第7話 離れてるあいだに
あれから二年が経った。
季節が何度変わっても、あの夜の記憶だけは薄れなかった。
仕事も忙しくなり、気づけば後輩も増えた。
それなりに笑うことも増えたけれど、心の奥底はずっと空いたままだった。
ある日、取引先の打ち合わせに向かう途中。
ふと見慣れた横顔が視界の端をかすめた。
長い髪をまとめて、落ち着いた色のコートを着た女性。
一瞬で、時間が巻き戻った気がした。
「……理香子さん?」
思わず名前が口から漏れた。
彼女は驚いたように振り返り、少しだけ目を見開いたあと、
ゆっくりと笑った。
「久しぶり。湊くん。」
その笑顔が、懐かしくて、苦しくて、
胸の奥にしまっていた感情が一気に溢れ出しそうになった。
「元気そうだね」
「…うん、まぁ」
感情が溢れ出るのをくっと堪えて、目線を下げると、こちらを不思議そうに見てるベビーカーに乗った赤ちゃんと目が合った。
それに気付いた彼女が話し始める。
「今年の春に、産まれたの」
小さな頬を撫でる指先が、驚くほど優しかった。
彼女は――俺と離れているあいだに、母になっていた。
「可愛いね、男の子?」
「うん、そうだよ」
「…口元が、理香子さんに似てるね」
「ありがとう。よく言われるの」
理香子さんが「ねっ」と言ってその子と目線を合わせると、二人ともニコッと笑い合う。
俺は気になっていたことを、思い切って聞いてみた。
「聞いてもいい?」
「ん?」
「結婚したのって…」
「…うん、あの時の彼」
「…そっか」
俺はどこかで、腑に落ちた。
「あっ、仕事中だったよね。ごめんね」
「大丈夫。理香子さんも…元気そうで…幸せそうで、よかった」
「…うん、幸せだよ」
彼女は、ふわりと笑った。
「…そろそろ、行くね」
「…うん」
「…じゃあ」
「うん…さよなら」
そう言って、彼女はベビーカーを押して、俺の前から去っていった。
さっきの彼女の言葉が、頭に残る。
(さよなら…か)
確かにもう、会うことはないかもしれない。
なんとなく、俺もそう思う。
今のが、最後だったと。
(…あ、打ち合わせ)
俺は時間を気にしながら小走りする。
同じくらいのスピードで、俺の脳内では彼女との思い出が再生されて、少し泣きそうになる。
彼女は、離れているあいだに前へ進んでいた。
きっと俺も、少しだけ。
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