わたしの筆名の由来を教えます。

長尾たぐい

🦐

 筆名というものにこだわりがない。


 さまざまな事情や信念により、本名を明らかにしたくないという書き手は多いのは知っている。わたしはそうではない。別に本名を開示しても全然かまわないと思っている。


 わたしは学生の頃、文系の研究職を目指していた。ほとんどの研究者は名前と、所属先に紐づいた連絡先をインターネットに放流している。顔も普通に出している人が多い。大学の公式サイトとか。

 ウェブ小説の世界にいる人の感覚だと理解しがたいかもしれない。しかし、英語圏の小説家は本名と顔を出さないと、社会的信用が得られないのだと耳にしたことがある。研究者と同じように「小説家」という職業も公的透明性を保つべきだという考えなのかもしれない。


 ここで本名(ググると二件目にわたしの書いた論文がヒットする)を書いても心情的には構わないのだが、「いうてカクヨムはインターネットの一部ぞ。心を開くは早計なり」とゴーストではなく高校の情報の授業で再三注意された記憶が囁くので、わたしの本名を仮に「早尾ありさ」だとしよう。字面からわかると思うが、「長尾たぐい」は本名を魔改造したものである。


 「長尾」は最初、Twitterのアカウント名として適当につけた。ここで「地球のお魚ぽんちゃん」とつけられるセンスはわたしにはない。あったらキレキレのギャグを書いていると思う。

 「長尾」は苗字の「■尾」シリーズの中で、ちょっとカッコイイ感じかつ無難な苗字だと思って選んだ。大学の学部のゼミの同級生にいたのだ。

 余談だが、私はカッコいい苗字への憧れがない。わたしの母は某大名家の家系図に連なる家の出身で、苗字がカッコよすぎて悪目立ちし、あまり良い思いをしたことがない、とよく話していた。結婚と共に早尾(仮)姓になってすごく気が楽になったという。


 小説を書き始めた最初の頃、筆名の名前を「たぐい」に腰を落ち着ける前は「長尾」と苗字だけで公募に出したり、本名の「ありさ」(仮)と同じように三文字のひらがなの名前を適当に付けていた。たとえば最初に出した公募であり、わたしが創作を続ける理由になった「日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」さなコンの初回では「長尾しだれ」と名乗った。


🦐


 そんな風に吹かれるがままの名前を定めたのは、完全にきまぐれだった。

  わたしの自室の本棚の一角に、自分の研究に関係するゾーンに「たぐい」(亜紀書房)という刊行物がある。文化人類学の研究グループが発行した全4巻の雑誌である。


「人間は人間として生きているのではない。

 動植物や非生命、神や霊との絡まりあいとして、人間はある。

 人間や動物の『種』は、自律的、安定的にあるのではなく、

 『たぐい』が絡まりあって成り立っている領域です。」

https://www2.rikkyo.ac.jp/web/katsumiokuno/tagui.html


 海外の研究者が人と人以外の関係を表すために選んだkindsという語を、この研究グループは「たぐい」として定めた。

 いい訳出だ。

 「たぐい」が出たのはわたしが研究生活を辞めると決めたころに出た雑誌だったが、研究に従事する/しないにかかわらず、この領域には関心があったので、わたしは「たぐい」を買い揃えていた。

 あるコンテストへの応募締め切り30分前、ふと本棚のその並びに目が留まった。応募フォームの筆名欄に「長尾たぐい」と入力して送った。奇しくも、わたしの学生時代において切っても切れないアイテム、「地図」がテーマの公募だった。


 数か月後、その作品がコンテストで佳作を受賞した。


 筆名を変えることもできたが、わたしはそうしなかった。月並みだがこれも縁だと思ったのだった。

 漢字にすると「長尾類ちょうびるい」と読むことができて、それがエビやザリガニなどの古い総称だというのもいい。わたしが好きな今市子いま・いちこ雁須磨子かり・すまこ朝田あさだねむい……といった、BL系マンガ家のちょっととぼけたようなペンネームに近いシャレもある。

 画数占いをすると「仕事運」は大凶だが、わたしは小説を書くことを仕事にするつもりはなく、総画は大吉らしいので気にしていない。


 こんな感じでつけた筆名だが、書き続けるためには必要なものだと思っている。わたしは物事の切り替えがひどく苦手な人間なので、本名の「早尾ありさ」(仮)――なんだか書いているうちにちょっと気に入ってきてしまった――で書いていたら、途中で止めてしまっていたかもしれない。


 歌手の矢沢永吉が「俺はいいけどYAZAWAはどうかな?」と言ったとか言わないとか言う話がある。わたしはこの話が好きだ。

 わたしはわたしである。しいてラベルを付けるなら「早尾ありさ」(仮)だ。早尾わたしができないことも、許せないことも、いつも言葉に振り回されていても、「長尾たぐい」ならできるかもしれないし、冷静に言葉にすることができるかもしれないし、少しだけ言葉とうまくやれるかもしれない。


 わたしはわたしのことがまったく好きではないが、長尾たぐいという書き手のことは嫌いではない。伸びしろはまだあると思うので、できるだけ長く書き続けてほしいと思っている。


〈了〉

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