第6話 炭酸な気分

花を供えてお墓参りをすませ、

帰りのタクシーもなんとかとれて、

時間ギリギリにホテルに戻ることができた。

怒濤の2時間だった。

肩の荷も下りて、左肩もいい感じで外れている。

帰還した勇者らしくボロボロ。

ベッドに倒れ込み、うつ伏せに大の字になった途端、ガイドさんのお迎えが来た。

くっ……。早く復活しなければ。


童話を書き始めたとき、

童話って何だろうってたくさん考えた。

書き続けられたのは、答えが見つからないから。

でもデンマークに来てわかったことがある。

王様の前に立ったとき、

胸の真ん中が温かくなった。

王様が書く物語は悲しいことも多いけれど、

読み終わったら必ず心に明かりが灯る。

お話が温かいのは、王様が温かいから。


車の中でガイドさんが花を一本差し出した。

クリーム色の小花が寄り集まって

マスカットみたいな香りがする。

癒されて元気になる回復の香り。

「エルダーフラワーよ。本物が見たいって言ってたでしょ」

会話を聞いていた運転手さんが「エルダーフラワーの木、見に行きますか? 少しなら時間ありますよ」と提案してくださって。

私を回復させてくれるから、お二人をヒーラーに認定した。


空港へ向かう道から外れてすぐに、エルダーフラワーの木が見えた。

「せっかくだから降りてみましょう」と車をそばに止めてくれた。

私と背丈が変わらない木はたくさんの花を付けていた。

私もこんなに花を咲かせられる人になれたらいいのに。


空港にはたくさんの日本人ガイドさんが仕事で来ていて、私のガイドさんとも友達同士のようだった。その人たちも私の帰国の手続きをサポートしてくれた。

どこの国にいても日本人って温かい。



飛び立つ飛行機の窓からデンマークが遠ざかっていく。窓に現れた私にしか見えない文字。



▶︎童話を書き続けますか?



デンマークの旅は終わっても、ゲームの電源はまだついたままだ。

王様が訊ねた気がしたから、窓の文字に手を添えて大きく頷く。

これが王様とした私の勝手な独りよがりの約束。




日本に帰ってすぐに肉うどんを食べた。お出汁が美味しくてちょっぴり泣けた。

日本は十九時におひさまが帰ってしまうことが、少し不思議に思えた。

「あのアンデルセンに会えたんだから絶対ご利益あるよ!」と創作仲間が興奮して私の背中をバンバン叩いた。


日本に帰ってきても、

童話の国から帰ってきた感覚がまるでない。

書き続ける限り、私は勇者のままっぽい。

次の童話公募の挑戦が始まるから、このままで。


次のミッションは、

ガソリンスタンドの会社が主催者様で、一万近い応募数の中から1%を掴むこと。


正直自分が生きている間にこなせる気がしない。

このミッション、来世までかかるかもしれない。

ビビりまくっている勇者として、転生できる呪文を先に探しといた方がいいのかな。

来世も書き続けるために。


呪文……なんだろうな? 

書き続けていないと見つからないんだろうね。

きっと。



         * * *


王様との約束から三年がたったある日、ポストに手紙が入っていた。

封を開けると、挑戦していた童話賞からで

『あなたの作品が最優秀賞に選ばれました』と書いてあった。


えっと……これは創作仲間が予言してた

王様のご利益ってやつ? 



え?



と、とりあえず、なんか飲んで落ち着こう。

冷蔵庫にエルダーフラワーシロップあったっけ、未開封の。


今、すごく王様に会いたくなっちゃった。

気持ちが溢れて止まらないから、

お水じゃなくてね、炭酸で割ろうって思ったんだ。

























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昔、童話の王様に会いに行きまして 千冬倫瑚 @rinko-chifuyu

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