人外魔境の指切りにて

烏の人

第1話 指切り

 別に、変なものが見えるようになったのはここ最近の話ではない。幼いときから俺、喜多川きたがわ総司そうじ の目の前には怪異がいた。高校生になってもそれは変わらない。浮いていたのは自覚している。有りもしないはずの人影にビビって笑われたこともある。

 だけど、それは俺の目の前に確かに居たのだ。


 8月も佳境に差し掛かり、自由登校が始まった。高校2年の夏。何時も騒いでいるあいつらは、どうにも肝試しに廃墟にでも行ったらしい。明らかに顔色が悪くなった奴が1人。背には女が立っていた。だからどうと言う話でもない。あいつは可哀想だったと言う他無いだろう。どうせ、触っては行けないものにでも触れたのだ。


 目を背けようとした。


 体が言うことを聞かないと言う事実に気がついたのはこのときである。あいつが憑けてきたもは俺の想像以上のものだったのかもしれない。

 ゆっくりと、その女はこちらを振り向く。


 目があった。長い髪から片目が覗いた。


『ミエ…テル?』


 ニタリと笑みを浮かべ標的を確実にこちらに向けた。完全にそいつの体から離れる。次の瞬間にはもうその存在は眼前に来ていた。


『ミエ…テル…』


 頭を掴まれる。泥のような臭いが立ち込める。だのに、身体は動かない。この存在は俺が思っていたよりも数倍強かった。


『ネェ…』


 耳元で声が聞こえる。


『アナタハ…アイシテ…』


 はっきりとそう言った。それだけ聞き取り、俺の意識は闇の中へと落ちていった。


 目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。時計を見ると10分ほどが経過していた。


「お、起きたか?」


 そこにいたのは雪野ゆきの 麻季まき先生だった。


「先生…俺、いったい…。」


「急に倒れたって、クラスのやつらが運んできたんだよ。貧血気味だったりするのか?」


「まあ、多少は…。」


「そうか。夜更かしとかあんまりするんじゃないぞ?あとは─────。」


 そんなかんじのことを長々と言われたが、ガラスに映ったそれの姿を見て確信した。奴はやっぱり俺に憑いていたのだと。ずっと憑いている。ずっとこちらを見ている。

 ともかく、身体自体にはなにも異常は見られないため俺は早退をすることになった。身支度を整え事情を説明しあいつらに形だけの礼を伝えて学校を出ようとした。


「あ!見つけた!!」


 クソうるさい声が聞こえてきたのはそんなときだった。声の主はなぜか校門付近の茂みから顔を出す。

 水卜みうら 七花ななか。俺でも知っている通称バカである。そのバカはなぜか俺に指を指している。


「な、何ですか?」


「君!今幸せ!?」


「多分、1個目それじゃないと思います。」


「あぁ、えぇと、辛いこととか無い?」


 ピンポイントで聞いてきやがる。バカな言動が多いとは聞いていたがまさかこいつものか?


「まあ、しんどいにはしんどいですけど。」


「やっぱり。今朝チラッと見かけてずっと探してたんだ!祓ってあげるからこっち来て!!」


「は、祓う?」


「あぁ、君にはね女の幽霊が憑いてて─────」


「いや、それは知ってる。」


「知ってるんかい!」


 こいつのテンションにはついていけそうにはない。


「………祓うって…金でも取る気か?」


「いやいや!そんなことしないって!!ちょっとに言われてね。そろそろ祓ってもいいだろうって。だから試させて!」


 なんか…こいつに擦り付けた方が楽な気がしてきた。


「それじゃ早速…いや、ここじゃ目立つね。ついてきて!!」


 半ば無理やり手を取られそれに連行される。こいつ、単位が危ないって噂で聞いたこと有るんだけど大丈夫なんだろうか?


 そうしてつれてこられたのは大きな屋敷であった。


「ここって…。」


「さ、入って入って!」


「お、おい!大丈夫なのか!?不法侵入とかになら無いか!?」


「何が?自分の家なんだからなにも問題なでしょ?」


 え…このバカの家が…ここ?


