私は純粋無垢なその花が好きだった

@Sena_Shion

第一輪『私は純粋無垢なその花が好きだ』

桜が舞い散る4月。見慣れない顔の人が列を作り、列の中には、眉をひそめる強面の人や、眼鏡をきっちりかけてメモ帳を握る頭の良さそうな人もいた。


「うぅ……人……多い……」


私は五薔薇木唯ごばらぎ ゆい

極度の人見知りで人と話すどころか、同じ空間にいるだけでも苦しい。


今日は高校の入学式。

将来のために、せっせと勉強して、この学校に入学した。


「うッ……ダメだ……気持ち悪くなってきた……」


胸は緊張でドキドキが止まらない。手は汗ばんで、足は震えている。


「あの……?」


急に後ろから肩を触られ、ドキドキしていた心臓が止まりかける。


「ひゃ……ひゃい……!?」


その声に振り向くと、白く輝く瞳が私をまっすぐ見つめていた。


(あれ……心臓が……またドキドキして……)


ふわりと花のような香りが漂い、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「あの……気分が悪いのですか?お手洗いに行くのでしたら私が先生方にお伝えしておきます」


「あ……いや……大丈夫です……」

(この人……初対面なのに優しい……)


そう言うと、彼女は私の背中をさすってくれた。胸の奥がふわりと温かくなり、顔が熱くなった。


「初対面の人が多くて緊張しちゃいますよね、私もすごく緊張しちゃってます!」


「そ……そうですね……」


体は小刻みに揺れ、視線は常に地面を見つめていた。


「あ……あの……お名前は……」


自分からは聞きたくなかった。もしこれで嫌われちゃったら、なんて考えたら怖くて学校に行けない。それでも、無意識に口走っていた。


白百合澪しろゆり みおと申します。よろしくお願いします!」


白百合澪、その名前は脳裏に焼き付いた。彼女は名前のように美しい花のようだった。


「あ……私は……五薔薇木唯ごばらぎ ゆいです……」


「五薔薇木さん、いい名前ですね!」


名前を聞いた彼女は微笑んだ。その表情を見て安堵の気持ちと、秘めている私の内側に潜り込まれた気がした。


「あ……あの……こッ……これからよろしくお願いします……!」


私は心の中で決意を固めた。高校生活、中学の頃は教室の隅で固まってた暗い女の子だったけど、彼女みたいにキラキラしてて美しい人になる。


――


五薔薇木唯ごばらぎ ゆい!」


「はい……」


結局ダメだった。心の中では決意したものの、行動に移すのは難しいんだなぁとつくづく実感した。


幸いにも、白百合さんとは同じクラスで、知ってる人も居て安心した。


「ゆーい!」


後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「どうしたの?元気ないなぁ……と思ったけどいつも通りか」


