昔、童話の王様に会いに行きまして
千冬倫瑚
第1話 ビビらない勇者
初めて出した童話公募は
『アンデルセンのメルヘン大賞』だった。
何度も挑戦するうちに、この公募が生活の一部になっていった。
童話を書き始めて十五年以上経ったある日、
マーガレットが咲き乱れる少し前に大賞の連絡がきた。やっといただけた賞の副賞には、
デンマーク旅行がついていた。
『アンデルセンのメルヘン大賞』主催者様の、
アンデルセンと言うパン屋さんのポスターで、
よく目にするコピーは『お手本はデンマーク』。
小さい頃から朝食にもおやつにも、私の周りに当たり前にあったパン屋さん。
そんなパン屋さんがお手本にしているデンマーク。
童話作家アンデルセンの生まれ故郷で童話の国で、ロイヤルコペンハーゲンの食器が有名で、パン屋さんはデンマークにもお店があって。絵本みたいな街並みに、雑貨、椅子のデザインが楽しい感じ。レゴとかチボリ公園とか。
はて?
この程度の知識で私はデンマークに行っていいのだろうか。海外旅行慣れしていない私にいきなり北欧はレベルが高すぎる。
デンマークってどうやって行くんだっけ?
言語はデンマーク語で……いや、絶対わからんしっ! 私、英語すら怪しいんだが。
……どうしよう。
不安しかない。
この旅行はツアーじゃない。
コペンハーゲン空港までの往復チケットと宿がついた完全に個人自由旅行だ。
「デンマーク旅行あげます!」と言われて、普段全く海外に行かない隠キャで迷子が得意な私は「ありがとうございます! 勝手に遊びます! 何なら北欧全部周ります! イェーイ!」とはならない。
私は大阪梅田でも永遠に迷子になる人である。
私は本気でデンマークにビビっている。
東京から十三時間位かかる国だけど、
行きたいよ、そりゃ。
寝ても覚めてもこの童話賞のことばかり考えて生きてきたんだから。
このままだとデンマークで遭難する自信がある。
私が遭難して事件になったら童話賞がなくなるかもしれない。
それだけは絶対に避けなければ。
この童話賞を守る使命(?)を勝手に背負い、主催者様に泣きついた。
結局、あちらに住んでいる日本人の方にガイドをお願いすることができた。
言語と言う武器を持たない頼りない勇者が、
チート級の仲間を得て旅に出る、そんな気分。
もう調子に乗るよね。
たくさんガイドブック買って。
「パン屋さんのデンマーク店に行きたい!」
「ロイヤルコペンハーゲンでフローラダニカのお皿が買いたい!」
「アンデルセン童話人魚姫の像を見に行きたい!」
「アンデルセンの故郷オーデンセに行ってアンデルセン博物館と生家に行きたい!」
「現地でエルダーフラワージュース飲みたい!」
「北欧のニット買いたい!」
私の六つの小さな野望+世界遺産観光も入った旅行スケジュールが組まれた。
……どうしよう。
楽しみすぎるんだけど!
デンマークにビビっていた私はもういない。
目の前に広がる荒野を崖の上から見つめ、日の丸がプリントされたマントをたなびかせながら、遠くまで続く道を指し示す強気な勇者に私はなっていた。
旅行はエルダーフラワーが咲く頃にしよう。
デンマークでビビらずにお話を作ろう。
帰国日にあんなビビり発動するなんて知らずにね、私は真っ白なノートとお気に入りのペンをスーツケースに入れたんだ。
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