 あれよあれよと言う間に俺は奥の間まで通された。不思議なことに、あれだけ大きな屋敷なのに俺たち以外には誰もいないようだった。


「さてと…ここならフルで私の力を使える。」


 自信満々にそう言う水卜。いかにもな水晶やペンダントがずらっと並んだその部屋。常人ならまず近寄ろうとも思わないだろう。


「さてと…ちょっと待っててね。」


 そう言うと水卜はオカルトグッズで溢れた部屋を漁り出す。あれでもない、これでもないとしばらくして出てきたのは1枚の紙だった。


「これこれ。」


「…何?これ?」


「ふっふっふ…召喚陣だよ!」


「やっぱり帰ろうかな。」


「あぁ!待って待って待って!!」


 必死に俺の袖を掴む水卜。


「一回!先っちょだけだから!!」


「おいそれはやめろ!」


「じゃあ一回!ね?」


「…わかったよ。」


 そうして、俺は部屋の中央辺りに座らされ、水卜はその前に立った。その召喚陣とやらをかざし水卜は目を瞑る。そうして、浅く一呼吸おいて、聞いたこともない真剣な声で言い放った。


「来い、朱雀…!」


 厨二病の世迷い事かと思っていたが、どうにも違うらしい。締め切った部屋に風が吹いた。朱い羽が舞う。羽ばたきながら俺の目の前に降りてくるそれ。召喚されたのだ。


「…烏骨鶏?」


「朱雀だよ!!」


 どう見ても赤茶色の鶏だ。ちょっとランクの高い鶏だ。


「ああ…やっぱり召喚はまだまだ慣れないな…。」


「…これでどうやって祓うんだよ。」


「え?焼くんだよ。」


「…焼き鳥?」


「ちーがーう!朱雀が焼いてくれるの!!」


「本当に大丈夫なのか?『コッコッ』って言ってるけど。」


「任せて!やっちゃえ!朱雀!!」


「…コケッ?」


 首をかしげる烏骨鶏。


「駄目そうじゃないか?」


「駄目かぁ…いつもだったら言うこと聞いてくれるのに…。」


「はあ…もう帰りますよ。俺。」


 そうして立ち上がったときだった。


『ナンデ…ホカノオンナガ…イル?』


 耳元でそう言った。重圧が身体を襲う。思わず膝をついた。


「出てきた…!」


 水卜が反応する。


『ネェ…ユルさないよ…許さないよ?』


 鮮明になる言葉。こいつについてきてしまったがばかりにこんなことに…最悪だ。


「朱雀!!」


 ようやく、水卜のその指示に鶏が反応した。体当たりを仕掛けるも、俺に憑いたそれは長い腕で一瞬のうちに握りつぶしてしまう。


『ね?なんで?』


 重圧がさらに重くのし掛かる。動けない。なんなら思考すらままならない。


「このままじゃ…でも師匠も先生もいないし………。」


 遠くで水卜の声が聞こえる。


「…君!!誓って!!」


 水卜が何か言った。誓うとは何のことだろうか?


『なんで他の女の所に行ったの?私がいるのに』


 誓う…こいつと何か交わせってことか?何だ?何ができる?


 いや、約束なら…簡単か。


 そっと、小指を差し出す。


「指切りだ………。」


『指切り?』


「俺は………お前以外の女の言うことは聞かない………その代わり…お前は俺に危害を加えない………それで指切りだ。」


『できるの?』


「………やらなきゃ殺すだろ?」


『ふ…ふふ…。』


 ただ、女の幽霊は笑うばかりだった。だが、確かに俺の小指にはそいつの小指が絡んだ。とたんに身体が軽くなる。


「はぁ…はぁ…これでよかったのか…?」


「た、たぶん…。」


「多分?」


「私もプロじゃないし…はじめでだから…。」


「はぁ!?それで俺をこんな目に遭わせたのか?どうすんだよ!?これから俺、こんなの背負ってかなきゃ行けないのかよ!?」


「まあほら…カノジョだと思ってさ?ね?」


「ね?じゃねぇよ!!どうにかしやがれ!!」


「わ、わかった!先生のところつれてくから!!」


 かくして、俺は幽霊と指切りを交わしてしまった。散々である。もう、視えるだけでは済まされないのだから。

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