元ヤンギャルと小さな舎弟くん

きょろ

元ヤンギャルと小さな舎弟

 ピンポーン。 


 このインターホンの音が、私のダルい一日の始まりの合図だ。


「未確認生物発見! 撃たれたくなければ、外に出てこぉい!」


 おしゃれなモデルやインフルエンサーが「一日のルーティーン」で、アサイーやスムージーを飲んでいる朝、私は窓から外を見て、眉を顰めている。


「ちっ、出るわけないだろ、クソ坊主め」


 視線の先には、ランドセルを背負った一人の少年の姿。

 誰が未確認生物だアホ。

 毎朝毎朝、ピンポンダッシュするんじゃねぇっつうの。ダルいな。


「やはり抵抗するか! ならば、これでも食らえっ!」


 やめろ。

 ピンポンダッシュの後に、なんでお前はいつもペットボトルを庭に投げ込むんだよ。

 しかも毎回、ペットボトルに「かいふくやく」って貼り紙してんじゃねぇ。

 こんな得体の知れない物を飲まそうとするな。回復どころか一撃であの世行きだ。


 そもそも私の家はゴミ捨て場じゃないんだよ。

 私が二十代のいい大人じゃなかったら、とっくに警察に通報して、犯罪者になってるからなクソ坊主。感謝しな。


「って、言ってるそばからあのクソ……」 


 敷地の駐車場に、チョークで絵を描くんじゃねぇ。消すの大変だし面倒くせぇんだよ。

 しかも絵が下手すぎだ。まさかこれ、私を描いてるんじゃないよな?

 私はハゲでもなければ髭も生えてないし、こんな武器も持っていない。なんの嫌がらせだ。

 それに、なんか表情だけは穏やかで微笑ましいのがムカつく。


 こんな顔、私が最近していないのを知って描いてるのか、もしかして。


「本日の一発ギャグ! ケツからエイリアン!」


 学校が終わったからって、いちいち私の家の前で一発ギャグ披露して帰るんじゃねぇ。なにもせずに真っ直ぐ家に帰れ、クソ坊主。

 私にケツを向けて、股の間からぐにょぐにょ手を出すな。めちゃくちゃスベってるぞ。

 一ミリも面白くない。

 先週の「雷に打たれた教頭先生」のほうがまだマシだった。毎日新ギャグを見せるな。


「あ、また石を置いてやがるなアイツ……」


 おいクソ坊主。

 なんでお前は毎日、玄関の前に「石」を置いていくんだよ。ここはゴミ捨て場じゃないって言っただろ。

 微妙にハート型なのも無性に腹が立つんだよ。もう置いていくな。どこから見つけてくるんだよ、全く。


 お前のせいで、ご近所さんに「石コレクター」だと思われてる私の身にもなれっつうんだ。


 それに、石と一緒に、勝手に庭に「花」を植えるのもいい加減やめろ。

 石やら花やら、お前は人の家で日本庭園でも造ろうとしてんのか? あぁ?

