クリスマスが押し寄せてくる
石田空
「お客様は神様だ」と名乗る客はだいたい祀られてはいない
お気に入りの曲が目覚まし時計に使ってはいけないらしい。朝起きるときは、なにも調子がいいときだけではなく、不調のとき、学校や会社に行きたくないときだってある。そのときにずっと流れていた曲はサブリミナル効果で嫌な音として頭にインプットされてしまい、いつしかあれだけ好きだった音楽も、嫌いな曲、不快な曲に変わってしまうのだという。
それと同じように、自分にとってクリスマスソングは呪いの曲に変わってしまっている。
今アルバイトで働いている店は、雑貨屋だった。まあクリスマスひと月前くらいから、おかしな客が増えてくる。
「これをプレゼントとして贈りたいのだけれど、色がピンクのものはなくて?」
「大変申し訳ございません。そちらのカラーはネット限定でして、当店では取り扱いがなく」
「あなたそんな怠慢が許されると思っているの?」
クリスマスソングイコール、なじられる、無茶振りされる、怒鳴られる。
お客様は神様ですというのはあくまで店舗側の言葉なのだけれど、いつしか「客は神なのではないのか!?」と暴れ回る客の文句のひとつになってしまった。
お前らは神様は神様でも、疫病神か貧乏神の類いだろうが、いい加減にしろよ。
その日も様子のおかしい客になじられ、無茶振りされ、ひいこら言いながら帰るはめになった。
「……クリスマス直前って、一番店辞めるの多いんだよな」
「そもそもアルバイトとして来ているのに、サンドバッグにされるんだったら話にならないじゃん。今時ブラックバイトは摘発対象なのに。それが客からの暴言になった途端に摘発が甘くなるんだよ」
「あいつらは神じゃねえよ。死神かなんかだろ。神様言うな。神社で祀られてんのか」
「そういえば死神を祀ってる神社は知らないね」
「そういえばそうだ」
夜道を歩くときに吹く風は、どんどんと冷たさを増し、十二月の到来が近いことを知らせてくれる。その中、ダウンジャケットにマフラーをぐるぐる巻きにして帰って、今年の冬は手持ちのジャケットとマフラーと薄くなったデニムやコートでなんとかなるのかと考える日々だ。
その中、バイト仲間の七瀬が言った。
「そういえば、クリスマスイブもバイト入ってるよねえ」
「おーう」
クリスマスイブに来る客は、大概ろくでもないどころかろくでなしだ。
テスト直前の丸暗記が意味を成さないように、既にいいものが駆逐されつくした雑貨屋に閉店間際にやってきて、「なんでもいいからプレゼント!」と叫ぶのは正気の沙汰じゃない。せめてもうちょっと早くしてくれ、早く。
そううんざりしている中、七瀬は続けた。
「コンビニのケーキ、もうちょっと安くなってるかな」
「なってんじゃね? 最近はコンビニケーキも生クリームに力入れ始めたから、比較的クオリティ高いよな」
「コンビニケーキを八個買ったらさ、ホールケーキにならない?」
「まあ……大きさとしてはなるよな」
「もうどうせクリスマスイブは昼から夜まで働き通しなんだからさあ、夜にコンビニでケーキ買いあさって、パーティしない?」
夜のクリスマスイブ被害者友の会。
俺、七瀬、派遣社員の前田さん、唯吹さん、期間限定バイトの鈴木くん……ケーキは俺や七瀬、鈴木くんで食べれば、まあいけるか。
「皆にも声かける? どうせ俺ら、クリスマスイブになんの予定もないから仕事してたんだし」
「しよしよ。なんというかさ、こう。なんか予定を入れないとパサッパサするからさ」
「リア充乙。別に予定がなかったら寝るだけだから、そんな潤いが足りないみたいな反応にはならんわ」
「なんだとう、悟り系は今時流行らねえんだぞお」
クリスマスソング。呪いの曲であり、どれだけ有名歌手夫妻がいい歌をつくっても、どれだけ世界的有名歌手が歌っても、それが心に響くだけの余裕がなくなっている。
それでも。小さな約束ができれば、それで少しは満ち足りた気分になるような、そうでもないような、複雑な気分になる。
<了>
クリスマスが押し寄せてくる 石田空 @soraisida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます