名簿

姫野真香 (マドンナ) 享年八十五歳


 真に香と書いてマドカと読む。

誰が言い出したか名前のもじりが先だったかも今は不明だが、自身のあだ名マドンナの言葉の意味に気づき赤面してそれを羞恥していた彼女はとても愛らしく(中略)

 また、小学低学年で両親を失い親族の元で育つ。

 おそらく彼女の卓越した気配りはこの時の親族への気遣いが少なからず影響しているのだろう。また、(中略)

 彼女の死を受け入れることができたのも、彼女と関わった親友が逝った後の関りがあってこそだろう。つまり、私が今の心持ちでいられることも彼女のお陰であり、彼女には感謝しかない。


青木伴三 (トモゾー) 享年六十歳

 私の無二の親友である。

 気さくで、お祭り男で、場をわきまえない男だ。二人で交友をする分には非常に馬の合うことは認める。ただし、口が軽い上に私の失態の九十%を知るこの男はある種歩く地雷だ。

 例えば、そうだな。

 四〇歳の頃、彼と行った合コン。二〇歳の久美ちゃんが名前を当てたら何でも言うことを聞くと言って始めた名前当てゲームは、男だけの集まりであれば鉄板ネタだ。

 なんと久美ちゃんの本名は下の名前に漢字七文字という破格のキラキラネーム。その上、身なりは女性に見えたが、男性だった。

 ……思い返すと、彼との思い出は馬鹿でふざけていて、堅実や賢い生き方からはほど遠いものばかりだが、何より楽しかった思い出ばかりだ。

 今も、思い起こせば口元が緩むのだ。


松本清司 (実業家) 享年八十歳

 結局彼の起こした会社は同級生数名の協力もあり一代とは思えない成長を見せた。

 また、あだ名に恥じない出世頭だった彼だが、大金を得ても態度が変わることはなく、金に困った数人の同級生を無償で救ったりもした立派な男だ。最後の同窓会で彼は、医師に余命三か月と宣言を受けたことを明かしたが、彼は葬式はしないと言った。これが今生の別れだと言い、皆と力強く握手を交わし、交わした握手の数だけ、有難うを口にした。


夢野香苗 (キューピッド) 享年七十五歳

 幼少から恋愛話が大好きで、老後は県に知らぬものなしとまで言われる程のお見合いおばさんになった。

 マドンナだった彼女の大親友であり、二十歳の頃は彼女の恋愛を面白がる性格的に、信用がおけない人物だった。だが、今思えば私と彼女の仲を取り持つ様な言葉を耳にした覚えは少なくない。

 七十五歳の同窓会で、彼女が引き合わせる事に唯一失敗したのが私だと溢した。もし、私が素直に彼女に告白していたら……いや、分かっている。そんな事で運命も寿命も変わったりはしない。


鈴木巧 (ボーノ) 享年72歳

 彼のあだ名の由来は同級生でも男性だけが知っている。

 なぜならその由来は煩悩の訛り言葉なのだ。男子学生の間ではエロ本収集家のボーノは有名人だった。かねてから計画していたらしく、四十歳で脱サラした彼は街コン運営を始めて大成功。尚、私と親友が行った合コンは彼の初めての企画だったが、確かに気の利いたシステムが多く見えた。そして、そこにはスポンサーの実業家と、彼の妻でもあるキューピッドの惜しみない協力があった。


山田太郎 (太郎) 享年七十二歳

 学生当時は名前もさることながら、兎角目立たない男だったが、七十歳の同窓会で特別養護老人ホームに入所することを告げられた時は驚いたものだ。

「僕の人生はもう満足した。認知症状も出てきたし、不器用にもなってできることは少ない。後は少しでも長生きして家族を楽にさせる年金畑になれればいい」

 彼はそう語った。それは万人に誇れたことではないが、死、というものをよく考えた私にとってはたまらなく強い男に見えたものだ。

 だが、その願いは二年しか保てなかった。本人の意図はどうあれ、家族や孫には愛されていた。彼の葬式は、非常に豪勢な見送りだった。


松井武 (まつたけ) 享年六十七歳

 名前から安直についたあだ名だったが、ある揶揄に気づいた中等学校の日、とんでもいなく悲しい気持ちになったらしい。

 とはいえ、私の同級生の内ではボーノに次ぐ下ネタ王だった。彼が六十五歳の同級生でキューピッドにした会話は今も忘れない。ボケ防止に洋服を作り始めたと言った彼女に、彼は子供は何人作ったのかと問い会場を爆笑の渦に包んだ。そういえば、あの頃から同級生の男女に下ネタが流行した。性的な興奮ではなく、単純な笑いとしてそれを受けとる歳が、あの頃から始まったのかもしれない。


朝丘小春 (ハレルヤ) 享年六十八歳

 明るく、活発で口喧嘩より拳を握るのが早い女性だった。

 工場勤務の勤労者で、当時には珍しい共働きだった。夫はあの、まつたけだ。御想像に漏れず、ハプニングと喧嘩が絶えない賑やかな夫婦だった。

 気丈な彼女が泣いたのは、まつたけの葬式が初めてだった。闘病中、まつたけは彼女に「俺が死んだら再婚しろ」と言ったらしい。ハレルヤは「この歳であんたよりいい男なんか探せるかバカ」と言って泣いた。そして、その翌年の春、彼の元へ旅立った。


佐藤君代 (メガネ) 享年八十三歳

 絵にかいた様な優等生で外見からメガネと呼ばれた。

 七十歳の時、国際結婚だった夫が死に、私に告白をした。彼女曰く、お互いに寄りかかる杖が必要だという事だが、私はそれを断った。彼女はやっぱりと笑っていたが、時々思う。私がもし彼女の杖となっていたら彼女の人生は、どう変わっただろう。


花岡花子 (メルヘン) 享年八十一歳

 同級生の結婚第一号だった。

 孫の婚約者を拝み、ひ孫が生まれる事を楽しみに激しい闘病生活を送った。ひ孫の産声を聞いた夜、目的を果たしたと言わんばかりに穏やかに逝った。彼女は知らないがひ孫の名前は笑花えみか。あえて言うのも野暮だが、その文字はメルヘンにあやかったものではないかと思う。

 

……


 そこの彼は大将というあだ名だった。

 その名の通りガキ大将だった彼は刑事になって殉職した。幼少期、彼の右腕だったのは転校生の天狐だった。


 天狐は、転勤族の特徴だろうか。場になじむのが早くとりいるのが上手かった。小学5年の春に来て、秋にはもう席がなかった。そんな彼も、このクラスを大好きだった。

 天狐は大人になって、海外に住みながらも同窓会には皆勤賞だった。

 転校で沢山の学級を知る彼が太鼓判を押すのだから、やはり私は良い学級、友に恵まれたのだろう。


 目を閉じると思い出す。

 彼女の優しい笑み。友と組んだ腕の温度……私の誇らしい宝物は、全て過去に出そろっていた。

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