@Yoyodyne

第1話

小型トラックから積荷が落ちてきて、後続車のフロントガラスにクモの巣を張った。トラックに載ってたのは大量のサドルで、それがバランス悪く一度に運ぼうとしたため、1キロに3個程度の頻度でこぼれ落ちていた。そこは障害物のない直線道路であり、運転手はついさっきまでそれを目にしていたのにも関わらず、急ハンドルを切った。片輪を浮き上げながら前傾しつつ、2車線の対向車線に侵入し、鈍行してたキューブ状のオート3輪に正面からぶつかった。約2年後にはリコール処分になる空飛ぶ乗用車に乗る運転手の脳裏に『全身を強く打って』というテロップがよぎる。3輪の後部には近親相姦を繰り返して産まれた生物多様性を極力減らした子供が、それか小人かもしれない、ぎゅうぎゅう詰め込まれていた。一瞬無重力状態になった後、逆さになった世界でガラスの割れ目から覗く裂傷だらけの頭が潰れていく光景を最後に意識がシャットダウンされた。

ガソリンに引火して路面が燃え広がってるからといって止まるわけにはいかない。納期に間に合わせることに比べれば人の命など埃と同等なのだ。火事はこのあたりではしょっちゅう起こるし、それを理由に欠勤しても、会社もまともに取り合ってくれないだろう。長期に渡る思想改造の結果、『いのちだいじに』などと考える常識的な判断能力はとうに失っていた。乾燥している気候、山稜から吹き込む熱風、地理的条件が重なり、自然に発火してもおかしくない。火が付けば蝋燭のように木々が溶けていくのが見える。しかし、そんなものにかまっている暇はない。赤く炭になりかけてる小さい人間が走り転げ回っているのを弾いていく。視界の端で消し炭になった姿が脳内補完される。立ち込める煙が視界を遮る。一際大きい動物を轢き、ハンドルを取られる。左側からゲップを引き伸ばしたような騒音が鳴り、揺られた後、暗転する。ゴムの焼ける匂いが辺りに立ち込め、やがて気にならなくなり、割れた額から希死念慮、ノルマ、希死念慮、DV、希死念慮、就活、希死念慮、受験、希死念慮、性的虐待が順に流れ落ち、産声にならないアブクを吐きながら永い眠りに付いた。プロットの穴を埋めるために乗用車と4㌧トラックの間に挟み込まれたバイカー。今はもう肉塊であり、バイクも盗難されたもので身元の確認はできない。全身の筋が細切れにされ、火の通りの良くなった肉では、深部までⅣ℃の熱傷を負うだろう。それに加えて骨髄中の水分が熱膨張することで骨が内側からも崩壊し、屠体の大部分からは満足なDNAが検出されなくなるだろう。飛び散った肉汁も他のDNAと混ぜ合わされ検出が困難になり、検出できたとしても照合するのにも、高いハードルがある。この身元不明者は好都合なことに自分の痕跡を消すようにして生きてきた。消毒剤以外の日用品は必要最低限のものに留め、他人名義でアパートを借り、素手で触れたものを過剰な程漂白・洗浄し(潔癖症というわけではない)、外出する際は常にフルヘルメットでいる。それとは対蹠的にマフラーの音には執着し、自前のマフラーを盗難バイクに取り付けたり、ウールを取り除いたり、タイコを取り外したり…車検に通す必要がない分、徹底的に改造した。もっともバイク本体やツーリングになんの興味もなく、むしろマフラーがバイクの本体でありその他パーツは音を出すためのおまけだと思っていた。バイクフロントガラスに入ったヒビとへばりついた肉片に辟易しながら4㌧トラックを止める。外に出て被害状況を確認すると、バンパーはひしゃげて脱落し、フロントグリルも大きく歪んでいる。グリルの溝に詰まった肉をこそぎながら安心した。偶然か仕組まれたことかはわからないが、お誂え向きだ。この事故をどこかで期待していたのかもしれない。荷台に載ったアレは、ここで燃えてしまった方がいい。職務を全うしなければ待つのは死で、全うしても後ろのアレか次の荷物に殺される可能性が高い。しかし、不慮の事故であれば今の業務に関する記憶を全て失い、平凡な日常に戻るだけだ。彼らに都合の良い証人が必要だろうし、瑕疵のあるドライバーなど雇っていたくないだろう。と幾度も訓練した退避行動をとりながら考えた。十分に距離をとって炎に飲まれる4㌧トラックを見物する。この多重事故がニュースになることはない。流石に事故関係者全員の経歴を抹消はしないだろうが(彼らならやりかねないけれども…)、それぞれ違った理由で"行方不明"になるだろう。今この瞬間も事故の一部始終を記録に取っているはずだ。ドライバーの予想通り、ある男が額に油汗を浮かべながら複数のモニター越しに事故を凝視していた。モニターの一つには様々な媒介変数が並び、もう一方には、それら現地の収集データからモデリングした映像が映っていた。勿論この幹線道路のあちこちに設置したカメラの映像も別のモニターでリアルタイムで確認している。この男は事故を監督するために一時的に設立された制御部門の責任者であり、4㌧トラックの事故は概ねレジュメに従った計画通りのものだった。しかし、モニターが報告してくる結果は男にとって想定外のものだった。事態は制御下に置かれている。この道路へ各車両が侵入した時点で計画は成功したといっても過言でないからだ。認知上の前準備(対象者以外はそもそもこの路線に侵入できない)こそが、計画の最も困難な部分であり、それが終わってしまった今、男はリラックスしながらモニターを眺めていた。そこにいないはずの人物を目にするまでは。ドライバーの予想には、幾つか誤りがあった。その一つが事故と隠蔽の前後関係である。問題の路線に入った時点で、その人物は行方不明になったも同然なので、その後になんらかの工作行動をする必要はない。後ろからは、耳障りなタップ音が聞こえる。秘書がこの事故を要約した書類を作成しているのだろう。記録保管室にしまわれ一度もまともに読まれることがない運命にある書類。その文面を一切テンポを変えずに入力していく。この空間の時間異常に関する特性は、秘書が用意した資料を読み込んで知り尽くしているつもりだ。と男は思った。


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