第2話 セリフの間に真実がある

学校を出てすぐ、堤防沿いの細い道を歩いた。夕方の風が制服のスカートを揺らし、田舎町らしいのどかな空気が広がる。

すずはいつものように右耳だけイヤホンをつけて、一定のリズムで歩いていた。


「……私、青蘭入るんよ」


唐突にすずが言った。


青蘭。県内トップ、いや“別格”とまで呼ばれる最難関高校。

頭のいい人の中でも、さらに選ばれた人だけが行ける場所だ。


「入る」って、もう決定事項みたいに言えるところが、すずらしい。


「入学考課でさ、部活の評価とかあるんよ。青蘭」


「今のうちに記録、残しとかんと」


「……それで? 演劇部?」


「誘われたし、ちょうどええやん」


「運動部より楽そうやし」


“ちょうどええ”。


そんな理由で決めちゃうあたり、すずのブレなさには逆に感心する。


「で、どうする?」


すずはふっと笑って私を見る。


からかっているのか、本気なのか分からない。


「あっ、その……」


言葉に詰まると、すずは前を向いたまま肩をすくめた。


「別に、ついてこんでもええよ。スカウトされたのはまひるやし。部長さんたち、ガッカリするやろうけど」


否定も肯定もできず、私はただ後ろをついて歩いた。


「確かに、あんときのまひるは輝いとったけどなー」


「えっ……?」


胸の奥が少し熱くなる。

すずがそんなふうに思ってくれていたなんて、想像もしていなかった。


嬉しさと同時に、忘れたはずの声がよみがえる。


「芝居なんてやめさせろ!」


胸の奥が、ずきっと痛んだ。




***




家に帰ると、テレビの音が遠くで流れていた。

ママはエプロン姿で夕食の下準備をしている。


私は鞄から入部申請書を取り出し、そっと差し出した。


「これ……保護者欄のサイン、書いて」


水を止めたママが、手を拭きながら申請書を読む。


「……演劇部」


顔を上げ、じっと私を見る。


その目が怖くて、思わず言い訳が口をついて出た。


「すずに……一緒に入ってって言われて。断りづらくて……ほら、ママも知ってるでしょ。あの学年トップの……」


「大丈夫……なの?」


「……たぶん、真白の付き添いだから」


ママはゆっくり息をつき、申請書をテーブルに置いた。


「わかった。明日までに書いとくね」


それだけ言ってキッチンに戻り、包丁のリズムがトントンと響き始める。


私はソファに腰を下ろし、ぼんやり申請書の文字を見る。


嘘をついてしまった。

でも、うまく切り抜けたような気もする。


夕飯の匂いが広がる中、胸の奥にひっかかったままの思いがあった。


……演劇部か。


私はまだ、“あのこと”をすずに言えていない。

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