スキル【散歩】と【アクリルスタンド】でスローライフをキメます!

大外内あタり

第1話 俺とポンとニャン

 高校生になったら一度は妄想する、制圧された学校での活躍。うっかり美少女にモテる俺。ゾンビ世界で無双したり、トラックに轢かれて異世界に行く。

 高校二年生。むにゃむにゃと机にしがみつきながら昼休みを楽しむ。ゆったりした夏の前の気候。

 夏服にするか悩むヤツもいれば、もう少し冬服でいたい人間もいる。

天咲あめさきー」

 かたんと俺の机を揺らしたのは、高校に入学して初めて友達になった地場ちば

 ぼっちになりかけの自分に声をかけてきた天使のようなヤツ。まあ、ぼっちでもいいですけどね、俺は。強気になるが高校でぼっちはつらい。ありがとう、地葉ちば

「なん?」

「おまえ、帰宅部だろ?」

「うん」

 そう、俺こと天咲立夏あめさきりっかは帰宅部だ。

 なにもやる気がなく、幽霊部員に誘われることもなく、委員会も無所属でなんにもない。

 放課後空いてる? と言われたら雨の日と雪の日と暑い日は空いてると言う。

 なぜなら俺には崇高な使命があるのだ。

「帰ってポンとニャンの散歩ある」

「それ部活動かー?」

 ポンは雄犬、ニャンは雄猫。

 大事な家族だ。ポンは雑種の多分茶色の柴犬。毛並みに白と黒模様が混ざるニャンも雑種。

 二匹にリードをつけて、近くの緑葉公園で遊ぶのが日課だ。

 うちの家族はニャンにも散歩させるので、少し変わっているだろう。だがポンが外に行きたいとアピールすれば、なぜかニャンもポンが成長して入らなくなった首輪を持ってくるので、雪の日や、めっちゃ暑い日は避けて二匹と散歩している。

「俺にとっては一日の中で大事なんだ」

 そう力説しても地場ちばは「ふうん、そんなもん?」と返して、

「それよりさ」と続ける。笑顔で続けた。

「うちに猫部っていう部活みたいのあるんだけど、知ってたか?」

「あったっけ?」

「オレも最近、知ったんだけど。地域猫っていうの? そういうのを世話してんだって。それがさあ、一組の深海しんかいさんが所属してるんだってよ!」

 名前が出てきた深海しんかいさんとは、才色兼備な高嶺の花。歩けば腰までの黒髪が靡き、背は伸ばされて歩く様はモデルのよう。立てば芍薬・座れば牡丹。スレンダーで約束された顔のパーツは誰もが魅了される。

「地域猫か」

 この地域猫とは、飼い主おらず、ちゃんと去勢手術をされ放し飼い、まあ、管理されている猫のことだ。

 その世話ができるということは、ここらで住んでいる人たちや自治体に認められて世話をしているのだろう。一応、一回は人間に捕まったと警戒心がある子が多いのに世話をできるということは人徳が……猫徳がある人が部長をやっているんだ。

 ニャンは、野良猫だ。突然、庭先に現れて去勢の耳カットがされてないことも含めて親父が家に入れた。窓を開ければ元々住んでいましたという感じに入り込み、すぐにポンと仲良くなった。

 普通なら縄張り的なものがあって先住民のペットとは仲良くなるのに時間がかかるというに、ニャンは普通に入り、普通に懐き、動物病院に行くのも怖がらず。いや、去勢された日は窓辺で黄昏ていたけれど。

 とりあえず、話を聞いた「猫部」とやらは公式の猫世話係というところか。

 そこに深海しんかいさんがいると。

「で?」

「でって、あの深海しんかいさんとお近づきになるチャンスだぜ!?」

 むっと顔に出る。猫の世話は並大抵のことじゃない。個体ごとのエサやり、怪我していないかのチェック、新しく猫がやってきた可能性を考えて見回りをすることもあるし、見かけなくなった猫を探す事だってある。

