第2話 ビビる勇者


デンマークでやりたいこと、六つあって。

世界遺産観光を合わせたら、七つ。

デンマークに来て全部叶えてもらった。



世界遺産ロスキレ大聖堂。

歴代のデンマーク王族が埋葬されている建物だ。

仲良く並べられた柩は王様と王妃様で、

二人はどんな時間を過ごしていたんだろうって思うと創作意欲が湧いてくる。

「後でデンマークのビール、カールスバーグの会社に行ってみます? ついでにビールも飲みます?」とガイドさんに言われたけれど、建物だけ見ることにした。

世界遺産が放つ神々しい空気感、聖堂の細かな装飾ひとつひとつを覚えておきたかった。

いつか異世界モノを書くために。



パン屋さんのデンマーク店は

料亭みたいな店の造りになっていて、

パンより鰻が出てくるんじゃないかと焦った。

日本の店舗はデンマーク的で、

デンマークの店舗は日本的で……

ふふふって笑いながら、サクサクなディニッシュを頬張った。



ロイヤルコペンハーゲンではお皿の絵付けを見ることができた。植物図鑑「フローラダニカ」をお手本に手作業で描かれた植物たちは、絵画のような素敵なお皿となって胸を張っていた。日本では考えられない数のフローラダニカに囲まれながら、お気に入りの一枚を見つけるため困難を極める宝探しをした。



アンデルセン童話人魚姫の像は、

想像していたよりも小さかったけれど、かわいくて抱きしめたくなった。

人魚姫の美しくて悲しい物語に没入している横で

「スリが多いから気をつけて!」のガイドさんの一言に、キョロキョロしながらバッグを抱えて感傷に浸った。



アンデルセンの故郷オーデンセは、

木一本とっても舞台装飾のようで、

童話の世界を舞台にしたらこんな感じなのかと

観客の一人になって夢中で歩いた。

信号機のピクトグラムのシルエットが

アンデルセンだったことに感動して、

何度も何度も横断歩道を渡った。

アンデルセン博物館や生家では

彼の息遣いを感じた。

私が霊能者だったら会えたかもしれないのに。

日本語のアンデルセン童話が

たくさん本棚に並べてあったこと、

日本でもこんなに愛されてること、

仕方ないからテレパシーで

アンデルセンに伝えた。



カラフルな建物が並ぶニューハウンは、

レゴで作られていると錯覚するくらいかわいい港町だった。

ねぇ、知ってる? 

この町、アンデルセンも住んでたんだって。

もうここ、絵本の中にいるみたい。

カフェで飲んだエルダーフラワージュースは、ちょっと薄くて薬みたいな味がした。

エルダーフラワーは薬効がないわけじゃない。

不味いわけじゃないのだけれども。

日本で飲んだのが美味しすぎたんだな。

エルダーフラワージュースに関しては

日本で嗜むことにしよう。



北欧ニットのお店に向かう途中、

「デンマーク王室の人たち、よくこの辺りを自転車で走っているのよ」と教えられ、

王様が全力でチャリ漕いで街中をお買い物するシーンが脳内で作られた。

この国にいたら、いくらでも童話が書けそうな気がした。



帰国日の朝、完璧なお天気。

デンマーク滞在中ずっとお天気。

数時間後には帰りの飛行機の中だ。

私はホテルのベッドで大の字になって、ぼんやり天井を見ていた。

楽しくて、創作する暇なかったな。

ガイドさんがホテルに迎えに来て空港に送ってくれるまで、まだ2時間もある。

ホテルでゆっくり過ごすのも悪くない。


窓からの風が心地よくて、意識が薄れていく。

デンマークにいる間、ずっと日没が二十二時で

白夜じゃないけど白夜みたいな体験ができた。

ずっと、おひさまがいるんだもの。

デンマークは本当に童話の国だって信じることができた。

やり残したことなんて何もない。



あっ!!!



私は飛び起きた。

やり残したこと、ひとつある。

これをしなくちゃ日本に帰れないレベルの。

いやいや、時間的に無理かも。

また来ればいいやと気軽に来れる国ではない。


落ち着け。

落ち着け。


なぜ帰国ギリギリに気づいてしまったのか……バカか、私。


ガイドさんが迎えに来るまで2時間しかない。

ガイドさんにいきなりは頼めない。

頼めたとしても彼女が来るまで1時間はかかる。


やりたいなら自力でやるしかない。

デンマークに対して急にビビり始める。


どうしてそのひとつを

いちばんに考えなかったんだろう。


ここは童話の国なのに。

私はずっと童話を書いてきたのに。

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