 せめて花の種類ぐらい統一するとか出来ないもんかねぇ。


 タンポポ、アサガオ、パンジー……ダメだ。花なんか興味ないから、私も種類が分からねぇ。


「せいっ! やーっ! とうっ!」


 こらこら。それもすぐにやめろ、クソ坊主。私の家の前で、戦いごっこをするな。

 つうか、誰と戦ってんだよお前。パンチも蹴りも弱そうだなぁ。

 もっとこう、腰を入れてパンチを放つんだよ。


 そんなヘボパンチじゃあ、誰も倒せな……


「僕と勝負しろ! 悪者め!」


 おいクソ坊主。お前はほんと、何を考えてんだよ。

 小学生のお前が、柄の悪いチンピラに勝てるわけないだろうバカが。


 ほら。お前のヘボパンチじゃ倒せねぇ。そもそも当たってすらいない。

 普通の大人だったらお前なんか無視するけどな、そのチンピラみたいに、世の中には冗談が通じねぇクソ大人が一杯いるんだよ。

 ビビるなら初めから喧嘩売るなって。


 果てしなくダルいな、お前は。

 仕方ねぇ……。いいか、よく見とけ。気合の入ったパンチっつうのは、こうやるんだよ。


 どうだ。凄いだろ。

 お前は弱いんだから、もっと強くなってから出直せ。クソ坊主。


 それにさ、お前には言いたいことがたくさんあるんだよ。


 晴れでも、雨でも、嵐でも、雪でも。

 いい加減、私の家の前に来るのはマジでやめてくれ。

 ダルいんだよ。


 お前がどれだけ頑張ろうとな、私の「病気」は治らねぇ──。


 私に運動させようと、毎日ピンポンダッシュをするな。

 私の体調を良くしようと、毎日かいふくやくを投げ込むな。

 私の病気を治そうと、毎日ハゲの「神様」を描いて祈るな。

 私を笑顔にしようと、毎日新しい一発ギャグを披露するな。

 私に幸運をもたらそうと、毎日スピリチュアルなハート型の石を置くな。

 私に絶景を見せようと、毎日勝手に花を植えるな。

 私の病気を倒そうと、毎日戦って強くなろうとするな。


「僕がお姉ちゃんの病気を絶対に治す!」


 ……じゃねぇんだよ、クソ坊主。


 もういい加減にしろ。やめてくれって言ってるだろ。

 お前がどんなことをしようと、どれだけ頑張ろうと、そんなの全部……意味ないんだよ。

 そんな意味のないことする暇があったら、もっと友達と遊べっつうの……。


 ゲームでも野球でも、誰かを驚かせるイタズラでも。お前ら小学生なんて、毎日遊ぶのが仕事じゃねぇか。


 だからさ、もうやめてくれよ。

 これ以上、私の気持ちを動かさないでくれ。


 せっかく諦め着いてたのにさ、私にまた「生きたい」って思わせるようなことするんじゃねぇ、クソ坊主。


 ダルいんだよ……。





**

 





 なぁ、クソ坊主。私は散々、やめてくれって頼んだよな──?


 それなのに、なんでお前は“また”続けているんだ?

 私の家の前に現れることを。


 しかも、前と違って今日は「歌」を歌っているじゃないか。


「お姉ちゃんの病気が治ったのさ~! だから~! 大人になったら僕と~結婚してくださ~い~!」


 ダセぇな、おい。めちゃくちゃダサいし、めちゃくちゃ音痴だったんだな、お前。

 あれだけ毎日毎日見ていたのに、新しい発見があるとは驚かされたよ。


 まぁ一番驚かされたのは、なんの奇跡が舞い降りたのか知らないけど、治らないと言われていた私の病気が治ったことだよな、やっぱ。

 当然、お前の力ではないからなクソ坊主。勘違いするなよ。

 毎日ピンポンダッシュやら石を置いただけで、この世の病気が治ってたまるかって話だ。

 私の病気が治ったことと、お前の行動は一切関係ねぇ。


 とりあえず、もうその歌はやめてくれ。


 仮に結婚してやったとして、お前が大人になる頃、私は何歳なんだよ。

 オバサンすぎて、それこそ未確認生物になってる可能性もあるぞ。

 それでも責任とれるのか?


 せっかく病気が治ったのに、また毎日こうして私の家に前に来られるのは迷惑だ。

 何を言っても、あのクソ坊主は聞きやしねぇ。


 そうだな……。


 だったらいっそのこと、突き放すより私の「舎弟」にでもしようか?


 うん。案外いい方法かもしれない。

 公式の舎弟となれば、あのクソ坊主も私も言うことを聞くしかなくなる。

 私の平和な日常を取り戻すチャンスだ。


 よし。そうと決まれば早速……


「おい、クソ坊っ……じゃなかった。こっちに来な! 今日からあんたを、私の舎弟に任命する──!」







【完】

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