 ミーハー、いや、女目的で入っていい部活じゃない。

「そんな気持ちで入ったって深海しんかいさんと会話できると思わないけど」

「でもさーでもさ、もしかしたら喋れるかもじゃん! 今日の放課後行こうぜ、オレ一人じゃ嫌なんだって」

 なるほど、そういうことか。

 俺はため息をついて地葉ちばを見る。コイツは家族がいないから、どんなもんだか分からないんだ。行ったところで深海しんかいさんも迷惑だろう。

「お願い! マジで!」

 一回、苦労を味合わせるのも友達の務めか。地葉ちばには世話になってるし、

「絶対、大変だからな。来るなって言われたら入部するなよ」

「オーケーオーケー!」

 地葉の手合わせが終わってから肩を組まれる。

 絶対に入部なんてさせないからな、と思いつつ、昼休みが終わり、すぐに放課後にシフトした。学生の時間は、勉強が長く、暇が短い。部活をするやつらはどうか知らないが、一瞬一瞬に自分自身にベットしているのだから、きっと熱量は凄いだろう。

「あーまーさきっ」

「はいはい」

 地葉ちばがやってきて、立ち上がる。

「どこでやってんの?」

「あの古い北校舎の裏って聞いたわ」

 もう使われてない北校舎か。二年生になって、あの深海しんかいさんが所属している部活があるなんて聞いたことがなかったから、最近になって入部したのだろうか。

 とりあえず、地葉ちばは入れさせないと決意を固めつつ、北校舎へと歩いていく。

「今日にでも深海しんかいさんと話せるかなー、ひひひ」

 なんて声を出してるんだと目で訴えるが、かの目は深海しんかいさんしか見ていない。

「ホントーに、断られたら入るなよ。手も出すなよ。ペットを飼うって大変な事なんだからな」

「へいへい」

 もう俺から「すいません、深海しんかいさん目当てなんですけど入部していいですかね」とでも言ってやろうか。

 北校舎はコンクリの作りだが、かなりの年数もあってひびが入っていたり、古い机や椅子、行事に使うものや様々な物置になっている。

 元は部活動の活動場所にもされていたが、ひび割れが目立ってきたことで人はいなくなり、倒壊とはいかずとも教師陣は「危ない」として、近づくなと言われているはずだ。

 そこを活動場にしているとは、何年やっている部活か分からないけれども、隠れ家的な感じがして、ちょっと楽しくなる。

 まあ、一番はコイツを入部させない事だが。

 北校舎まで来て、正面の足元を見るとジャリと砂ではない固い欠片が落ちていて、これコンクリじゃね? と思う。なら、活動場所を変えてほしいけれど、猫たちが集まるなら、ここしかないのだろう。

深海しんかいさんと話せるかなー」

 隣にいる馬鹿を見ながら裏手に回ると、知らない男子と深海しんかいさんと五匹の猫に二匹の犬がいた。流石に犬は聞いていない。

「どうもーオレ、地葉ちばっていいます! こっちは天咲あめさき。入部体験的なことをしたいんですけど、部長さんって誰ですかね」

 立っていた男子、前髪が長く、隙間から大きな目が見え、真面目そうだなと思ったら体操着だ。ああ、猫の毛がつかないようにか。納得してから紹介されたので頭を下げる。

 さっと観察すると男子さんの鞄からエサが見えていたので、この人が部長で、隣に、はあとため息するほど美人なのが深海しんかいさんだ。それともう一人、失礼だが胸の大きい幼い顔つきの女子生徒がジャーキーを持って立っている。

