「煙草の火と冬の匂い」

@l_vr

思い出


彼と旅行に来ていた。お金なんて大して持っていなかったから、泊ったのは隙間風が吹き込む安くて薄暗くて小さな宿。

そんなこと気にならないくらい彼とこられたことのほうが嬉しかった、

雪が積もるような寒い寒い日で私は彼と身を寄せ合うようにして寝た。

布団の外が底冷えするような寒さでも私と彼が身を寄せ合う布団の中はとても暖かかった。

明け方、布団の広さと冷たさに目が覚めた。

起きると隣で寝ていたはずの彼の姿がなかった。

部屋には彼がいつも吸っていた煙草の匂いがあった

私は煙草があまり好きじゃなかったから彼には何度も苦言を呈したものだ。

その時も私は文句を彼に投げ変えようとしたのだと思う。

言葉を放ってもなにも返答がない

私の心に灰が落ちる

彼の姿は部屋のどこにもなかった。

お風呂にでも行ったのかなんて考えていたけれど

彼の荷物すらも部屋のどこにも置かれていなかった。

灰が。

なぜ?なぜ?と疑問を抱くほどに心には積もっていく。

彼はその日から二度と私のもとへ戻ってはこなかった。

吸い終わった煙草のように雑に消火されて吸い殻となった

煙草の火のように燃ゆる恋だった

燃えた分だけ私の心にも灰を落としていった。

彼の匂い、仕草、声、大好きだったはずなのに煙草の立ち上る煙のように空気と混ざっていくようでうまく思い出せなくなった

彼の吸っていた煙草の匂いは今でもふとした時に思い出す。

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