交換

あやお

交換


旧校舎の二階、二年三組の教室に置いてある大きな鏡にお願いすると、願い事が叶うらしい。


そんな噂が聞こえてきて、私は耳を澄ませた。

私はいわゆる地味な女子だ。

真っ黒な髪の毛を低い位置で纏めて、銀縁のメガネをしている。もちろんスカート丈はひざよりだいぶ下だ。

性格も内向的で、友達もほとんどいない。

そんな私だけれど、好きな人がいる。

同じクラスの鈴木くんだ。

鈴木くんはクラスの人気者で、イケメンだ。

私みたいな地味子は相手にされるはずもなく、喋ったこともほとんどない。

ただ一度、私がノートに漫画を描いているのを揶揄われた時、そういうの辞めろよって止めてくれて……それだけで、私は恋をしてしまった。

私の家での日課は妄想だ。

鈴木くんと付き合えたら、デートできたら……キスできたら、そんな妄想をノートに書き留める。ノートは既に10冊は優に超している。

そしてそれに飽きると、私は本棚から一冊の本を取り出す。おまじないの本だ。



私はおまじないが大好きだ。

直接話しかける勇気がない私が、唯一恋を実らせるために自分で出来ることだから。


私に取って、願い事の叶う鏡の話はおまじないと同じだった。


その日、辺りが暗くなり始めた頃、私は旧校舎に侵入した。

静かな廊下に、私の歩くギシギシという音だけが響く。

二年三組にたどり着くと、そこには大きな鏡があった。


私は鏡に向かって、手を合わせてお願い事をする。


「鈴木くんと付き合えますように」


しんと静寂が訪れる。

そして私の大きなため息だけが響く。


まぁ、どうせこんなもんだよね。

私は鏡をじっと見つめる。

もっと可愛くうまれたかったな、と考えていると、


鏡の中の私がぐにゃっと歪み、そして口の両端を吊り上げて笑った。


「ひっ」


私は思わず声をあげたが、体が動かない。

両目をぎょろぎょろと左右に動かせた。

目と口だけは動くようだ。


鏡の私は、そんな私をじっと見つめた後、声をかけてきた。


「願い事叶えてあげる」


その声に、私はぴたりと動くのを止める。


「ほ、本当……?」


「うん、でも、わたしの願い事も叶えて欲しいの」


「あなたの願い事って、なに?」


「鏡の外に出ないと出来ない事なの。その間だけ、私の代わりに鏡の中にいてほしいの」


私は少し動揺する。

大丈夫なのかな?という気持ちと、鈴木くんと付き合えるのかという気持ちが交差する。

クラスの羨望のまとの、鈴木くんと……私はごくりと喉を鳴らす。


鏡の中の私は、心配なんでしょと笑う。


「貴方、噂を聞いたんでしょ?アレは私の友達が叶えてあげたんだよ」


私は、確かに、と頷く。


「私達は願い事を叶えるために、一度鏡の外に出ないといけないのよ。その時に自分の願い事も叶えるわけ。そして元通りにする、簡単でしょ?」


「本当に、戻してくれる?」


鏡の中の私は、ニコリと笑う。


「うん、わたしの願い事が叶うまでの間だけだからさ」


そう言われて、私は交換を了承した。


彼女は鏡の中から、ぬるっと飛び出し、私の背中をそっと押した。

私は鏡の中に吸い込まれ、収まった。




私の姿をした彼女は、鈴木くんと付き合った。

彼とデートして、キスをした事とか、赤裸々に話してくれた。

これで戻った時には、鈴木くんは私のものだ。


それにしても、彼女の願い事はいつ叶うんだろう。


最近、意識が薄れてきた気がする。

彼女が話してくれる内容も、よくわからなくなってきてしまった。

願い事が叶うって噂話をしてるっていってたけど、何のことだろう。


もう少しで彼女の願い事は叶うはずだ。

日が経つほどに、彼女は嬉しそうに私の事をみているから。


「後少しで、私の願い事は叶うよ。ありがとう」


そう呟いた彼女の顔は、私の笑った顔と全く同じだった。



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