「体験、体験入部ですって! 部長さん、どうですか!」

 ジャーキーさんが男子生徒こと部長に言うが、部長は無表情でこちらを見、そして、

「あなた、本気で猫部に入りたいの?」と初めて聞いた声がする。

 この『あなた』は、どっちに言われているんだろう。先に反応したのは、

「えっ、深海しんかいさん……やったー! 深海しんかいさんと話せた!」

 俺は後頭部をぶん殴った。

「すいません、こいつ、深海しんかいさんと話したいから体験入部したいって言ってたんです。本当にすいません。俺が連れ帰るので」

 馬鹿と思いつつ、地葉ちばの首根っこを掴んで歩き出そうとしたら、

「にゃあぁん」

 一匹の白猫がすり寄ってきた。

「お、なんだ? どうしたー、ごはんは食べたんだろー」

 自分では分からないが家族に指摘された「甘い声」が出て、はっと口を抑える。

「そっちのお兄さんは家族がいるんですか! すごいです! 今、ごはんあげたの分かったんですね!」

「あ、いや、すいません。じゃあ」

 と、一歩踏み出した瞬間、ぐらりと目の前が揺れた。

 そのまま地面に崩れ落ちて目の前がチカチカと点滅する。

 これ、ヤバイ病気系じゃないか、と思っているうちに走馬灯が頭に流れる。

 家族もそうだが、一番はポンとニャンの顔だ。

 楽しく散歩しながら、上目遣いにこちらの様子を見てくれる二匹。じゃれてくる、ごはんを食べてくれる、こちらを信頼してくれるのが分かる、大事な家族が、ぐりゃりと泣いた時みたいに歪んでいく。

 いやだ。

 こんなのいやだ。

 一緒にいたい。家族なんだ。散歩して、一緒にごはんを食べて、横になる時は隣にいてくれるし、甘噛みを「めっ」とする時もあって、死んじゃうのかな。

 俺の頭の中でプツンッと映像が切れた。

 そしてプツンッと目が覚める。

「どこだここ」

 森だ。枕にしていたのは幹で爽やかな緑が風に揺られて、さわさわと音をたてていた。

「マジでどこ」

 天国かどこかか、と身体を起こすと手があって足があって身体を触る。そして、

「全裸じゃんかっ!」

 気づいて前を隠す。

 周りを見渡して、爽やかな森であることは分かるが服がないのは困る。

 死んだら全裸になるの? と疑問に思いながら、ゆっくりと起き上がって、

「ぐるるるぅ」

 のっそりと、でかい犬の顔が横に現れた。

「へ?」

 やばい、あの世ってこういうのいる感じ?

 大きさは自動販売機ぐらいだから牛より大きいか、大きな耳につぶらな黒の瞳、暗緑色の体で、なかなかに裂けている口には牙が見える。

 犬と言ったが狼かもしれない。

「ちょ、ちょっと待って!」

 全裸で食べられるのはおよしください! と言いたいのだが相手は野生? の生物だ。

 どうしようと手を前にしながら、手をふるふると振る。

「うぅううう」

 そうだよね、知らない生物……人間にされても分かんないよな!

 あの世で、早々に食われるって、ここ地獄かなっと思った瞬間、

『散歩ができます』

 という女か男か子どもか老人か分からない恐ろしい声が聞こえてくる。

 散歩ってあの散歩ですか?