この人は芽木乃清花めぎの さやか。中学の頃から根暗だった私に興味を持ってくれた陽キャだ。


「あ……さやちゃん……また同じクラスだね……!」


「私も居るよ」


清花の後ろから顔を覗かせる黒髪の女の子。彼女は矢治机芽衣やしき めい。彼女も中学の頃から一緒にいて、暗い感じの子だからすぐに馴染めて1番の友達だ。


「すごい……2人も知ってる人がいるなんて……なんか安心するな……」


――


あれは中学の入学直後のこと。当時から根暗で、引っ越してきたばかりで迷子になってた時。


「ねえ君!」


清花が私に話しかけてくれた。


「同じクラスの子だよね?私、芽木乃清花めぎの さやか!さやって呼んで!」


この頃から清花は優しくて、そして陽気だった。根暗な私に話しの速さも合わせてくれて、本当に助かった。


「ご……五薔薇木唯ごばらぎ ゆいです……」


「よろしくね、唯!」


芽衣は――


「唯!放課後遊びに行こうよ!」


「あ……はい……」


入学して1ヶ月くらい経った時。

私は清花と清花の友達とカラオケに行く約束をしていた。


最初は断っていたが、清花が折れずに先に私が折れてしまった。


「それでさ〜」


放課後、清花と話しながら階段を降りている時。


「えっ……」


足を滑らせて、階段から落ちそうになる。


「唯!?」


私は死ぬ覚悟をした。目を閉じて、現実から逃げようとしていた。しかし、いつまで経っても衝撃が来ない。ゆっくりと目を開けると、地面スレスレで止まっていた。


「唯……大丈夫!?」


清花が心配してくれた。最初は清花が助けてくれたのかと思ったけど――


「あの子が助けてくれたんだ」


清花が視線を向ける。その先にはそう、芽衣が居た。


「あ……助けてくれて……ありがとうございます……」


「当然のことをしたまで。感謝なんていらない」


一時の静寂が流れ、清花が静寂を払う。


「名前、なんて言うの!」


相変わらずだな。なんて思うも、胸の内にそっと留めておいた。


矢治机芽衣やしき めい2人と同じクラスだから2人の名前は知ってるよ」


そのまま、清香は芽衣も口説いて、3人と清花の友達でカラオケに行った。私と芽衣は歌わずに清花や友達の歌を聞いていた。


――


「うわ、懐かしっ!」


「そんなこともあったね」


そんな他愛もない会話をしながら、授業が始まるのを待って居た。


「そう言えば、澪っていう子!めっちゃ可愛くない!」


「そ……そうだね……そうなんだ……」


清花が突然、澪さんの事を話題に出した。清花が指を差す先には、静かに本を読んでいる澪さんが居た。


「如何にもお嬢様で頭が良さそうだ。くぅー私もあんな風になりたかったなー」


「うん……」


「どうしたの。ボーッとしてるよ」


銀にも透明にも見える、あの髪。

風が吹く度に優しく揺れている。

少しでも息を吹いてしまったら、飛んでいってしまいそうなくらい優雅で美しい。


「おーい!唯、大丈夫か?」


「あっ……ごめん……少し気抜けてた……」


その日の授業は澪さんの事で頭に入ってこなかった。


「もー、初日なんだから授業なくてもよくないー?」


「寝てた奴がよく言うよ」


「……」


どうしても澪さんのことが気になる。少しでも、思い出せば澪さんを見てしまう。


「ゆーい!そんなに澪のこと気になるの?」


「あ……いや……そう言うわけじゃ……」


でもなぜだろうか。なぜ、澪さんを見るだけで。


――胸が焼けてしまうのだろう


――


「いやー疲れたなー!」


「半日寝てた奴が何言ってるんだか」


中学の頃から変わらないメンバーで、変わらない帰路を辿る。


「あ……私はここで……」


「待って!」


足を止める。振り返ると清花が手を振りながら――


「今日から一年間、よろしくなー!」


その言葉は今年で1番安心したかもしれない。新しい世界に知ってる仲間が居るだけでも、こんなに安心するのかと身を持って実感した。


「またね……!」


こうして、私の1日は終わ……らなかった。


清花や芽衣と別れて、家に帰る途中。自分の影を踏み締めながら歩いていた。


「あの……?」


後ろから声が聞こえる。そして、視界内にもう1人の影が現れる。


「誰ですか……」


意を決して振り返った。そこには、夕日で橙に染まった澪さんが居た。


「み……澪……さん……?」


その姿は、夕日にスポットライトを当てられた主役だった。少なくとも私はそう思った。


「五薔薇木さん、こんな所で奇遇ですね!」


「あ……そうですね……澪さんもこっち方面に……?」


澪さんは右手に本を持ちながら、ゆっくりと私の前に進み――


「私がよく行っている本屋さんがこの先にあるの。よかったら一緒にどうです?」


少し悩んだ。澪さんと一緒に居れるなんてそんな機会は中々訪れないと思う。けれども、まだ会ったばかりだし、それに――


「今日は……高校初日で疲れたので……ごめんなさい……」


こんなに美しい人が私といるなんて想像できない。こんな所を同じ学校の人に見られたら、私はともかく澪さんにまで悪評が渡っちゃう。


「そうですよね、ごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね!」


澪さんはすんなりと受け入れてくれた。けれど、別れ際の表情には少し、悲しい顔をしているように見えた。


「……おやすみなさい」


――


「この感じ……なんだろう……」


外はすっかり暗くなって、残るのは住宅街から溢れる灯りのみ。


「空……キレイ……」


届かないとわかっていても、無意識に手が伸びてしまう。


「澪さんと……私みたい……」


「私は……澪さんみたいに……なれないの……かな……」

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2025年12月20日 07:00
2025年12月27日 07:00
2026年1月3日 07:00

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