


「ただの内部争いです。我々は国から逃げてきたのですが、途中で盗賊に襲われたのです……ぐっ」


 逃げてきた?

 格好や馬車を見てもこの女も娘も貴族だろう。

 亡命でもする気だったのか?


「娘をどこに連れていけばいい?」

「どこか、です。当てなんか……ないです……」


 おいおい……


「そんなのどうしろって言うんだ? 奴隷商にでも売ればいいのか?」

「………………」


 チッ……娘を置いて死ぬんじゃねーよ。

 俺みたいになっちゃうぞ。


「おい、名前は? 死ぬ前にガキの名前を教えろ」

「メアリー……メアリー・ホワイトウェイ」


 ホワイトウェイ……嫌な名前を聞いたぜ。

 帝国の大貴族じゃねーか。


「メアリーだな? 最後に言い残す言葉は?」


 女はもう目を閉じているし、顔に生気がない。

 どう見てももう死ぬ。


「愛してる、と……あ、り……が…………」


 女はわずかに口を動かしたが、そのまま動かなくなった。


「チッ!」


 女の遺体をゆっくりと寝かせる。

 そして、女が身に着けているシルバーのネックレスを回収し、他の遺体と共に近くに埋めた。

 もっとも、盗賊は無視だ。


「どうすんだよ、これ……」


 まだ起きない馬車の中の幼女を見ながら頭を抱える。


「まあ、奴隷商でいいか。どっかの使用人として雇われるだろ」


 辛いかもしれないが、死ぬよりかはマシだろう。

 そう判断し、娘を担ぐと、馬に乗ってこの場を離れた。


「やはり馬は楽だな」


 それにこの馬はかなり良い馬だ。

 さすがはホワイトウェイ家だし、逃亡に使おうとしたくらいだから相当な名馬だろう。

 こいつとガキを売れば当面の暮らしには苦労しない。


「うん……あれ?」


 ガキが目を覚ましたようだ。


「起きたか。静かにしてろよ」

「え? ここは? お母様? お母様は!? ひっ!」


 うわー……泣き出したし。


「お母様は悠久の旅に出た」

「誰!? お母様! お母様! 誰か!?」


 うるせー……

 こいつを町に連れていっても俺が誘拐犯でしょっ引かれそうだな。

 置いていくか?


「静かにしろ。お母様はもういないし、そのお母様に頼まれたんだ」

「お母様! お母様!! ひっぐ、誰かぁ……」


 聞いてねーし。

 これ、マジでどうしようかな?

 売れんのかな?

 まあ、顔は良いし、まだ子供だからどうとでもなるか。


「町には連れていってやるから大人しくしてろ。あと、静かにしろ。ここはまだ戦場だし、脱走兵や傭兵崩れが襲ってくるかもしれんぞ」

「お母様ぁ……」


 可哀想だが、どうしようもないな。

 そもそも戦時中に敵国に逃げようとするのが無理な話なのだ。

 しかも、偽装もせずに堂々と豪華な馬車に乗っていた。

 まあ、貴族夫人なんてそんなものかもしれないがな。


 俺は今だけちょっと戦争が停戦で終わって良かったと思った。

 もし、そうじゃなかったら俺はこのガキも殺さないといけなかったからだ。


「ったく……」


 さっさとガキと馬を売って、次の人生を考えないとな。


 そう思いながら馬を走らせ、戦地から離れた。




 ◆◇◆




 戦争が終わって、10年が経った。

 このアルディア王国にも平和が訪れ、皆が笑顔で生活を送っている。

 そして、俺は王都から離れた地方の町で魔道具の店を経営していた。


「エリック、どうだ? 直せるか?」


 八百屋の親父が聞いてくる。


「接触不良だな。これならすぐに直せる」


 置時計くらい自分で直せよと思いながらも仕事なので直していく。


「そっちの調子はどうだ?」

「ぼちぼち。そこまで儲かっているわけじゃないが、赤字も出てないし、生活に困るってこともない」


 まあ、それが一番だろう。


「――いえーい、エリックー、見て、見て!」


 住居スペースの扉が開き、黒髪をショートポニーにした少女が決めポーズをしながら出てきた。

 少女は全体的に小柄で身長も150センチちょっとしかない。


「おー、メアリーちゃん、可愛くなったねー」


 八百屋の親父が孫を見るような目でメアリーを褒める。


「おじさん、どうもー。エリックは何かないの?」


 メアリーは軽装の冒険者服であり、腰にはショートソードを着けていた。

 そして、首からにかけているシルバーのネックレスがきらりと光っている。

 ただ、何故かスカートだし、それも短く、足が膝上まで見えている。


「お前、それで冒険に行く気か? 森に入るし、普通のズボンにしろよ」

「可愛くないじゃん」


 近頃の若い者は……


「あのなぁ……」

「何よ?」


 何もクソもねーよ。

 バカ娘が……


「まあまあ。メアリーちゃん、お父さんは悪い虫がつきそうで心配なんだよ」


 いや、森にその格好はねーだろ。

 森ガールでもズボンにするぞ。


「エリックはうるさいからなー」

「お前が普通にしていれば何も言わねーよ」


 そもそも冒険者になるのも反対なんだ。


「まあまあ、エリック。これから学んでいけばいいんだよ。それが若者の特権さ」


 お前らジジイがそうやって甘やかすから若者が乱れるんだよ。


「おじさんは良いことを言うな―。よーし、行ってくるから!」


 メアリーは今日で15歳になり、冒険者デビューする。

 反対はしたのだが、全然言うことを聞いてくれないし、しまいには家出しそうな勢いだったため、家に残ることを条件に承諾したのだ。


「ギルドの言うことをよく聞け。それとカトリーナに迷惑をかけるなよ」

「わかってるよぅ。よーし、伝説の幕開けだぜー!」


 バカ娘はテンション高めなまま店を出ていった。




――――――――――――

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