「あったまいってッ、うう、します! 散歩します!」

 生きる道を選んだ俺は叫ぶと、

「うくぅうん」

 狼が頭を寄せてきて、べろんと足から脳天まで舐められた。

 べっとりとしたまま、

「散歩行く?」

「くきゃあ」

 そうか、散歩するか。この巨大生物。犬でもいいか、コイツを連れて歩き出すが、まず湖で身体を洗って服が欲しいなと思い、

「なあ、湖とか泉とかないか? あと服もほしいな」と理解できるとは思わなかったが、

「くくぅ」と犬は声を上げて先行してくれる。

 おお、なんか通じているぞ、うちのポンもニャンも人間の言葉を理解しているところがあったので、あの世で通じるとは思わなかった。

 のっしのっし、そんな音で歩いていくと、まさしく泉があって「おー」と口にする。

 泉をのぞけば透明度の高い、ザ・泉という感じで身体を洗えるかと、まず手ですくって臭いをかぐ。こういう時、意外に毒だったりするだろうしと考えていると、

「あきゅぅう?」

 犬が、べろんと泉の水を飲む。

 俺は、それが大丈夫と言っているように聞こえて「ありがとな」と鼻を撫でる。

 目をぱちぱちさせた犬は、のっそりと身をひるがえして森の中に戻っていく。

「とりあえず、洗うか」

 ゆっくりと泉に足を入れて、足場が大丈夫か確認してから身体を入れて顔を洗い、身を清めていく。

 あの「散歩ができます」てなんだったんだろう。

 頭が痛くなって最悪の気分になりつつも生存本能か「します!」と声を出してしまったけれど、そのおかげで犬は従順になってくれた。

 その前に食べられる直前だったろうか? 考えてもしょうがないが、とりあえず、次は服がほしいな、と泉から出る。

 同時に、どすどすと犬が何かを加えて戻ってきた。

「おー、それは」と固まる。

 白骨死体なんて一生見ることはないと思っていた。

 ぼろぼろの布切れを身にまとうソレは、どう考えても着られない。

「どっしよっかあ」

 呟くと、白骨死体を置いて犬は顔を寄せてくる。

「また舐めるなよ? 身体洗わないといけないんだからな」

「んきゅぅうう」

 分かったんだか分かってないんだか。

「とりあえず、これは着られないな」

 白骨死体を手にしつつ、でも腰にゲームでしか見たことのない短剣があって、ベルトから外す。この犬……もう犬というのもなんなので、

「パン……は、酷いな。ピン。ピンにするか」

 ピンが耳を揺らして、こちらをじっと見る。

「駄目か?」

「うぅううん」

 その鳴き方は「いいよ」と言われているようで、

「よし、ピン。あの世は意外にいいかもしれないな」

 ポンとニャンが気になるけれど、ここがあの世なら、もう会えない。お盆があれば帰りたいが、なんとなく帰れない気がしてピンの首元に顔を寄せ、撫でる。

「じゃあ、散歩でも行くか」

「あう」

 白骨死体さんは短剣で掘った穴に埋めて、適当な石を墓標にした。

「すいません、短剣借ります」

 とりあえず全裸はマズイ。今の格好はベルトと固定された短剣しかない。

「ピン、他にない?」と相談していると「きゃああ!」と叫び声が聞こえて「ピン!」と言って走り出す。

 もしかしたらピンの仲間的な動物がいて、人、多分、人を襲っているのかもしれない。

 藪の中を抜けて、足場を見ると、そこは整備された道、そして横転した馬車、複数の男たち、ドレスを着た女の子に、その護衛らしき一人、心の中で、

「ピン!」と叫べば、

「わぉおおおん」

 ピンの叫び声があたりに響き渡る。肌がぴりぴりとして、まさしく威嚇の声だと気づく。

 俺がやってほしいことをピンは理解できたらしい。

「うわっ、マジかよ!」

「クー・シーじゃねえか! 逃げろ!」

 よくよく見れば剣を持っていたゴツイやつらは身なりがいいとは言えず、襲われている方は身なりがいいと言える。

 あれだ、物語で言う山賊と貴族的なヤツ。

 ピンの一声で山賊は逃げ、残りは女の子と守っていた男性だけが残った。

「だ、大丈夫です、か!?」

 こういう時、主人公のお決まりセリフを言うのは簡単だと思ったのに、出てきた言葉はどもった情けない声で、いきなりは無理だなっと現実を感じる。

 彼女たちに近づきつつ、

「ピンはいい子なんで、大丈夫です。襲ったりしません」

 とりあえず、山賊どもが言っていた「クー・シー」という種族らしい。

「ん? あの世じゃないってこと?」

 馬車に乗り上げたピンが「ん?」とこちらを見る。

「あ、あ」

 女の子がガタガタと震えながら、ピンと俺を交互に見、

「大丈夫です、ピンは人を襲いません。俺と散歩をしていただけですから」

 怯えていると思って同じことを言うが、彼女の目はふと俺で止まり、

「全裸ーー!」

「そっちかーー!」

 叫びつつ、俺は前を隠したのである。

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